嫉妬、しました。
僕と優里亜は、結婚して十年近くが経った今でもとても仲が良い。時々、彼女の幼馴染みや変な髪型の男、その他の奴らから邪魔されることもあるが、僕達の夫婦生活は円満だ。憂と結弥も可愛いし、僕は本当に幸せだと思う。
でも最近、優里亜に大きな不満がある。
それは、子供達を優先するせいで、あまり僕に構ってくれなくなったこと。
そんな僕と彼女の日常。
いつも僕が目を覚ますと、隣にいるはずの彼女はいない。昔はどちらかが起きたら相手も起こして、一緒にベッドから出て一日が始まっていた。しかし子供達が大きくなってから、優里亜は四人分の朝食を作るために僕より早く部屋を出るようになったのだ。流石に作る量が多いだけあって時間が必要で、その早い時間に僕まで起こすのは迷惑だと思ったらしい。優しい彼女が考えそうなことだ。
子供達が生まれるまでは、おはようのキスや行ってらっしゃいのキスもしてくれた。しかし今は、教育に悪いとかで、一切それがなくなった。たまに晩御飯を作っている時に後ろから抱きしめたりするのだが、一瞬真っ赤になって可愛らしい反応を見せてくれるものの、すぐに「恥ずかしいですから!」と離れていってしまうのだ。
夜も夜で、憂達を寝かしつけるために子供部屋で本を読み聞かせている。結弥の方は寝付きが悪いから、なかなかこっちに戻ってこない。家事で疲れているせいか、そのまま本を読んでいる内に向こうで寝てしまうこともある。眠る時くらい、優里亜を思いきり抱きしめていたいのに。
そんなこんなで、最近の僕は優里亜不足でストレスが溜まっていた。沢田は目が合っただけで悲鳴をあげてびくびくするし(それでもきちんと仕事をさせるのは、流石ボンゴレ10代目、と言った所か)、ボヴィーノの牛は出合い頭に気絶するし、あの霧の守護者の男に至っては面白がってからかってきたりする。全員、僕が不機嫌なのが分かるらしい。野球男曰く、目つきがいつもの数倍悪く、周りの空気もどす黒いとのこと。
僕は自分のペースを乱されるのが嫌いなのに、彼女が関わるとすぐにこうだ。無自覚なのが、また質が悪い。
・・・・・・・
そしてストレスも最高潮に達したある日の朝、僕は珍しく優里亜より早く目が覚めた。苛々してゆっくり寝ることも出来ないようだ。頭が痛い。
ふと横を見ると、僕と色違いのパジャマを着てすやすやと眠る優里亜の姿が。
……今日はきちんとこっちにいたのか。
「優里亜、」
名前を呼ぶが、んー、と少し唸るだけで、起きる様子はない。僕は今のこの状況を、良い機会だと思った。
するり。自分の指と彼女の指を絡める。僕より一回り小さいその手は頼りなくて、守ってあげないと、という気持ちになる。
名残惜しくもそれを離し、指を顔へと移動させる。左頬を覆うように触ると、優里亜が僅かに身じろぎした。悪戯心に火がつく。
「優里亜」
もう一度名前を呼んで眠っていることを確認し、ゆっくりと顔を近づけていく。久しぶりに、互いの唇を重ねた。ふわりと柔らかい感触がして、シャンプーの匂いが鼻をくすぐった。甘い。実際は味なんてしなかったけど、そう思った。そのまま何度も、触れるだけの軽いキスをする。さて、どれだけ気付かず寝てられるかな。ちゅ、ちゅ、と小さなリップ音だけが部屋に響く。十回を過ぎた辺りだろうか。優里亜の目が、ゆっくりと開かれた。
「んぅ……?」
「やあ。おはよう、優里亜」
息がかかり、お互いの顔しか見えないような至近距離でそう言う。優里亜は事態が飲み込めず、一瞬反応が遅れた後、ぼんっと勢いよく真っ赤になって布団にもぐった。
「な、ななな、何やって……!」
「何って、キス」
「なん、で寝てる時……に……っ」
「したかったから」
「うぅうう……」
無理矢理布団を剥ぎ取ると、恥ずかしそうに枕へ顔を埋めた優里亜がいた。その体を抱えて起こし、後ろから抱きしめて彼女の肩に額を預ける。ようやく腕の中にとらえることが出来た。片想いの時ならともかく、もう結婚までしているのに触るのを我慢しなければならないなんて、ふざけている。
「……恭弥、さん?」
僕の様子がおかしいことに気付いたのだろうか。心配するように優里亜が呟いた。優里亜の体に回している僕の腕に、彼女の手が添えられる。
「最近、元気がないみたいですけど、どうかしたんですか?」
「……優里亜が悪いんだよ」
「わ、私?」
「キミが、あの子達ばかりに構うから」
「え?」
肩に頭を乗せているせいで見ることは出来ないが、きっと今、彼女は不思議そうに首を傾げている。優里亜は、鈍い。
しかしそれは些か彼女を甘くみすぎていたようで、少し間を置いてから、こう言われた。
「……子ども達に嫉妬、ですか?」
「…………」
そんなにはっきり言わなくても良いじゃないか。自分の娘と息子に嫉妬するなんて、あまりにも子供じみている。分かってるんだ、それくらい。
でも僕は、あの子達の父親である前に、キミの夫なんだよ。
質問には答えず黙ったままでいたら、優里亜は肯定と受け取ったのか、くすくすと笑い始めた。
「……何がおかしいの」
「おかしいんじゃなくて、嬉しいんです。私、こんなに恭弥さんに愛してもらえて、幸せだなぁって」
そこでようやく、顔を上げる。頬が触れるほど近くにいる優里亜は、口に手を当てて笑っていた。じっと見つめていると、ふいに優里亜がこっちを向いて、僕と視線を絡めた。あの頃から変わらない、可愛らしい笑顔で。
「私は、憂も、結弥も、大好きです。恭弥さんとの子供ですし、とっても大切に思ってます」
「うん。僕も同じだよ」
「でも恭弥さんのことは、愛してますから……憂達とはまた違って、特別というか……」
好きを表現するのって難しいですね、と苦笑する優里亜が愛しくて堪らなくなって、さっきみたいに軽く口づけた。そうするとほんのり顔を赤らめて、愛してます、なんて続けるものだから、僕は何度も何度もキスを繰り返した。
このまま今日は仕事をサボって、優里亜と一緒に過ごそうか。沢田に一言連絡を入れれば良いだろう。頭の隅でそんなことを考えながら、口づけを一層深いものにしようとした――のだが。
バタバタバタっ!
「!」
廊下を走る音が聞こえたと思った瞬間、思いきり優里亜に突き飛ばされた。そしてちょうど、僕がベッドから落ちて尻餅をついた時に現れたのは憂だった。ドアが勢いよく開き、満面の笑みで優里亜に抱き着く。
「おはよう、お母さん!憂ね、憂ね、今日は早起きできたんだよ!」
「え、偉いね、憂ー!」
「…………」
「あれ?お父さん、どうして床にすわってるの?」
「ど、どうしてだろう、寝相でも悪かったんじゃないかなぁ?」
子供達の教育に悪い。
優里亜が頻繁に言う言葉だ。僕もそれは認めよう。だが、この仕打ちはあまりにも酷すぎないか。
憂に遅れること少し、僕にそっくりな息子、結弥も部屋に入ってきた。無表情のまま憂達と僕を交互に見つめる。状況を理解したのか、彼はこちらに近づいてきて、僕の横にしゃがみ込んで溜め息を一つ。
「父さんも大変だね」
僕は無言で結弥の頭をくしゃりと撫で、同じように溜め息をもらした。
嫉妬、しました。
「お、おはようございます、ヒバリさん」
「ああ。おはよう、沢田」
「……機嫌、少し直りました?」
「最後の邪魔がなければ、最高だったんだけどね」
「最後?」
「はぁ……」
「ひぃ!(ヒバリさんが溜め息ついた!)」
08.09.09
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