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色のない日々の終わり



雲雀恭弥と優里亜の子供、憂と結弥。
基本的にあまり子供を好まない僕だが、あの二人と遊ぶのは意外にも楽しいと思えた。マフィアの汚い仕事に追われる中で、数少ない安らげる時間。柄ではないのは分かっている。それでもたまにあるこの休息が僕にとっての小さな楽しみであるのは変わりなく、毎日彼女らと会うことの出来る雲雀恭弥を羨む気持ちもまた、拭い去れない事実だった。





そんならの日常。





面倒くさい雑務も一通り終わり、少し休憩しようと千種に断って部屋を出た。ふと左側の廊下に目をやると、そこにいたのは雲雀恭弥の子供達。
あぁ、また遊びに来てくれたのか、と嬉しさに口元が緩む。



「おや、憂と結弥じゃないですか」

「――…! むくろっ!」



満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる憂はとても可愛らしく、頭を撫でようとしゃがみ込んだ。
憂とは逆に、不機嫌を全身で表しているような結弥は、本当に雲雀恭弥そっくりだと思った。顔や仕草だけでなく、好みの女性も同じということか。分かりやすい。



「憂はこの前会いましたが、結弥は久しぶりですね。前回は風邪で来られなかったと聞いて、心配していたんですよ。具合はどうですか?」

「……もう平気」

「そうですか、良かったです」



彼は体が弱いため寝込むことが多く、何度か憂が一人でここに来た時もある。実際、二週間ほど前がそうだった。憂と一緒に庭を散歩し、父親と結婚すると言っていた彼女にそれが不可能であると教えた。その娘の発言に喜んでいたであろう雲雀恭弥の淋しがる姿が浮かび、実に愉快だと思った。
彼と僕は互いを嫌っている。嫌がらせには余念がない。

憂の方へと視線を戻すと、不安げにこちらを見つめてくる彼女と目があった。



「あのね、むくろ。憂、むくろにお願いがあるの。……聞いてくれる?」

「はい、良いですよ。憂のお願いですから」



母に似て無欲な憂は、あまり人にわがままを言わない。彼女の珍しい一言に、僕は快く頷いた。



「それで、そのお願いとは?」

「えと……憂、の」

「?」

「憂のおよめさんになって下さい!」



……嫁、ですか?僕が、憂の?
言葉の意味を理解しかね、思わず首を傾げてしまう。確かに憂の願い事は叶えてあげたいが、流石に男の僕が嫁になるというのは無理な話だ。えぇと、と疑問を口にしようとした時、今度は結弥が憂に話しかけた。



「憂、お嫁さんっていうのは女の人がなるものだよ」

「へ?……あ、間違った!」



どうやら彼女が伝えたかったのは違うことらしく、恥ずかしそうに唇に指をあてる。慌てる姿もどこと無く母の優里亜を彷彿とさせ、胸が苦しくなった。

自分はこんなにも優里亜を愛しているのに、彼女は雲雀恭弥を選んだ。その事実に切なさを覚え、しかし同時にこれで良かったのだとも思う。だって、もしも優里亜が違う道を進んでいたら、今、僕の目の前にいる愛しい少女達がこの世界にいなかったのかも知れないのだから。

憂の次の言葉を待っていると、彼女は声を上擦らせてこう言った。



「あの、そのっ……憂と、けっこんして下さい!」



突然のプロポーズに、僕はぽかんとした表情になる。

くだらない七歳の少女の気まぐれ。
そうとってしまえば簡単なことだったが、僕にはそれが出来なかった。とても、嬉しかったのだ。憂が優里亜に似ているから、なんて馬鹿な理由ではなく、ただ単純に、憂という純粋な少女が僕のことを好いてくれている事実に心があたたかくなった。

ふと結弥へと目を向けると、彼は一瞥しただけでも分かる程に同様していた。結弥の性格からして今頃は頬を流れている冷や汗の否定でもしている所か。シスターコンプレックスに近いものを持つ彼は、きっと妹の告白に相当のダメージを受けているだろう。結弥には悪いが、雲雀恭弥と同じ顔で冷や汗を流されると少なからず愉快だと感じてしまう自分がいる。
もちろん憂だけじゃなく結弥のことも可愛いと思う。だからこそ、ちょっとだけいじめて困らせてみたい、とも考えるわけであって。

返事を決めた僕はニコリと微笑み、憂に向き直った。



「ありがとうございます、憂。嬉しいです」

「え? じゃあ……」

「はい。もう少し大きくなって、きちんと準備が出来たら結婚しましょう」

「!」



赤くなる憂と、青ざめる結弥。それぞれの反応が愛おしい。

決して結弥に意地悪をするためだけに、今の答えを出したわけではない。告白が嬉しかったことは事実であり、彼女を悲しませたくなかったこともまた事実だ。こう言ってしまうのは気が引けるが、憂はまだ幼い。好きの中にも色々な種類があるとは分かっていない年齢なのだ。きっと、いつか僕への想いが恋ではないと気付くはず。


でもせめて、この子が本当に好きになる相手が出てくるまでは。


二十五にもなって、自分がこんなわがままを言うとは思わなかった。
そして僕のわがままのせいで苦しんでいる少年が一人、そこにいる。呆然とした状態で意識を何処かに飛ばしている結弥にクスクスと笑みを零し、そちらを見つめたまま憂に言う。あの様子では、周りの音など聞こえていまい。



「憂、キミのことを本当に想ってくれている人は、意外と近くにいるかも知れませんよ」

「? 本当におもってくれる人?」



不思議そうに目を丸くする少女を見て、確かにこんな妹がいたら溺愛してしまうだろうな、と改めて思った。
また面白い悪戯が浮かんだ僕は、憂の耳に小さな声で呟いた。



「彼は自分が考えている以上にシスコンですから」

「……それって、どういう意味?」

「結弥に聞けば分かると思いますよ」



話に区切りがついた所で立ち上がり、憂の手を引いて結弥の元へと歩く。嫌がるであろう彼の左手を取ると、三人で手を繋ぐ形になった。



「憂、結弥、一緒にお茶でもしましょうか」

「うん、するー!」




こうして、僕のつまらない日常が、憂達の存在によって微かに色づいた気がした。二人が父に連れられ帰宅した後、憂にあの言葉の意味を尋ねられる結弥を想像し、無意識に微笑む。


彼らの小さくて美しい世界に、僕はどれだけ残ることが出来るのだろうか。





色のない日々の終わり





翌日。


「おや、雲雀君。どうしたんですか?」

「……キミ、憂に何を言ったの」

「あぁ、聞いたんですね。では改めて、よろしくお願いします、お父さん」

「咬み殺す」




ずっと欲しかった穏やかで幸せな日々を、僕は手に入れた。



08.09.09


あきゅろす。
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