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家庭教師の宣戦布告



10代目が昔、赤ん坊の家庭教師にマフィアの何たるかを習い、立派なボスになるよう導かれたというのは有名な話だ。その赤ん坊は10代目だけでなく、キャバッローネのボスの家庭教師まで勤めたらしい。

その赤ん坊は今、十七歳の少年となり、10代目の傍らで働いている。





そんな僕らの日常。





「わぁい、お父さんとおでかけー!」



嬉しそうにぴょんぴょんと跳びはねる憂。まだソファーでコーヒーを飲んでいる父さんは珍しくスーツ姿ではなく、普通の私服だ。まあほぼ黒一色だから、あまり代わり映えはしないのだが。



「父さんと出かけるのなんて久しぶりだよね」

「うん!憂、ずっと楽しみにしてたの!」



父さんはマフィアだ。決まった休み、まとまった休みなんてないに等しい。それでもこうして休日は、遊びに連れて行ってくれる。
僕達は、そんな父さんが大好きだ。



「じゃあ、そろそろ行こうか」

「はーい!」

「憂、はしゃぎ過ぎて転ばないでね。あと勝手に歩き回らないで。キミは迷子になりやすいんだから。それと」

「……結弥、お父さんよりしんぱいしょうだね」



それはキミが危なっかしいからだろ、と言い返そうとした時だった。家の中にチャイム音が鳴り響く。控えめで弱々しいその音は、それを鳴らした人物の性格を表しているようだった。玄関へと向かう父さんの後を追いながら、憂が呟く。彼女ももう、訪問者が誰か分かっているらしい。



「ボス、来たみたい。なんの用だろうね?」

「さぁ。でも僕、なんだか嫌な予感がするんだけど……」



気のせいだと、いいな。

ガチャリとドアを開けると、そこにいたのはやはり10代目で、なんだかバツが悪そうな、微妙な笑顔をしていた。



「こ、こんにちは、ヒバリさん」

「……何しに来たの。今日は僕、休日のはずなんだけど」

「す、すみません!でも、あの……」

「わりぃな、ヒバリ。オレの都合だ」

「!」



10代目の影から出てきたのは、父さんより少し小さいくらいの、青年。黒い帽子、黒いスーツ、そして僕ら……いや、憂を見た時の、黒い笑み。
妹が、僕の後ろで小さな悲鳴をあげた。



「珍しく暇が出来たからな。ヒバリのとこの娘でも鍛えてやろうと思ったんだ」

「や、やだ!憂、これからお父さんとお出かけするの!」

「赤ん坊がそう言うなら、しょうがないね。憂を頼むよ」

「お父さん!?」



ニヤリ。
彼……リボーンは再び意地悪く笑う。

父さんは、母さん似の憂を鍛えるのに些か抵抗があるようで、彼女に修業をさせようとはしない。僕だけにトンファーの扱い方を教えてくれる。そこでリボーンが提案したのだ。
オレが憂の家庭教師をしてやる、と。
父さんはリボーンのことを信頼しているから、その提案に乗った。それが憂の地獄の始まり。

リボーンはとにかくスパルタだった。10代目に聞いた話だと、彼もリボーンの修業のせいで何度も死にかけたのだという。まあ女の子だから少しは手加減してくれているが、修業をする度にふらふらになって帰ってくるのは変わらない。


つまりこの状況は、憂にとって逃亡に値するものであった。



「あ、ヒバリさん、憂ちゃんが!」



いち早く気付いたのは10代目。自慢の足を駆使して家の中にダッシュしようとした憂は、勢いよく何かにぶつかって動きを止めた。反動で転びそうになった体を支えたのはリボーン、ぶつかった張本人だった。いつの間にそんな所に、という疑問は彼には通用しない。なんといってもマフィア最強の男なのだ。これくらい、おてのものだろう。



「何、逃げようとしてやがんだ」

「リ、リボーン……」

「観念して修業しろ」

「い、いやだぁーっ!」



肩に、まるで荷物のように担ぎ上げられた憂は、そこから逃れるためバタバタともがく。リボーンは十七歳の平均より多少細腕だというのに、七歳の女の子を片手で持ち上げるなんて……何処にそんな力が。



「お、お父さ」

「赤ん坊がわざわざ来てくれたんだ。出かけるのは、また今度にしようか」

「え。……結弥ー……」



助けを求めて、涙目でこちらを見つめてくる。
……助けてあげたい。でも、ね。


ごめん、流石にリボーンには逆らえない。


その意味を込めて視線をそらすと、憂は諦めたのか暴れるのをやめた。しかしリボーンは憂を肩から下ろさず、父さんの方を向いて言った。



「おい、ヒバリ」

「なんだい、赤ん坊」

「オレはもう"赤ん坊"じゃねぇ。お前から……いや、」



言葉の途中で、何かを思いついたように静止する。そして一瞬の空白の後、僕へと向き直ってその続きを口にした。
そう。いつも以上に楽しそうな、……いつも以上に恐ろしい笑みを浮かべて、僕へ言い放ったのだ。



「お前から、一番大切なものを奪うことだって出来る」

「!」



僕の、一番大切な。
そんなの、あの子以外、考えられないじゃないか。

今のリボーンの台詞を理解した途端、背筋に冷たい汗が伝った。



「リボーン、ちょっと待」

「それじゃ、そろそろ行くぞ」

「……憂、遊びたかった」

「黙れ」

「わ、じゅう向けないで!」

「っ、リボーン!」



そう名前を叫ぶと、皆が静まり返った。普段は声を張り上げるなんてしない僕が、思いきり叫んだんだ。憂はきっと驚いている。
しかし呼ばれた当の本人は至って冷静で。側に来たかと思ったら、ぽん、と僕の頭に手を乗せ、耳元で囁いた。



「大事なもんは自分で守れ。じゃねぇと、オレが憂をもらうぞ」

「……望むところ、だよ」



リボーンは極々小さな声で言ったから、憂には聞こえなかったのだろう。なんのお話してるのー、という呑気な声がした。そして彼は憂を担いだまま、修業のために家の外へと消えるのであった。



本当に、うかうかしてはいられない、かも知れない。





家庭教師の宣戦布告





翌日。


「赤ん坊。昨日のあれは、結弥に修業を頑張らせるために言ったのかい?」

「ああ。最近、あいつが伸び悩んでると聞いたからな。結弥の性格を考えたら、憂を引き合いに出すのが一番だと思ったんだ」

「ふーん。じゃあ、憂を奪うっていうのは嘘だったんだね。結弥が本気で心配してたよ」

「……嘘、か」



オレは嘘はつかねぇ主義なんだ、と。そう言って彼は笑った。



08.09.09


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