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[ REBORN ]
ラフ・メイカー




白蘭&六道骸



貴方は喜怒哀楽というものがないのね、なんて言われたこともあった。曖昧に笑って受け流しはしたものの、いくら僕だって喜怒哀楽くらい感じる訳で…現に、ほら、今だって。

思い切り泣きたくて仕方ない僕がいる。





滅多な事がない限り他人が訪れない僕の部屋にコンコン、なんて間の抜けた音が転がったのはそんな時だった。意図的にそれを受け流そうと気にする事もなく、ただひたすらに洗面所の鏡に映る自分の顔を睨み付けていた。大概は暫く放っておけば諦めて帰ってくれる筈、なのに。僅かな間を置いた後もその音が止む事はなく…それどころか聞こえていないとでも判断したのか徐々に大きく室内へ響く音が感傷的になりつつあった僕の内側をゆっくりと冷やしていった。要は、冷めた。もしくは萎えた。
手にしていたタオルを若干乱暴に脱衣カゴへ放り込みつつ小さく舌を打つ。この不躾な訪問者はきっと僕が対応しない限り帰ってはくれないだろう。だったら適当にあしらって帰らせるのが一番なんじゃないだろうか。涙も引っ込んでしまったし、渋る必要は何もない。苛立ちからくる頭痛に額を押さえながら洗面所を後にし酷く殺風景なリビングを抜ければすぐに玄関。

コンコンと可愛らしかったノックは最早バンバンだかドンドンだか分からなくなってきていた。




「…どちら様ですか」

「あれ、やっぱりいたんだ。ここ開けてくださーい、寒いんだ」

「誰だか知りませんけど今すぐに帰っていただけませんか、用はありませんから」

「待って待って、用ならあるよ。僕は君に笑顔を持ってきたんだ。だから開けて」

「……、は?」

「名乗るほどの者じゃないんだけどね、僕はラフ・メイカーなの」




どうしよう、こいつきっと変態だ。

僕はそっと音を立てないように注意しながら鍵をかけた。本当ならチェーンもかけたかったけれど、流石に音が心配…あぁもう、なんでこんな変態のために僕があたふたしなければならないんだろう。瞬時に考えを改め、受け流すには少しばかり大きすぎる苛立ちを胸に僕は扉の向こうに居るであろう変態にも聞こえるように音を立てながらチェーンをかけた。
ガチャン、という音の後に聞こえる慌てたような驚いたような声。良い気味だ。




「ちょっとちょっと、開けてって言ったでしょ?なんで閉めてんの」

「ラフ・メイカーなどという不可思議なモノを呼んだ覚えはありません、帰れ」

「ヤだよ、僕が今帰っちゃったら君は泣いちゃいそうだし。だから帰んない」

「僕に構わずに消えてくれと言っているんです、泣こうが笑おうが貴方には関係ありません」




そこから"ラフ・メイカー"は何も言わなくなった。初対面の人間を相手に…、いや、まだ顔すら知らない相手だけれど。とにかく、そんな奴を相手にちょっと言い過ぎたかと後悔すると共に引いた筈の涙がじわりと滲んでくる。手の甲で拭って確認しそれが涙であると確認した瞬間、今まで乾いていたであろうそれが堰を切ったように溢れ出してきて…あまりに突然だったせいか僕は拭う事も出来ずに暫く自分の爪先を睨みつけるようにして泣いていた。

暫くして、ふと我に返ったと同時に首がズキズキと痛んだ。あぁ、俯いていたからか…なんて思いながらもわざわざ洗面所に戻って泣くなんて馬鹿げているように思えたのでそのまま目の前の扉に背を預けずるずると床に座り込む。鈍痛を訴える首を労るように後頭部を扉に押し付け腫れぼったく感じる目元を撫でつつ小さな溜め息を洩らした。すると、それを待っていたかのように僕の頭の少し上辺りから聞こえてくるノック。あの野郎、まだ居やがったのか。先程ほんの少し感じたばかりの後悔の念すら忘れて今度は聞こえるように願いながら盛大に舌を打つ。

あぁ、消えてくれと言ったはずなのに!

そう胸中で叫びながら部屋に響くノックの腹が立つくらい軽やかな音を聞き流していると不意にそれが止んだ。今度こそ帰ったかと背後に神経を集中させれば、微かに聞こえた涙声。




「…そんなヒドいこと言われたの初めてだよ。泣きそう…て言うかヤバい、もう泣いてる、かも、」




…あいつは今なんて言った?泣きそう?…確かこのラフ・メイカーとやらは僕に笑顔を届けに来たのではないのか。笑わせに来たくせに泣く。たったそれだけの事なのに、とてつもなく面白く感じてしまった僕はきっといろいろな意味でいっぱいいっぱいなんだと思う。
そして鼻をすすりながら噴き出したのが聞こえたらしいラフ・メイカーはどんな意味で受け取ったのか知らないがとうとう本格的に泣き出してしまったらしい。すんすんと鼻をすする音が聞こえてくる。扉一枚隔てた僕らは背中合わせ。時折ひくひく聞こえてくるのはしゃっくりだろうか?子供のような奴だとまた笑いそうになった瞬間僕の口からひく、という音が洩れた。間髪入れずに聞こえてくる小さな小さな笑い声。何だか気恥ずかしい。

それからまた暫く2人でわぁわぁ泣いた。涙が枯れてくる頃には不可思議なラフ・メイカーの存在を容認してしまっている僕が居て少々驚いたものの、そうと分かればもう拒む必要はない。笑顔を持ってきたと言うくらいなのだから、きっと笑わせてくれるのだろう。




「今でもしっかり僕を笑わせることが出来ますか、貴方に」

「…それだけが僕の生き甲斐なんだ、笑わせなきゃ帰れないよ」




僕はゆっくりと立ち上がるとチェーンロックを外しそれに次いで鍵も開けてやりながら若干低めの位置をコンコンとノックしてやった。まだ泣いているであろうラフ・メイカーに対するちょっとした配慮だったりする。ノックを続けながら空いているもう一方の袖口で恐らく酷い有様になっている目元を拭い努めて明るく振る舞うでもなく微かに枯れかけた声を掛けた。
ほんの数時間前まではあんなに敵意剥き出しだったくせに、と自分で自分に突っ込んだ事は秘密。




「入ってきなさい、ラフ・メイカー…鍵は開けました。しかし困ったことに溜まった涙のせいでドアが開きません、そちらから押していただけますか」




これだって大嘘だ。アニメではないのだから、いくら泣き明かしたとしても精々床が若干しっとりする程度。しかし、頭ごなしに存在を否定し拒絶してしまった僕としては自ら扉を開いてラフ・メイカーなるモノを受け入れるのにどうしても抵抗があった。数回言葉を交わしただけだが、どうやら軽い男であるらしいからこんな冗談くらいすぐ乗ってきてくれると思ったのに。
扉を隔てた外からは泣き声どころか気配すら綺麗に消え去っていた。何度か呼び掛けてみても返事はない。

信じたくはないが、どうやら僕は置いていかれてしまったらしい。それも、部屋に入れてやっても良いかと思うくらいには信じた頃にだ。何故かそれは想像を絶するショックとなって僕へと襲い掛かる。




「…ラフ・メイカー…、そんな、冗談じゃない!」




そう怒鳴るのと何かが勢い良く叩き割られる音が響くのは同時だった。あまりの展開に思考が追い付かずただただ立ち尽くす僕の髪を背後から吹く風が揺らす。

――‐風?

まさか、と半信半疑のままゆっくりと振り返ってみる。僕が今まで向かっていた扉と丁度正反対の位置にあった筈の窓…そしてその窓枠に足を掛け鉄パイプを肩に乗せる男の姿があった。無数に散らばるガラスの破片が彼の暴挙を物語っていて、文字通り開いた口が塞がらない。そんな僕にはお構いなしに目元を赤く腫れさせた全体的に白いラフ・メイカーらしき男は窓枠を乗り越えずかずかと僕に歩み寄る。思わず身構えてしまった僕に対してニコリと微笑むなり彼は自分の懐を漁って取り出した手のひらサイズの手鏡を差し出した。
そして何をどうすべきか分からず鏡が映し出す自らの顔と未だに笑みを浮かべ続ける男の顔を交互に見つめるしかない僕に"ラフ・メイカー"は、言った。




「…君の泣き顔、笑えるよ」




あまりの言い草に一発殴ってやろうかと思ったけれど、改めて鏡に映る自分の顔をマジマジと見てみて納得。

あぁ、これは確かに笑える顔だ。






ラフ・メイカー

(割れた窓、弁償してくださいね)
(笑顔持ってきただけなのに…)




fin.







tsugi
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