しゃれこうべはソラをみる
わたしのお腹はからっぽ。内蔵が無い。私の右目もからっぽ。眼球が無い。

私の心もからっぽ、だった。家族とのろくな思い出なんか、なかった。

生きているって、食べて寝て呼吸する事のことだった。

違った。それを教えてくれたのは、骸様に、犬に、千種に、

それと……………







(しゃれこうべはソラをみあげる)







「クローム。起きてるの?」


他の守護者や仲間達とボスの部屋に泊まった夜の事。私は女の子三人でボスのベッドを借り、ボス達男の子は床にお布団を並べて寝てた。

眠れなかった。こんなに沢山の人と一緒に寝るのは始めてで、さっきまで皆が騒いでいた喧騒がなくなった後も、私の心臓はドキドキ言ってた。

ボスが私に声をかけたのはそんなとき。

ボスは皆が起きないようひっそり身体を起こして、その拍子にベッドの端っこで皆をずっと見てた私と目があった。

私は一回頷く。ボスは「俺もなんだ」と言ってヘニャリと呟いた。

するとボスが、唐突に立って、皆を踏まないよう気をつけながらベランダに歩いていく。

なるべく音を出さないように、そっと窓を開けた。


「ボス?」


何をしてるの? そう言いかけて、ボスが私に振り向く。


「おいでよ。クローム」


ボスの手が、私に差し出された。











ベランダに出た私に、ボスの白い手が上から差し出される。

私がボスの手を掴むと、ボスは強く握り返した。


「い、行くよ! クローム!」


「う、うん!」


私もボスも、少し声が震えてて。それでもボスは一生懸命私を引っ張り上げてくれて。私もなんとかよじ登った。


「うわっ!?」


「きゃっ!」


登り切ったと思った次の瞬間、ボスが足を滑らせて尻餅をついた。私は覆いかぶさる形でボスの胸に落ちる。


「だ、大丈夫!? クローム!?」


「うん。平気」


ボスの細い身体の方が心配。私が乗っかって壊れてしまいそう。

顔を上げると、ボスの顔が目の前に。ボスは顔を真っ赤にして口をパクパクさせる。


「ありがとう。ボス。登れた」


私はそう言ってボスから下りる。

周りを見た。

一面に屋根、屋根、屋根、屋根。下から射す電灯の明かり。上を見上げると、何からも邪魔されない空がある。

私とボスは屋根の上にいた。


「はぁ。久々に昇って見たけど、意外と登れるもんだなぁ」


ボスが胡座をかいて、遠くを見ながら言った。


「久々、なの?」


「うん。小さいころ、父さんと一緒に昇ったんだ。…………てか、無理矢理一緒に昇らされた」


ボスが引き攣った笑みを浮かべて続ける。


「いやだっつってるのに引っ張ってって、ここで一緒に町を見てたら、親父の奴いきなり大声だして驚かしてきて、俺ベランダに真っ逆さま。死ぬかと思ったよ。そのあと母さんに二人揃って怒られるしさ……」


ボスの口から大きなため息が出る。やっぽど気苦労する思い出みたいで、それがヒシヒシと伝わった。

だけど、「でも」と繋げるボスのの目からは。


「此処から見た景色は、嫌いじゃ無かったなぁ」


緋色の輝きが溢れていた。

きっとボスはここの景色がただ好きだったんじゃなくて、なんだかんだで、お父さんと一緒に屋根に登ったという事実が好きだったんだと思う。

だから私は、なんて相槌を打てば良いのか分からなかった。

私には父親との思い出はおろか、家族の思い出もない。だから共感ができない。せっかくボスが此処まで引っ張り上げてくれても、どんなにこの景色を綺麗と思えても、それはボスが感じた幸福とは違う。


「クローム? どうかしたの?」


ふとボスが声をかけてきた。彼の顔を見ると、眉を潜めて、眉間に皺を寄せている。

不安と心配で曇った表情を見たら、思わず悲しくなった。ボスにそんな顔をさせるほど、気持ちを表に出したつもりは無かったのに。自然と出てたのかな?


「別に」


私はいつもと変わらない調子で答えて、空を見上げる。僅かだがそこからは星が見える。


「へぇ。此処からでも星って見えるんだなぁ」


少しの間黙っていたけど、ボスも空を見上げて呟いた。私は「うん」と短く答える。

するとボスは「良かった」と優しく言う。「何が?」と聞くよりも早く彼は続ける。


「クロームとの思い出が一つ増えた」


私は驚いて顔を向ける。ヘニャリと笑っているボスの顔。


「一緒に屋根に登った。夜景を見た。俺の思い出話をした。夜空を見上げて、ここからでも星が見えるって発見できた。ほら、四つもできた。俺とクロームの思い出」


そっか。ボスは私と、共感をしたかったんじゃなかったんだ。これから共感できるような、新しい思い出を一緒に作りたかったんだ。

ボスは私の過去を知ってるわけでない。同情じゃない。純粋な優しさ。

それが凄く眩しくて、嬉しくて。でも私はなんて答えたらいいのか分からなくて、逃げるように空をまた見る。


「空が綺麗だね。クローム」


ボスの声が耳に届く。


えぇ。ボス。とても綺麗。



空って本当に、なんて綺麗なんだろう。





(私は時間も忘れて空を見続けた。

「クローム。首、疲れない?」

「…………少しだけ」)



あきゅろす。
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