地獄裁判 取り敢えず、意思表示したいことは、一つ。 嘘でしょう!? そりゃ、嘘なんて言わない相手だし、嘘をつくような内容でもない。 俺は日本代表で、彼は監督。冗談を言いあってバカ笑いする間柄ではないのだ。 悲痛な叫びは心の中だけで留めておく。 「宇都宮には伝え損ねていたが、来週は予定を変更して合宿を行うから…それ相応の準備をしておけ」 エーーーーエーーーエエエーーーーッ それ相応…って何だろう!? いや、普通に一週間分の着替え用意しろって意味だとわかるけど でも俺にとっては、俺にとっては…… 豪炎寺さんと合宿なんて、どんなに準備したって……無理! 殺生な……俺が何をしたっていうんですか!(何もしていない強いて言えばプロサッカー選手) た、助けて神様〜! 「宇都宮、聞いてるか」 「はい、わかりました」 しかし、顔には一切出さない。 これが成長した俺が身につけた特技だった。 小学生の時、FFI日本代表に選ばれた。 豪炎寺さんに憧れていたから…代表選考に来ないかと響木監督に誘われた時は二つ返事で了承したんだ。 結果代表入りしてスタメンになって世界一だ。 憧れの豪炎寺さんの後輩としてのポジションも手に入れた。(その為とは言わないが…合体技も必死で習得した) 豪炎寺さんの存在は、暗かった俺の人生に差し込んだ、一筋の光みたいで。 あれから、俺の行く先をいつも照らしてくれるのは鮮やかな赤を纏った豪炎寺さん。 強くて気高い。憧れた。あんな男になりたい、側へ行きたい、もっと近づきたい。 最初こそただの憧憬だった感情。 成長して、次第にそれは形を変えていったけれども…。 豪炎寺さんの一番弟子を誰にも譲る気なんてない。隣はだれにも渡さない。 高校卒業と同時に、俺は、プロの仲間入りした。勿論…所属チームは豪炎寺さんと一緒だ。(粘った) 今は世界大会を控え、日本代表として同じチームにいる。(かなり頑張った) だから幸せな…毎日だ。 サッカーをする環境としては最高の設備を与えられて、豪炎寺さんの近くで、夢だった日本代表として、再び彼とともに世界を目指せるなんて…。 充実し過ぎてて…怖いくらいだ。バチがあたるのではないか。 その矢先にこれだ。 やっぱり幸せすぎてバチが当たったんだ。 『いつまで本音を隠していられるか?』 ってサッカーの神様(イニシャルPさんではない)が俺に試練を与えたんだ…。 …豪炎寺さんと一つ屋根の下で寝起きをするなんて、例え同じ部屋でなかったとしても無理! 確実に無理! 「宇都宮?顔色悪いぞ、大丈夫か?」 「今日の練習ハードだったもんな」 「…はい、平気です。少し疲れてしまったみたいです、こんなことで…」 「おいおいこれから合宿の説明だぜ?しっかりしろよ」 だから普通でいられないって言ってるんでしょ!? 内心八つ当たりされる先輩を可哀想だとも思いつつ、前のホワイトボードに目をやる。 書いてあるのは部屋の絵…だ。 これから…閻魔大王の…裁判が始まる…。 「部屋割りは二人一部屋だ」 神様、お願いです。 豪炎寺さんと一緒になりませんように… 豪炎寺さんと一緒になりませんように… 豪炎寺さんと一緒になりませんように… 進むも地獄退くも地獄。 せめて同じ部屋だけにはなりませんように… 「同じポジション、同じ力量の選手で固めようと思っている…GKは補欠合わせて2人だから、とりあえず佐々木、磐田。103号室」 えっ…同じポジション… だから俺はGK以外なら何でも出来るって言ってるでしょ!?今からでも遅くないですよね!?FWやめます!! 「次はFW陣…」 ホワイトボードの上を黒の水性ペンがさらさらと滑る。 「豪炎寺と宇都宮。107号室」 ですよね〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 イエエエエエイ! ドンドンパフ〜〜 ブォエエエエァェェ(ブブゼラ) 晴れておめでとう!俺!!こうなるってわかってました!!一週間眠れない日々が続きますね!!!俺に死ねと言うんですかね!!! 監督ころす!!!!! 顔には出さない。 先輩たちは、憧れの豪炎寺とじゃないか〜やったなとか無責任なことを言って俺を祝福する。 俺の気も知らないで!(毛頭教えるつもりもないが) すると、豪炎寺さんが前の席からするするとこっちへ割りこんできて、にこ、と笑った。 「虎丸、同じ部屋だな。一週間よろしく」 あーーーー可愛い!俺を警戒する素振りも見せない!無防備な笑顔!くそ、わかっててやってるのか!可愛い!超やりたい 「はい、よろしくお願いします」 俺は豪炎寺さんに向かって、にこやかな笑顔とともに、頭を下げた。 新幹線に乗って、山奥の合宿所へ向かう。 気が気ではない。前日から既に寝不足だ。 こんな状態を気取られてしまったら、そんな童貞みたいな理由で寝不足なんて日本代表舐めてるのかと豪炎寺さんにファイアトルネードを打たれてしまいそうだが…幸い誰にもバレてない。母さんにもバレてない。大丈夫だ、俺は後輩をやれる…。やってみせる。 「虎丸」 「はい?」 「弁当…食わないのか?」 ふざけた席順である。適当に配られた乗車券だったというのに、俺の隣には豪炎寺さんが座っている。 どこまでもふざけたくじ運である…。ひきがいいのか悪いのか…。純粋に豪炎寺さんの近くにいられるのはとても嬉しいことだけど…今夜のことを考えると…今夜って…なんか響きエロイ…。 「いえ、食べますよ。景色綺麗だなって思って外見てました」 「お前…すごいな…俺にはトンネルの中にしか見えないが……」 「トンネルも外壁を良く見ると面白いんですよ」 「…そうなのか…すごい動体視力だな」 「よく言われます」 窓に反射する豪炎寺さんとか、可愛いなって思って見てました。 駅弁をつつきながら、豪炎寺さんとサッカーの話で盛り上がる。 …幸せなひと時でした。 合宿所についた俺達は早速練習を始めた。 与えられたメニューに従って、ひとつずつこなしていく。 身体を動かしている時は邪念を振り払うことが出来た。俺はただ純粋に一人のプレーヤーとして、チームメイトとして、豪炎寺さんと接することが出来た。 出来た… 出来ていた… 「はあ〜つっかれた〜〜〜」 「宇都宮くん、ドリンクくれ〜〜〜」 「俺も〜〜〜」 この…瞬間までは。 「宇都宮、俺達の組の入浴時間は今から一時間らしい。遅れないようにしろよ」 入浴…時間 入浴…? 「おーい宇都宮!こっちにもくれ〜」 俺は耳触りな先輩たちに半ばドリンクを投げつけるようにして渡してから、即座に部屋へダッシュした。 馬鹿野郎〜〜〜〜忘れてた〜〜〜〜!! 風呂なんて〜〜〜ガンジス川で十分だろう〜〜〜文明社会め〜〜〜〜〜〜〜 豪炎寺さんとはち合わせないように速効で風呂にいって速効で出よう。そうしよう。 107号室のカギを捻る。手ごたえがない。カギはあいていた…。 まさか… 「虎丸、そっちの練習も終わったのか?」 うわーーーーん!豪炎寺さんのばかーーーー! 既に部屋に戻っていた豪炎寺さんが着替えをたたんで、入浴準備をしていた。 「え、えっと…」 「俺はそろそろ行くけど、お前も来るだろ?風呂」 だったら早く先に行ってくださいよぉ!先に浴びて俺が入る前に全て終わらせてあがっててください!裸見たくありません! いや!本当は見たい!非常に気になる!練習中の痣や傷が、どこについているのか、一つ残らず数え上げたい。 だからこそだめなんだ、見ちゃだめなんだ……!!うわあああ 「あ、……そうです…ね」 ここであることに気がついた。 到着してすぐ練習に飛んでいってしまったから気付かなかったけど、この部屋にはユニットバスが備え付けてあった。 良かった。何も男湯に特攻しなくったっていいんだ…。 「?…行かないのか?」 「あ、いえ、シャワーは浴びますよ。俺…大浴場とか苦手でして」 「どういう意味だ?」 どういう意味って… そういう意味ですよ…。 豪炎寺さん、貴方がいるからです…。 あなたの、その、あ、あ、一糸纏わぬお姿なぞ…見てしまったら…。 ……宇都宮虎丸は多分、いや絶対暴走します。パトカーがお迎えにきて、新聞に名前が載ってしまいます! 母さんが泣く!い、嫌だ… 「部屋にはシャワールームもありますし、俺は、ここで平気です」 鞄を開けて、俺も用意を始める。 早く行ってくれ…そう願いながら。 しかし豪炎寺さんは首をひねって俺を見下ろす。 「そうか?結構広くていい温泉があるらしいが」 うう何故です。引きさがってくれないのは親切心ですか? どうしてそう、無自覚に、俺を危険で甘美な世界へ誘うのですか…。 悪魔か…。 「はい、結構です。豪炎寺さんだけ………」 「おーい修也〜風呂行かねーの?時間終わっちまうぜ〜」 パキッ、 持っていた洗面道具の内の一つ。歯ブラシが俺の握られた拳の中で真っ二つに折れた。 この声。 見上げると開けた扉を背にした豪炎寺さんの背後に…やはりあの先輩がいた。 「はい、今行きます。じゃあ、虎丸。俺は行くから…」 「俺も行きます!!温泉って入ったことなかったんですよね!!!」 「え?」 俺は、この先輩が大っきらいだ。 この先輩だけは許せない。こいつ。 年上だからって豪炎寺さんを名前で呼び捨てにして、意味もなくベタベタ身体に触るこいつ! こいつ絶対怪しい。俺と同じニオイがする。 こんなふうに部屋にまで呼びにきて、豪炎寺さんを温泉に誘い込み…何をするつもりなんだ。ナニだろうが!このクソじじい…源泉に沈めて今日こそ息の根を止めてやる。 「宇都宮もくんの?」 「はい。もちろんです」 「ふ〜ん…そっか〜」 なにこいつ! 絶対豪炎寺さんを守って見せる。 と、半ば無意識的に、勢いでついてきてしまった。 意気込んだはいいものの、俺お得意の鉄面皮が、今身につけて初めて剥がれてしまいそうになっている…… 馬鹿…俺…どうするんだ…。 疑わしきは罰せよ、その精神で先輩を極刑に処すため、ここにやってきたが…そんな先輩なんかよりもよっぽど俺(の下半身)のほうが大罪を犯してしまいそうで恐ろしい…。 「虎丸、どうした?」 準備を…してない。 そりゃ…色々と。 着替えも、歯ブラシも持ってきてるけど…。 そういう準備じゃなくって…その…。 「シャンプーを部屋に忘れてしまいました。取りに戻ります」 もたもたしている間にも、豪炎寺さんはすぐ隣で、真横で、俺の真横で服を脱いでいく。 上半身を俺に見せつけたところで、 「備え付けがあるから気にするな」 と俺を縛る一言を投げた。 いやね?豪炎寺さん。俺、女の子じゃないですから、髪洗う液体になんて対したこだわりなんてありませんよ。 でもね、このままアップ(隠語)もせず、全くのノー準備で、豪炎寺さんの裸なんてみたら、顔は隠せても下半身は隠せないですよ。 男の生理って情けないですよね〜。 「ですが…」 「早く脱げよ、時間終わるぞ?」 豪炎寺さんが俺のジャージのファスナーを下げる。 えっ? 「早く行こうぜ」 えっいこうぜって…え? 俺の服を、裸(上半身)の貴方が、む、むいていく……? ウワァァアーッ助けて母さん! この、豪炎寺さんの馬鹿野郎!早くもいきそうですよ!無自覚!悪魔! 俺のツボに不用意にシュート突っ込んでどういうつもりなんですか!? あれよあれよという間にお互い上半身裸になって(風呂に入るので当然だけども)、残すは下……… 「自分で脱げますって」 「はは、そうだ…」 いやに上機嫌の豪炎寺さん。 合宿というより、修学旅行気分なのかもしれない……。 豪炎寺さんも、俺も、皆も。 楽しい、うん、楽しいさ。楽しいよ、本当に。でもね… 豪炎寺さんが、ズボンに手をかける…… うわーやばい やばくないか? 見ちゃだめだ 吸い込まれる とにかく、右を見てはいけない。左を見ろ。左… 先輩たちのケツが視界いっぱいに入ってきた。 うえっ汚ね、 萎えた よし、大丈夫。まだ俺は生きてる。 「ご、豪炎寺さん、俺先にシャワー浴びてますね!」 そして、俺は覚悟を決めた。 ズボンを下着ごとひっつかんで、重力を味方につけ引きずり下ろす!疾風のように素早く…俺は全裸になった!! 褒めて! 息子もまだ反応してない! 出来るだけ豪炎寺さんの顔から下を見ないように、脱衣所から先に離脱した。 …入浴中の記憶は、ほとんどない。 自制というよりは、自己防衛の類だろう。無意識的に危機を回避しなくてはならないほど、俺の体は切羽詰まっていた。 つまり、意識がある内に豪炎寺さんと裸の付き合いしてしまったら、暴走してしまっただろうってことだ…。情けないが、俺はこう見えてもまだ酒も飲めない未成年だし……。 とにかく隣で気持ちよさそうに湯につかる豪炎寺さんから目をそらして、きゃっきゃ騒ぐチームメイトばっかり見ていたような気がする。 後は…あんまり覚えてない。 うっすら覚えているのは、案の定、豪炎寺さんにベタベタしていたあのムカつく先輩を追い払ったことくらいで…。あとは終始、豪炎寺さんの隣で(明後日の方向を見上げながら)彼を守っていたつもり…だ。 「虎丸、のぼせたか?顔…」 「赤いですか?そうですね…少しぼんやりします。そろそろ俺、あがりますね」 もう、無理だ。 出よう。 意識を取り戻し、俺は立ち上がった。 先輩ももういないし、一足先に失礼します…さよなら煩悩。 「そうか。なら俺も出よう」 え、なんで?! 二人並んで脱衣所に戻る。 なんで、 豪炎寺さんひどい…… 濡れた身体がとても扇情的で… あっ、見ちゃだめだ! 俺は疾風ダッシュでロッカーに張り付き、消防士もビックリの速度で、寝巻のスウェットに着替えた。 布に隠れて安心したのか、息子も微かに反応し始めている。危ない、間一髪。 「そういえば、虎丸、今日の夕食何か知ってるか?」 俺のドキドキに全く気付かない豪炎寺さんは、呑気に身体を拭きながら話を始めてしまう。 秋刀魚が旨そうだ、とか、お前は何が好きだ?とか、ゆっくり着替えながら聞いてくる。 話を聞く手前、目をそらしているのもおかしな気がして、既に着替えた俺は豪炎寺さんの身体を直視しながら会話しなくてはならない。 綺麗な太もも。 背中も、首も… あ、胸元、 …案外乳首可愛い色してんだな。 …触ったら、どんな反応するだろう。 「……虎丸?」 「はい、俺もこの時期の秋刀魚は美味しいと思っています。ですが、料理を作る身としては、ここの料理人の腕前がどの程度のものか拝見させて貰いたいものですね」 「っ、…はは、お前らしい」 うまく誤魔化せたかな? 豪炎寺さんの身体が完全に隠れるまで俺はずっと自分と戦っていた。 貴方の知らないところで、俺は、俺は…… こんなに辛い戦を強いられているんですよ!? 着替えで無理矢理抑えつけた股間が痛んだ… 夕食を終え、そのまま明日の練習に向けてのミーティングも終え、消灯時間となった。 各自部屋に戻る。これ以降、部屋の行き来は禁止だ。遊びで来ているわけじゃないから、当然と言えば当然だが、ついつい学生時代の修学旅行を思い出してしまう。 あの時は…友達も多くなかったし、そんなに楽しい思い出もないけど。 今回は…この人と同じ部屋だ。 豪炎寺さんと…、同じ部屋で寝る…。 朝まで…一緒… 無理だ!!!!絶対!!!! 「一日目から結構ハードな練習でしたね」 ぺっ、隣の豪炎寺さんが口をゆすぐ。 歯磨きしてる豪炎寺さんって、何だか新鮮。 豪炎寺さんには謎の神々しさがあるから、こういう生活感のある姿がとても見慣れない。 「そうだな。それほど、監督もコーチも気合を入れてきているということだろう」 「期待に応えなくてはなりませんね」 「そうだな…。世界大会で勝ち進んで行けばいずれは円堂ともぶつかるだろう…負けられないな」 じゃあ電気消すぞ。 お互いのベッドにもぐりこみ、豪炎寺さんがサイドテーブルのライトを消した。 途端真っ暗になる。 聞こえるのは窓の外の虫の声だけで…。 静寂が俺の焦りを無遠慮に加速させた。 うーん、この静寂はおやすみなさいって言うタイミングでもあるわけだよな。 でも家じゃないし…そういうのいらないのかな。…うーん… 「そうだ、虎丸」 「は、はい?」 突然暗闇の向こうから豪炎寺さんの声が聞こえて慌てる。 身じろぎ、シーツの擦れる音がしたので、俺も豪炎寺さんのほうへ向く。 「お前との付き合いは長いが、こうやって一緒の部屋で寝るのは初めてだな」 「ええ…そうですね…」 そうですね!!何でそう、サッカーに関係ない話を始めちゃうんですかね、電気消してから! いや、表情が見えていてもえっろいけど、見えないと何だか色々想像しちゃうんですよね! 「俺は結構、この合宿を楽しんでる。お前と相部屋になって」 「…え…、ありがとうございます…」 「…じゃあ、おやすみ」 「あ、はい。おやすみなさい」 再びシーツの擦れる音がして、豪炎寺さんが寝がえりをうったのがわかった。 うん…。 ………え? 何今の…。 なななな何なんですか!今の発言は!どういう意味ですか〜〜〜〜〜!!! うわーーーーん寝られないよーーーーー 聞きたくても聞きただせない。 俺は弱虫であり、彼は意地悪であった。 |