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俺は一応ストライカー




「うわーっ宿題終わってねー!」

蹴りそこねられたボールはテンテンと弾んで、そのまま転がった。

「………円堂?」
「豪炎寺、ごめん!」

突然円堂が走り出す。
転がっているボールとは逆の方向に。

「円堂!?」

俺たちは必殺シュートの練習をしていた。

ゴールを守っていた円堂、シュートを決めようと果敢に攻めた俺。

「おーい次行くぞー」と声を掛けられたので、再び俺は攻めの姿勢に入っていた。
精神を集中し集中……

した途端、これだ。

何故か円堂は足元のボールを蹴らずに、そのままフィールドの外へ走り去っていった。

腰を低く落としたままの、臨戦体制で取り残された俺は何だか間抜けだった。

「宿題が済んでないって、どういうことだ…。今日は31日だと思うんだが…」

沈みかけている太陽に向かって、………ではなく、稲妻総合病院に向かって、なんとなく呟いてみた。

そうだ、夕香に会いに行こう。















久方ぶりの学校はやはり賑やかだった。
しばらく会ってなかったクラスメイトとの再会に、俺のクラスは沸き立っている。
あの不可解な行動をとった円堂は、予鈴ぎりぎりに登校してきた。

「うーん…」
「円堂」
「あ、豪炎寺…お早う。昨日は、ごめんな」
「別にいい。…クマが出来てるぞ?」
「あー寝てないんだよ、ほら、宿題がさ」
「計画的にやらないからだろ。サッカーばかりやってて……。……それで、終わったのか?」
「数学がまだ…。これ、怒られちゃうのかなあ。やっぱり…」
「お前。努力すれば、いいんだろ?」
「あはは、そうだった。大切なのは、あきらめない心だった。…でも数学は…」

円堂は白紙の数学プリントを見て、顔をしかめた。

「………どうしても、この記号、えっくすの、意味がわからないんだ。だって数学って、足し算引き算掛け算割り算、全部数字でやるんだろ?なのになんでこんな記号があるんだよ…括弧だってそうだ」
「全部数字は数学じゃなくて算数じゃないか」
「そうなの」
「…やり方がわからないんじゃ、努力のしようもないな。サッカーのルールを知らないようなもんだ」

今、円堂が、明らかにどうしよう、という顔した。不安いっぱいの顔だ。

まあ、必要以上に円堂が怯えるのも無理はないと思う。

数学の教科担任は、厳格な先生だ。頑固親父、職人肌、彼によく似合う言葉だと、俺は思う。
つまり、とにかく規律には厳しい。
授業中に居眠りをしようものなら、ご自慢のデカい三角定規で、生徒の丸出しの後頭部をぴしゃりと叩く(勿論、先の尖ったほうは使わない)。
そして円堂は一度その恐怖を味わっている。

もし、長期休暇用の宿題を忘れたとなれば………

白紙のプリントがぴくぴく震えている。

………少し、かわいそうになった。

「円堂…今日は俺がお前に付き合うよ」
「え?」
「昨日は俺の練習に付き合ってくれただろ」
「あ、でも昨日は俺、途中で…」
「いいんだよ、そんなこと。今日の放課後だ。今日の放課後、部活は返上して、宿題を片付けるぞ」

俯いていた円堂の肩が揺れた。

「部活を返上…しなくちゃ駄目なのか」

こいつ…。
このサッカー馬鹿…!

「宿題が終わらないなら、一生部活はさせてもらえないぞ。あの先生なら」
「うっ!」
「…どうするんだ?」
「わかった、豪炎寺、よろしくな!」

即答した円堂に満足した。
続いて本鈴が鳴り、朝のホームルームが始まる。
俺は自分の机に戻り、早速、今日の放課後に想いを馳せた。

そうか…今日は、今日の放課後は、円堂とマンツーマンか…

夕香、今日は遅くなっちゃうかもしれないな。
…今日だけ、そんなお兄ちゃんを許してくれないか。




















「だから。ここが。こう。なる」
「うん」
「ここに。こういう。記号が。あるから。こう。なる」
「…うん」
「最後に。ここと。こっちで出した数学を。足す」
「……………うん」
「それで。時間を分に直して、終了」
「…………………………」

とりあえず、円堂はバカだった。

簡単に「俺が教えてやるぜ!ついてきな!」発言をするんではなかった。

サッカーに関しては天才的でも、勉学に関しては壊滅的な円堂。
幸い義務教育には留年という制度はない。

その事実に少し、救われた。俺が。
日本、感謝するぜ。

母国への感謝をしみじみと噛み締めている俺の横では、せっせとペンを動かす円堂がいる。
しばらく順調に動いていたペンが、しだいに緩慢な動きになり、やがて止まった。

「なあ、豪炎寺」
「何だ?わからないところがあるのか」
「楽しい?」
「…え?」
「こんなことしてて…楽しい?」

聞く円堂は苦笑していた。
楽しいも何も…勉強は勉強だからな…。
突然の質問に、戸惑っていたら、不意に、

「豪炎寺までこんなことに付き合わせちゃって、やっぱりヘンだよ…俺がいけないのに。豪炎寺はサッカーをやってたほうが絶対楽しいって」

な?と、軽く押しのけられた。
あからさまなアクションは反応に困る。

それは…俺だって勉強よりサッカーのほうが楽しいと感じる……
けど、…

「俺がサッカーする理由…」
「……え?何?」
「夕香はプレイする俺が好きだって言ってくれた。だから、今もサッカーをやってる。勿論、純粋に好きだってのも、ある」
「…うん、前に一度教えてくれたな」
「でも、サッカーを再び始めるきっかけをくれたのは…円堂…」

放課後。
誰もいない教室。
距離を縮めた二つの机。

「……、」
「豪炎寺」
「いや、何でもない。少し疲れたな、休むか」
「ううん、俺は大丈夫だから、豪炎寺だけ…」
「俺は、お前と一緒なら楽しいけど」

一瞬、円堂が凍った。

マズイ、こんな状況だったから、つい油断した。
ちょっと本音を言い過ぎた…。
円堂は俯いたまま、ペンをひたすらに動かしながら、
「う、うん。そっか。そうかっ。ありがとう、嬉しいよ」
と口早に言った。

「あ、ああ…」

としか答えられなかった俺は、ただのヘタレ野郎だった。
うわ、なんかヘンな汗出て来た。















(夕香、お兄ちゃんは、こんなにも弱いよ…)






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