08:しあわせのじかん(玖蘭かおりさま)
「ジムリーダーってモテるんだ」

テーブルに広がるのはお茶会さながらの品々。私は入れてきたばかりの紅茶をティーカップへと注ぐ。とぽとぽと重たく聞こえる水音と一緒に、ぱたぱたという軽やかな足音が聞こえた。

「何だ、嫉妬?」

グリーンはジャケットを脱いでイスの背にかけながら、なぜか笑っていた。

「違う…と思う」

違うといえば違う、そう思う。グリーンに宛てて贈られてくる、または直接渡されるらしいそれらは、包装から中身に至るまで厳選されている。宛名まで綺麗な字体で書かれていて、それを開けるのが私なんかでいいのかと毎回悩んでしまうくらいだ。でももらった張本人は私に開けろというので、開けはするが。確かにグリーンは、女性にモテるタイプではある。ポケモンの腕は強く知識は豊富、顔は綺麗、肩書きは『ポケモンリーグ本部元チャンピオンにして現トキワジムジムリーダー』なんだから。そりゃ、モテないわけがない。むしろ後者が拍車をかけた。そんなグリーンに嫉妬はしない、というか、嫉妬する意味が分からない。けれど、羨ましくはあった。自分でもよく分からないくらい、曖昧な気持ちではあるが。

「…何だよその歯切れの悪い返しは」

赤い紅茶をソーサーごと差し出せば、グリーンは「サンキュ」と言って受け取った。

「…よく、分かんないから」

幸せな他人を見ていると、自分もそうなりたいと思う気持ちが私にもある。グリーンになりたい、とは思わないが、グリーンみたいになれたらいいな、とは思うのだ。バトルでは強く、けれど人としては優しくて、知識は博識で、名声を手にしていて。挙げたらキリがないくらい、羨ましく思う点がある。

「…良い匂いだな」
「そうだね」

紅茶の入ったカップは温かく、まるで心まで温かくしてくれるように感じてしまう。ゆっくりと口へ運んだそれは、茶葉の甘味がぐっと利いていて、思わず目尻が下がった。

「今日はこれ?」

テーブルの上に並べたお菓子を指差し、グリーンが私を見たので頷いた。それは元々は、ジムリーダーであるグリーンへの信者からのプレゼントだった。

「愛されてるねぇ、グリーンは」

ティーカップの底に溜まった茶葉を見ながら、私はそう呟いた。

「は?何で?」

顔を上げれば、高級菓子店のチョコレートを一粒つまみ、口に入れたグリーンが不思議そうに私を見ていた。

「だって、ねぇ」

今飲んでいる紅茶の茶葉も、紅茶を入れた茶器も。テーブルの上のお菓子たちも。第一、男の人が女性からバレンタインデー以外でチョコレートをもらえるなんて、そうそうないと思う。ましてや記念日でもなんでもない平日になんて。

「愛されて、愛を贈られて、愛に包まれて。愛ばっかりじゃんグリーンって」

グリーンを好きな人がたくさんいて、その人たちが贈るプレゼントに囲まれていて、それを味わうことができるグリーン。それはまさに、愛が愛を呼んだ愛のブレンド。いいなぁグリーン、幸せ者だ。

「…何だよ、なまえ。今日のなまえなんか…」
「なあに?」
「…いや」

少し困ったような、けれど不思議そうな顔をするグリーンに、私は頬が緩む。そして、私は。そんなグリーンを見ていると、幸せになれる。


し あ わ せ の じ か ん



あきゅろす。
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