16:愛し合う二人は朝を拒む(蜜月霞さま)
陽の光の眩しさに、目が覚めた。どうやら厚い方のカーテンを引かないまま眠ってしまったらしい。薄い白いカーテン、それはよく陽の光を通した。そのせいで部屋はやけに光が満ちていて、薄い毛布もぽかぽかと暖かい。白いベッドシーツ、同じく白い、薄い毛布、真っ白な壁。何もかもが真っ白な空間で、目が覚めたら貴方の腕に抱かれていた。

一糸纏わぬ裸体のふたり。直に触れあう素肌の感触がやわらかく、このままずっと触れていたいとすら思う。さらさらの黒い髪が私の茶髪と絡み合う。異色のふたつ、けれどもそれは、上手く混じって溶けてくれそうな気がしていた。

目の前にある端正な顔立ちをじっと見詰める。音もなく、見詰める。私の水色の色素の薄い眼に、きっと今、貴方の顔はくっきりと映し出されているのだろう。この近い距離、貴方が無防備に、素顔を私に晒して呉れることが嬉しくて、思わず貴方に手を伸ばした。

胸に貴方の頭を抱く。それはまるで母親が我が子を愛おしむかのように。夜はあんなにも彼の顔は「男」であるのに、今はこんなにも愛らしい。

細い指が、彼の髪をやさしく撫でる。時折指に絡めては、至極幸福そうな顔をして笑う彼女。どの動作にも音は存在しないまま。それは夢心地の彼を起こしてしまわぬようにという彼女の配慮。

朝が来れば、夜まで私たちはお別れだ。四六時中一緒にいることは叶わない。そんなこと、当たり前ではあるのだけれども、それを厭だと思ってしまう自分がいることは確かな事実で、それがどうしようもなく可笑しい。
何時か見た、トリスタンとイゾルデの話。あの時は解らなかったものが、今は解る。これがどういうことなのか、抽象的故にわからないようでいて、本当はわかっているのかもしれない。
昼間は権力、夜は愛の象徴とされ、彼らはしきりに夜を求めた。只の男と女になって、飽きるまで愛を囁き、愛を確かめ合うことが出来る、夜を愛した。
彼らの境遇は特殊なもので、私たちは正直そこまで厳しい境遇にいるわけではない。だから彼ら程夜に焦がれはしないけれど、交り合って溶け合いひとつになれる夜が恋しいのは本当のことだった。

「ん…」

小さく身じろいだ彼の髪が肌を掠めてくすぐったい。どうやら起こしてしまったようだ。

彼は自分が今いる状況を理解するのに少々時間が掛かったらしい。寝ぼけた頭が正常に作動するには、どうしたって時間が掛かる。それはとても自然なことだ。

「おはよう」
「…逆だろ」
「え?」

小さく呟き、彼は一瞬で彼女を自分の腕の中に収め、自分の胸に抱いた。

「こっちが正解」

寝起きで掠れた彼の声の色気にあてられて眩暈がしそうだった。うっすら笑みを浮かべた口元、彼の顔はどこかしあわせそうに見えて、泣きたくなる程それが嬉しい。彼の赤い眼に私が映る。きっと私の水色の眼にも彼が映っている。互いの眼の中に互いを映す。その時だけは、この世界に存在するのは自分と相手と、ふたりだけ。そんな錯覚に陥ることが出来る、それは酷く幸福なことだと思うのだ。

「おはよう」
「おはよう、レッド。でも、私今すぐおやすみなさいと言いたいくらいよ」
「なんで?」
「もっと貴方とこうしていたいわ」

レッドの胸にすり寄って、彼女はやわらかく微笑んでそう言った。彼女の白い肌には所々に紅い華が咲いている。小さな鬱血、されどそれは愛の印だ。

「じゃあ、そうすればいい」

そう言った彼は、彼女の白い首筋に顔を埋めた。首筋に触れた唇、そっと音も立てずに口づけられたかと思えば、触れられたそこに、つきりと小さな痛みが走る。驚いた彼女は彼の名を呼んだ。

「レッド…?」
「ん…」
「何してるの」
「夜の続き」

血が顔めがけて逆流してくるのがわかった。彼と付き合い始めてもう随分経つけれど、未だに慣れない、彼の突飛な行動。無表情な普段の彼とは裏腹に、彼は突然感情豊かに愛情を示すことがある。表情が変わるとか変わらないとか、そういうことではなくて、ただ単純に、愛情の表現の仕方が多彩になるのだ。
彼は愛を伝える手段として、よく言葉よりも行動を使った。触れる唇、撫でる手指、抱きしめる腕、差し込む欲望、彼の身体全てで私に愛していると囁くのだ。

「本気?」
「冗談だと思う?」
「…いえ」

彼が冗談でこのようなことをする男ではないということを、彼女は十分承知していた。赤い眼に戯れはない。何時だって、彼の言葉は本気の証なのであり、そうしてそのような言葉を平気で吐く彼は正気なのだ。例えそれが、他の誰かにとっては狂気の沙汰にしか見えなくても。

「貴方は何時だってそう」

肌をなぞる彼の唇の感触を感じながら、彼女は笑ってそう言った。さらりと黒髪を細い指に絡めてうっとりと微笑む彼女は、光に満ちたこの白い空間で、とても美しい、女神のようだった。

「いいわ、今日という私の時間、全部貴方にあげる」

特別よ?大事にして頂戴。

彼の唇が、彼女の唇と重なる。音もなく、彼らは甘い口づけを交わすのだ。とても長い時間そうしている気分になった、けれどもきっと、この口づけの瞬間はほんの一瞬だったのだろう。

互いの眼に互いを映し、互いの名前を愛おしげに囁き合った。ふたりが互いを対等に愛しているという証である。
眩しすぎる程の陽の光はそのままに、彼らは自身の肉体と精神を夜に飛ばした。いや、もともと置き去りにしていたのかもしれない。昨日の続きと言うものの、果たして昨日とは、何時の夜のことを指すのだろうか。

音のない、光に満ち溢れたこの白い空間に、鼓膜を震わす音が芽生えたその時に、彼らは身も心もひとつに溶け合う。そうして愛を囁き合い、狂おしい程求めあう。昼夜問わない彼らの愛情、けれどもやはり、夜が恋しくてしようがない。


愛し合う二人は朝を拒む
愛してる、甘く掠れたその声は果たしてどちらのものだったのか。


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