―記念文倉庫― 7●(※チカ×ダテ) 「おい、家康」 後部座席から政宗が手を伸ばして、崩れた体制でシートに凭れ掛かった彼の体を揺さぶった。 目の脇や唇の端も打撲を受けてだらだらと血を流しているが、一言唸って薄っすらと目を開いた。 痛みに顔を顰めてシートに座り直す。後頭部が痛むのか探るように髪の中に指を這わせ、流れる血を指で拭ってそれを見た。アーミージャンパーの襟元に血が滴るのも気に留めず、走り去る国道を黙然と睨む。 「今の件で掴まった奴がいても取引には応じるな」 「そうはいかん」 政宗の言葉に、家康は深い溜め息と共に応えた。 「それだから舐められんだろうが。組織のトップを危険に晒すような真似をした野郎を助ける必要はねえ、見捨てろ」 「しかし、湯溝や関口は…」 長年、徳川母子を守り続けてくれた恩義がある。 「甘え事言ってんな、賞罰与奪はトップの仕事だろうが。お友達集団じゃねえんだよ。それが出来ねえんなら降りろ。奴らが言う事聞かねえのは手前の責任だ、無駄死にさせる事になるぞ」 「―――…」 「三成に対する態度もそうだ。どっち付かずの曖昧な手前の対応に業を煮やしてる奴らが勝手するんだろうが。三成をぶっ潰すって決めたら同情はやめろ、迷うな」 次々と突きつけられる石礫のような言葉に、家康は笑うしかない。 「それがお前の考えか、政宗」 「…勢力は25000と28000で拮抗している」と政宗は呟いた。 「拠点の所在地も東西に上手い具合に散らばってる。組織は三成って目的を得る事でまとまるだろう、お前がぶれさえしなければ」 「―――…」 それでも未だ家康は迷っていた。 黙り込む彼を横目で見やった元親は、国道の案内板で行く先を確認してから車線を変更した。 「んな事より傷が痛んでしょーがねえんだ、どっかで車停めっぞ」 「ん、ああ…」 上の空で家康は頷いた。 国道沿いのコンビニで車を停め、消毒液や包帯を購入した。 家康はバックミラーで確認しながら顔の傷に大きな絆創膏を貼り終えた所だ。それを後部座席で見ていた政宗が「後ろにも傷がある」と言って、消毒液を受け取った。 鉄パイプで殴られて切れた傷に痛みが走る。 「ちょっと政宗、俺の火傷もやってくれよ」 そう言って元親が横から腕を伸ばして来た。政宗は左目でそれをちらりと見やってから、消毒液をどばりと掛けてやった。 「うっぎゃ!!」 その後、元親の左腕に新しい包帯を巻いたのは家康だった。 全てが終わった後、温かい昼下がりの陽が差し込む車内で家康は言った。 「もう一度、三成と話をつけて来る」 「家康」 「最後だ、政宗。儂は死ぬ気で三成を口説いてみる」 真っ直ぐに政宗を見つめて、むしろ晴れやかな表情で言い放った青年に対して、政宗がそれ以上言える事はなかった。 不貞腐れた元親の代わりに、今度は政宗がハンドルを握った。 その足で三成の本拠地があると言う神戸へ向かう。 神戸の小洒落た町並みを見下ろす六甲山、その北側の有馬口で家康一人を降ろした。そのまま大阪に戻る訳も行かず、政宗は黒いバンを宝塚市に向けて走らせた。 それについて助手席に座る元親は何もコメントしなかった。 政宗も何も言わずに市内をぶらぶら流し走り、それにも飽きた所で食事をした。 家康の連絡を待って何処かで時間を潰そうかと思っていた視界の隅に、24時間散策可能だと言う欧風庭園を見つけた。そこの駐車場なら車を停めていても怪しまれないだろう。宝塚市の中心を流れる武庫川に面したその庭園は、他にも色々な施設が並立していて、普段の日でも人の出入りはそこそこあった。 だが、夜になり早春の寒波に人々が引き揚げて行った後にも、家康からの連絡はなかった。もとより、家康には2人にそれぞれのホテルに引き返してくれと言われている。待っているのは政宗の勝手だった。 「元親、お前何も聞かねえんだな」 退屈と沈黙に耐えかねたようにぼそりと呟かれた政宗の言葉に、シートを倒して寝ていたと思っていた元親が身じろぎした。 「俺を巻き込みたくないんだろ」そう言ってダッシュボードの上のペットボトルを取り上げる。 「巻き込まれないようにしてやんのも思い遣りってもんだ。家康はその辺きっちりしてるしな、…海賊共との事で俺も学んだんだよ」 「―――ありゃあ、本当の事だったのか」 「何だよ、俺が嘘吐いたと思ってたのかよ」 「手前は何もかんもいい加減過ぎんだ」 ふん、と鼻を鳴らして水をがぶりとやる。 酒を呷りたい所だが、何時運転する事になるやも知れぬ、と分かっているのか今夜の元親は大人しいものだった。 言葉の切れ目にラジオから流れる音楽が忍び込んで来た。DJの紹介でスムーズに切り替わる歌から歌。POPやロックに、ダンスミュージック。「あなたに首ったけ」と謳う甘い男の声はアンニュイな切なさをシャウトしていた。 「Why did you stop it on the way?」 「ああ?…何だいきなり英語で話しやがって」 「Answer.」 言下に言い返されて、元親は溜め息を吐きつつ先の質問を思い返した。何故途中で止めたと聞かれたか。 「…弱みに付け込んでるみたいで、フェアじゃねえなって思っただけだ」 「弱みだ?」 「慣れてねえみたいだったからよ」 何に、聞くまでもなかった。慣れるも何も、自分は女じゃないんだ、その気になるのに前戯の前のムード作りなど必要ない。 相手も同じだ、と思っていた。 「弱みがあろうとなかろうと、この間は力尽くだったろうが」 「んだよ、力尽くで突っ込んで欲しかったのか?」 「ぶっ殺すぞ」 元親は声を出して笑った。 「片倉の兄さん大事なあんたが可愛いくてさ」 さらりと歯の浮くような台詞を何事でもないように言い放つ。 揺れる車体に元親は閉じていた片目を開いた。 「唐突だな」 自分の足の上に跨がって見下ろす青年を、軽く見張った片目で見やりながら言う。 「…お前、いっつもそんな感じなのか?そんなんじゃ片倉さんも訳分かんねえだろうがよ。勘違いされっぞ、体だけの関係だって」 「うるせえ、酒の力がなきゃ出来ねえなんて言わせねえぞ」 「―――…ほんっと、可愛げのねえ誘い文句だ」 「男が可愛くてどうする」 「お前は十分可愛いって」 元親の台詞に、政宗はうるさ気に笑った。 「…本当に、手前はいい加減な事ばっか―――」 生意気な口を効く青年の腰を抱き寄せ、元親はその顔を伺いつつぶつかるギリギリまで見つめた。 駐車場に灯る小さな明かりに、微かな戸惑いを見せて揺れる政宗の左目が見えた。 本当に体だけの関係なのか?よがらせてくれるなら誰でも良いのか?そんな問いが頭の中を過ったが、考えるよりも早く体の方が動いていた。 最後の距離を一気に詰め、貪るようにその唇を吸った。 歯列を掻き退け、誘い出した舌をいやらしく舐る。―――と、不意に胸を押し退けられた。 「Don't kiss me….」 震える声で、 掠れるそれで囁かれ、又しても元親の胸中に苦痛が走る。 キスを止めたって仕草やクセの違いで思い出してしまうだろうに。 応えはせず、再び抱き寄せた首筋に細い鼻先を埋めた。程よく鍛えられ、滑らかに唇に吸い付いて来るそこを軽く甘噛みする。 背中から服の上下を掻き退け、前に持って行きながらシャツとセーターを捲り上げる。 噛んだ肩口から耳の下まで点々と痕を残しつつ、小さく主張する旨の尖りを掌で擦った。徐々に立ち上がって来るそれを指先で摘んで転がした。 耳元で熱い吐息が吐き出される。 「…良い子だ……、自分でズボン下ろせよ」胸を弄りながら元親が楽し気に言う。 「ふ、ざけんな…っ」 「誰が甲斐甲斐しく手前の面倒見てやるっつたよ。したかったら自分でやんな」 「―――…」 政宗は渋々それに従った。 ベルトを解きジッパーを下げる、その最中もたくし上げたシャツの下で元親の指先は底意地悪く動き続ける。そのせいで時折上体をくねらせながら紺のスラックスを下げるその様は、得も言われず淫靡だった。 政宗のそれは半勃ち状態で下着の中から現れた。 ぐい、と元親は政宗の上着をセーターごと頭から剥ぎ取った。 胸元の尖りを口に含むのと、青年の無駄な肉一つない腹を両手で強く撫で上げたのが同時、首に抱きつかれ、蜘蛛の糸のような髪の中に長い指が掻き入れられる。 「いやらしい体だぜ…」 語った息が濡れた胸に当たる。そのひんやりした感覚に政宗は背を震わせた。元親の両手は背や腹を行ったり来たりするばかりで中心には触れて来ない。 音を立てて乳首を掻き混ぜる、その感覚だけに政宗の雄心は徐々に勢いづき始めた。 「―――…っ」 乱れた息がく、と詰められる。 政宗はバンの天井を舐めるように首を仰け反らせた。そうして自ら揺れる腰を元親の腹に押し付ける。 それに、元親は喉の奥でくくく、と笑った。 「…言えよ、どうして欲しい」 黙れこの九官鳥野郎、とは思ったが奔り出した体が理性を越えた所で強く求めていた。 「して…欲しい―――」 その台詞に、ぞくぞくと甘い痺れが背筋を襲う。 「……良く分かんねえなぁ…はっきり聞かせてくれよ、政宗。お前は俺に何を求める?」 それでも、元親は両手で青年の腰を掴んで押し付けられていたものをぐいと引き離した。 政宗が舌打ちでそれに応える。 「お前になんか求めちゃいねえ…っ」 つくづく難儀な気性だ、こんな所で本音を暴露しなくたって良いのに。 そう思いながら、元親の手が政宗のそれを包んだ。その温かい手がゆるゆると動いて、政宗は息を呑む。 ああ、違う。 確かに違う、違い過ぎる。 左手での施しに慣れた体は、切ないくらいにその違和感を訴えて来る。気持ちは拒否したいのに、体は新たな刺激を求めて先走る。 先端から溢れた粘液を利用して、滑りを良くした右手が大きく上下に扱き上げられる。砕けそうになる腰を左手で支えられ、自分より一つ年上の青年の肩に額を押し付けた。 「……は、あっ…」 荒い吐息に艶声が混じり始める。 勢いを強くして、うねる体を抱き寄せた。 その唇にどさくさに紛れて口付けようとしたら顔を背けられた。腹立ち紛れにこちらに見せていた右目の眼帯を剥ぎ取ってやった。その顎を捕らえて、腫瘍痕に舌を捩じ込む。 政宗の反応は顕著だった。 両手を突っ張らせて元親の行為を拒絶する。 「…や、めろっ、バカ……!」 色に塗れた力ない声で罵声を放つ。 「知らねえよ、キスはしてねえだろ」吐き捨て、しつこく右目の傷跡を舐った。 元親と違って、己の目の傷跡を"聖域"と考えている節のある政宗にとっては、堪え難い事だったのだろう。全てはあの男と築き上げて来た過去の賜物だ。 激しく抵抗する身体を抑え付けて、揺れる腰に合わせて政宗の雄心を扱き上げた。そうすると政宗の乱れようは前回の比ではなかった。 「やだっ…あ、ぁ…っ、う、あっ!!」 艶めいた拒絶の言葉はしかし、元親の欲を煽るだけだ。 「も、…ちか…っ、や…っ」 更に勢いを増した元親の手が、フィニッシュを促す。 元親は強張るその身体を己の胸に抱き寄せ、ただ欲を追った。 ぐん、と仰け反った身体が車内にぶつからぬよう、傷を押して左腕一本で支える。 政宗は大きく口を開け放って途切れなく忙しない息を繰り返した。手足が突っ張り、裏返った声が泣いているような嘆息を放つ。 「…んっ、あ、はあ、あぁ…ぁ……っ」 政宗のそれが、彼の手の中に精を吐き出した。政宗は元親の首に縋りながらその膝の上にぺたんと腰を下ろした。そこへ、股間を潜って来た手が後孔を弄る。 「…っ、挿れんな、って…!」 忘れてるのか知らないが、ここは車の中だ。今以上の所に進むようなシチュエーションではない、と政宗は言いたかった。挿れられるのは自分なのだ。 「ダメ、止めらんね…。俺のはどうしてくれんだよ」 「バカ、ヤロウ…ッ」 右手の中指が、吐き出された精を撫で付けた蕾の中にツプリと挿し入れられた。政宗は腰を浮かしてそれから逃れようとしたが、怪我をしている筈の左腕が思う様押さえ付けて動きをぴったりと封じる。 「何度でも達かしてやるから…な?」 「な、じゃ…ね…っ」 「お前ン中に挿れてえ…すげえ挿れてえんだ…だから、なあ、いいだろ?」 「―――この、バカ…!」 感に耐えぬように繰り返される言葉に、政宗はほんの僅か甘さを含んだ声で相手を罵ってしまう。 こんな風に情けない声で訴えかけられる事に自分は弱いのだ、と何処かで分かってしまった。 ―――もし。 あの男がこんな風に自分を求めて来たら。 もし、こんな風に政宗の媚態を揶揄ったり卑猥な言葉を次々吐き出したりしたら、もし弱音を吐いて自分に縋り付いて来たとしたら―――。 有り得ない。 そう打ち消す声が政宗の心を締め上げる。 [*前へ][次へ#] [戻る] |