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―記念文倉庫―

戦の後処理は速攻で行われた。

成実が平定した城下城中の不穏な輩と、唯川が証言した内容を照らし合わせた所に拠ると、佐内他、複数人に登る老中が政宗を失脚もしくは米沢城を陥落せしめんと図った戦だったと理解できた。
いずれも古参の老中らで、政宗の果断な政の有様に不服を抱いていた者たちだ。
政宗はそれらから領地を没収し、御家断絶とした。代わりにあの時素早く兵を整え参戦した小地頭らを中心とした家臣らを老中に抜擢、伊達に連なる者たちの紀綱を改めた。
それまでの分国法を元に、新たな条項を策定、吟味の上来年より実施する旨の通達を各地に配流した。
政宗ならではの短期間による裁断だった。
その代わり、三日三晩の貫徹になったのは言うまでもない。
梵天丸は眠っている間に、虎哉が元の時代に戻したと言う。
やって来たり、帰って行ったり、とそんなに刻と言うのは単純で物理的なものなのか?とそれを知る誰もが疑問に思った。だが、虎哉はマジシャンのような所行を成した事も何処吹く風で、政宗の改革にあれこれ口を出しに城へちょくちょく顔を出したものだ。



最後の書状に花押を署名し、朱印を捺印した政宗は、うーんと伸びをしながら床に寝転がった。
「…お休みになられるのでしたら褥へ、政宗様」
政宗の傍らに残って最後まで付き合っていた小十郎は、ふと安堵の溜め息を吐きつつそう言った。
「寝るのがもったいねえ…」
呟きながらも、もう眼を閉じて半ば夢心地だ。
政宗が勿体ないと思うのは、戸外を埋め尽くす真っ白な雪の王国の事だ。夜が明けたばかりで誰も、何者の足跡も記されていないそこへ無心にざくざくと足を踏み入れるのが、彼は好きだった。
頭が冴えて来るのだと言う。
「外へ行かれるのでしたら、重ね履きや綿入れを用意いたしましょう」
「あ〜、いいって。小十郎、お前も休め」
「…そうですな」
小十郎は書類を整え、筆や硯などを片付けに掛かった。
木箱の立てるカタン、カタン、と言う乾いた音に外から漏れ入る鳥たちの鳴き声が重なる。そして時折トサリ、と木の枝から自重に絶えきれず落ちる雪の清かな物音―――――。
火桶の中ではくべられた黒墨が赤々と燃えている。
「…政宗様」
「何だ」
閉じた眼を開け声のした方を見やると、小十郎は改まった様子で床に腰を降ろし両手を突いていた。
「この小十郎、政宗様の右目として有り得べからざる過ちを犯しました。どうか、厳しいご裁断を…」
そう言って深々と頭を下げる男を、政宗は詰まらなそうに横目で見てからふい、と顔を反らした。
「もう疲れた、寝る」
「政宗様」
「―――…」
苛立たしげな溜め息が吐き出される。
「もう終わった事だ」良いじゃないか、国は安泰を取り戻したのだから、と思うが小十郎は引き下がりそうにない。
「小十郎の時局を読む眼が間違っておりました。あの時、政宗様の抱いていらっしゃった国内外の危機感を理解する事も出来ず、小賢しい意見を訳有りげに政宗様にお聞かせするなど、この小十郎―――」
「小十郎、お前は俺に裁かれてえのか?」延々続きそうな自己嫌悪の独白に、政宗はそうやって横やりを入れた。
「そうすべきだと存じます」
「なら、裁いてやらねえ」
「………」
「………」
ち、と一つ舌打ちして、政宗は勢い良く身を起こした。
ボリボリと頭を掻きつつ、言葉を探す。確かにこれじゃ全く可愛げのない、所か憎ったらしい領主に他ならないではないか。虎哉の言葉が耳に残る―――たまには素直になられても?
「あのなあ…」言うべき所はここか、と思い定めて口火を切る。
「俺とお前の意見が違った時、俺は俺の意見を通すかお前のを容れるか、ちゃんと判断してる。今回はお前の意見を受け容れられなかった。こういう時、俺はお前を納得させなきゃならねえんだよ。だから、今回の事はお前を説得するだけの材料を持ってなかった俺のmisstakeだ。You see ?」
「……政宗様…」
「唯川が陰で佐内と通じてる証拠を掴んどきゃあ良かったんだがな、そこまで思い至らなかったし、急な事だったしよ」
―――すまねえ…。
と最後にポツリと呟かれた。
その言葉を聞いて、小十郎は己が掌で口元を覆った。
「…何だよ…俺が謝んのがそんなに珍しいかよ…」
「いえ…少々、驚きまして」と言いかけた言葉が途切れた。
政宗が手を伸ばして来て、小十郎の顎に触れたからだ。そこに伸びた無精髭の感触を指先で確かめる。
「お前が身なりに気が回らねえぐらい、コキ使っちまったみてえだな」
顎に添えられた親指が、ざりりと男の苦労の跡をなぞる。その向こうから政宗の顔が近付いて来た。
―――政宗様、と声に出したつもりだったが、それは音にならなかった。
ち、
と唇と唇が鳴る。
ち、ち、
続け様に唇を啄まれ、頭の中が真っ白になる。
雀たちが喧しく鳴き交わしている。
「抱け」と政宗は言った。
「俺を抱け」
言われるまでもなく、小十郎の両手が青年の背に回っていた。
同時に政宗の長い両腕も男の頭を掻き抱く。
合わせた唇が、小鳥たちが逃げ出すぐらい湿めやかな音を立てる。
心地良さそうに、熱くて甘い息が吐き出される。
体の芯が、しびれる程に。

その先へ進もうとした手が止まった。孫廂の方からどやどやと足音が聞こえたからだ。
間もなく、バン!と音を立てて板戸が引き開けられる。
「ゴメンよ筆頭!一眠りしたら元気になった、手伝う!!」
血色の良い満面に笑顔を刻んで、成実がそこに立っていた。
その表情がたちまち疑問一杯のものに取って変わられる。
政宗は何故か文机に突っ伏しているし、そこから少し離れた所で小十郎が姿勢を正して座したまま、不機嫌そのものの横顔を見せていた。
「あれ…?もしかして、もう…終わった、とか?」
「シ〜〜〜ゲ〜〜〜…」
低く唸りつつ、政宗がゆっくりと顔を上げる。
「え?え?…ええっ?!」
史上最強の凶悪面を振り向けられて、成実は又しても固まった。

その日、何度目かに城中に響き渡る悲鳴を、家中の者全てが聞いたとか、聞かなかったとか―――――。

             了


おまけへ続く→

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