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―記念文倉庫―
4(※上臈●)
微かに上がった息と、衣を通して感じられる少し高めの体温、衣装に焚き染められた香の薫りと、突如むっとして少年を覆う女の匂い。
それらが政宗を混乱に陥れる。
母に抱かれた記憶はない。実際生まれて直ぐ彼は乳母に育てられたのだし、一つ下の弟が生まれると母の関心は全てそちらに移った。それだけでなく、母は彼を否定し毒殺しようとする事もしばしばだった。
恨んでなどいない、そう言うのは簡単だ。
だがリアルに、女の体が押し付けられ女の匂いに包まれると、訳が分からなくなる。かつて憧れ焦がれた母の感触と言うものはこういうものかと思い出してしまう。そしてそれは俄かに政宗の中に堪え難い感情の津波を起こす。

恨みなどではない、
怒りですら。

ただ、謝りたい。この身を投げ打って、平身低頭で額を地面に擦り付け、謝りたい。
―――生まれて来てはいけなかったのだ。
過去、おそらく記憶のある限りの当初から、自分自身の体に刃で刻み付けるようにその言葉を繰り返して来た。
―――自分はいらない子供なのだ。
女の手で優しく抱き締められ、その唇が柔らかな愛撫を重ねる度に、
繰り返し繰り返し、
何度も、
何度も。
―――ごめんなさい。
己の中の己を殺め。
―――生まれて来て、ごめんなさい。
彼の内に未だ息づく、母を慕い慕われたかった幼な子を、殺める。

「………」
何時の間にか床に少年を押し倒していた女が、熱い口付けを止めて自分の下のその姿をひっそり眺めた。
艶やかな前髪が流れ、隠されていた黒い眼帯が露わになる。そのもう片方の目が堅く閉じられ、透明な雫を長い睫毛に絡ませて。
未だ男の特徴を顕著にしていない柔らかな顎や喉元のラインは、女から見ても頼りな気で愛しさが募った。
彼を悲しませるものを忘れさせてやりたい、と切に願った。
未だ、素直に涙を流せる少年の心の清さに最初の男としての一滴を投じたい、とも思った。
そしてそれは同時に、その役目を自分が担う事への誇りへと転じた。
彼の賢さは先程までの会話で女にも十二分に知れた。冷めた態度と思い遣りの言葉とに、人の情の機微を掬い取る事の出来る懐の深さがあった。初めての場に望んでも泰然自若とした態度を崩さない勇気があり、女の言う無理無体を呑んで掛かる機智にも富んでいた。
他に何が足りないと言うのか。
自分を可愛がる事だ。
他ならぬ己自身を愛する事、―――己の欲求を満たそうとする意志。
「ああ、何と言う…」と女は感極まったように呟いた。
この年頃の子供が最もその事に貪欲である筈なのに、少年にはそれが最も欠けているのだ。
薄っすら片目を開いた政宗の上へ覆い被さりながら、より深くより激しく唇を重ね合わせた。絡み合う舌と舌とがいやらしい音を立てる程。
そうしながら左手で掻き開けた着物の合わせに右手を忍び込ませ、左手は早々に少年の下半身を弄る。
されるがままだった政宗が、体を跳ね上げ強張らせた。
女の冷たい指先が袴を割って直に政宗のものを掴んでいた。力なく、小さなそれをやわやわと揉みしだく。首筋へと舌を這わせ、着物の内に忍び込んだ右手が少年の肩から襟元を剥いだ。
「……んっ…!」
先端を何度も親指で摩っているとじわり、とぬるついたものが滲んで来た。女は頭をずらして空気に晒された少年の胸に口付けた。肉の一つも付いていないそこで小さく主張するピンク色の尖りを探り当て、舌を尖らせてちろちろと舐った。
「…ぁ……っ」
絶え切れず漏れる声が少女のように愛らしい。
それとは全く別の生き物のように掌の中のそれは勢いづき、徐々に猛々しさを増して来る。
「…良いか?」と女が尋ねて来た。
「自分を抑えるでない、流れに乗るのだ」
「…ふ、…辛い……」
「だが感じている」
は、と息が抜けた。
笑ったのだ、女が言った事が真実だったからだ。
「好いた女子はおるのか?」
「そ、んなもの、いない―――」
先端から溢れた先走りが手の滑りを良くした。
急を告げる荒いだ息と、虚ろに見開かれた片目が戸惑いに揺れる。
「少し、待…」
「良いから、乗って参れ―――」
「んぅ…っ」
少年の手足が突っ張った。
「そなたを好いとる女子は多そうだ…」女は余裕ある態度で言葉を続けた。
「一人に絞れとは言わぬ。だが、どれも丁寧に愛してやれ」
「余計な…ぁ…、」
「ちゃんと愛せば女は己一人のものではなくとも、許す」
「―――…」
「どうした?」
頬や目の縁に朱の華を咲かせた少年が、目を反らしながら唇を噛んでいた。体が勝手に揺れ、それを冷静に上から眺め降ろされてバツの悪い事この上ない、と言った風だ。その左目がちらと女を顧みる。
その色っぽさに女は息を呑む。
「お前は…たった一人しか愛せない」
女の細められた両眼に影が落ちる。
「昔も…今も…、そしてこれからも、ずっと」
優し気な笑みを浮かべて、女は再び手を動かした。
少年は顎を反らせ、その真っ白な喉を女の目の前に晒す。それへ、女はすっかり紅の剥げた唇を吸い付けた。
「ん、ふ…ぅ…」細い声が少年の喉から微かに漏れる。
「この体を投げ与うるに、あのような想いはいらぬ。…いや、あのような想いを通わせる事が出来るのは、たった一人で良い…」
政宗は女の情熱に当てられたかのように、長い長い溜め息を吐いた。
「…たった一人―――」
「そう、たった一人」女も又、熱い溜め息を吐く。
政宗の体も熱く、その雄心も蕩け切っている。女は射干玉の黒髪を散らして帯を解くと、内着の前を開いて少年の腰の上に跨がった。それから少年の袴帯も解いてやる。その布を押し上げて立ち上がっている熱いものを、もう二度三度緩く扱いた。
女の裸体を眺めていた政宗の目が細められる。蛭のように滑らかな腹の上で、二つのたわわな膨らみが揺れていた。それが無様に捩れる様を想像して、余りの卑猥さに目を反らす。
「魂を燃やして愛する者は、一生に一人で良い」
浮き上がった腰が徐々に下がる。
女の中へ包まれて行くその感触に、腰が震えた。
熱湯のように熱く、それでいて蕩ける程に柔らかく、幾重にも折り重なる襞の一つ一つが己自身に吸い付いて来る。
女の体は正に奇跡だ、まるきりぴったりと男に合わせて形を変える。慈悲と寛容と許し、全ての具現であるかのように。
「そなたにも、出会えるであろうか?」
微かに震える声で、女は最後にそう言った。
政宗のものをすっかり呑み込むと、彼女は少年の腰の上で身をくねらせて踊った。その度に政宗の腰から全身を突き抜けて快楽が火花を散らす。
目の前で激しく揺れる双の乳房が何故か憎らしくて愛おしくて、政宗は思わずそれを鷲掴んでいた。女は不意に笑い、少年の手に己がそれを重ねて更に激しくこねくり上げた。

まるで瘧にでも罹ったかのような発作的な交わりだった。
熱と、あらゆる体液が混じり合い、その上うわずった感情は光りをも追い越しそうなくらい疾走していた。
加減を知らない子供のように。


若鶴の庵そばの小さな沢を前に、政宗と成実は座り込んでいた。
伸びた陽はまだ暮れぬが、それでも傾いた斜陽に忍び寄る冷気は平地の比ではない。山肌を下って来る風は湿り気を帯びて、草木を揺らす。時折気紛れに草ずれの音を起こす。それとは別に、浅い沢の瀬の流れは絶え間なく2人の沈黙を埋めて行った。
「どうだった」と不意に成実が呟いた。
「…っつっても、言える訳ねえよなあ」
自らの膝に顔を伏せながら、従兄弟は情けなく吐き出す。
その隣で身じろぎ一つしなかった政宗が「良かった」と返して来たので、真ん丸に見開いたドングリ眼を呆然と振り向ける。
「体は、―――心はない」
遊びで体を繋げると言う事はそう言うものだ。
「俺は、まあ」張り上げた声は、負けじと虚勢を張ったようなもので、すぐにトーンを落とす。
「たまにならいいけど、やっぱ好きな娘とそうなるのが、…いいなあ」
「シゲにはそんな娘がいるのか?」
「ばっ!そんなの、いるに決まってるだろ!!」
勢い良く噛み付いた先で、ひんやりとした隻眼に見つめられた。
「…いないんだな」
「ごめんなさい……」
すっかりしょげた従兄弟が、伏せた面の下から泣きそうな声で返して来た。
「政宗はどうなんだよ、好きな娘とか気になってたりする娘とか」
「俺は―――」
男女の閨事は知った、だが。
「俺は、困っている」
「は?」
「お前を実験台にする訳にもいかないしな」
「はい?????」
何の話だと体を硬直させた従兄弟を他所に、政宗は目を伏せて何やら考え込んでいたが、やがて寒さに耐え切れず身を震わせた。
「取り敢えず、若鶴の所に戻るぞ…腹も減った」
「…そだね」
2人は前後して立ち上がった。

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