[携帯モード] [URL送信]

―記念文倉庫―

ふと政宗が気付くとちゃんとベッドの横たえられ、服も寝間着に着替えさせられていた。
ただ、あるべき男の姿がない。もう一つのベッドに乱れもない。
痛む頭に手をやり何処へ?と思った所で自分の携帯が何処にもない事に気付く。新しく用意されていた明日の着替えの上にも、充電器の傍らにも、慌てて探した自分の荷物の中にも。
―――まさか…あのバカヤロウ…!

夜の梅林に可憐な花々が慎ましやかに咲いていた。
そこへ行き着いたのは、ジャズバーで巻き起こった騒動から、何やら追いかけっこを展開する良い年をした男2人の目撃情報を拾い集めて来た結果だ。
騒ぎになってもおかしくはなかったが、家康の言う通り大阪城の周囲を彼の手下たちがきっちり固めて人の出入りを禁止していた。
深夜と言うのもあって人通りが少ないのも助かった。あるいは、警察を暫く黙らせておく事ぐらい大阪では家康ならやって退けそうだ。
「おっ惜しい、擦った!もう一息だ、そこだっ!そら、…ああ―――」
背後では、ガゴン、ドゴンと凡そ人間業とは思われぬ破壊音と被さって、スポーツ観戦でもするような家康の声援が飛んでいた。
やり合う当事者2人には当然そんなものは耳に届いていない。ただ口汚く罵り、必殺の意を込めて打撃を振るう。
やっぱり、自分が出て行って止めるべきか?
いやいや、そんな小っ恥ずかしい事出来るかボケ―――。
逡巡し、項垂れた政宗の肩に不意に誰かの手が置かれた。振り向いた先にいたのは当然、家康だ。
「儂な、実はあの夜、三成に殺されに行ったのだ」
「―――はあ?」
傍らにしゃがみ込んで、悪企みでも相談するように打ち明けて来た家康を、政宗は呆然と見つめた。
「こう、奴の両手にナイフを握らせてな」
言いつつ、両手を組んで自分の胸元に宛てがうような仕草をする。
「震えておったわ、奴の手が」
「―――…」
「その時、分かってしまったんだ儂は」
その目が、蹴り合い、どつき合う2人の男を遠く眺めた。
「三成は憎しみの対象がなければ簡単に折れてしまう、そう言う奴だ、とな―――」
「……バカか、手前……」
「バカか…そうだろうな」
政宗の痛罵に家康は片頬だけで笑った。
「しかし、そう言う形でしか交わせない情と言うものがあるのも知った。ならば、それは全てこの身を持って受け止めてやろうと思った。そして、最期に奴を屠る」
「…その為に5万の命を巻き込むか、家康」
「引けぬ所まで来てしまった」
悪びれもせず真っ直ぐな瞳に見つめ返され、政宗は渋々と視線を反らした。その耳に追い討ちをかけるように家康の声が届く。
「お前にはもう既に分かっていたんじゃないのか、政宗?」
「―――…」
「あの片倉な、店に飛び込んで来た時に何と口走ったと思う」
厭な予感がした。
聞きたくはないと思ったが、知りたいと言う衝動も抑え難かった。
「―――何だ…」
「"俺の政宗に何しやがった"、だと…」
クスクス笑う家康は気に食わなかったが、項垂れた顔をどうにも上げられなくなった。
「儂の記憶ではそんな事を大声で怒鳴るような男ではなかったのでな、一瞬度肝を抜かれたが成る程、大切に想われているじゃないか」
「…うるせえよ…」
「すれ違いも、届かぬものも、陽炎も、全て呑み込めるだろう、お前なら」
「―――It's a terrible giggle….(飛んだお笑い種だ)」
政宗の言葉に家康はちょっと困ったように笑った。英語は得意ではないのだろう、それに気付いた政宗は草っ原の上に座り直しながら彼を顧みた。
「負うた子に教えられ、の気分だな」
言い直された言葉に家康は会心の笑みを見せた。
「儂はまだまだお前の助けが要るがな」
ふん、と一つ鼻で笑い飛ばしてやってから、ごろんと地面に横たわった。
天井に差し掛かる細い枝々に、小さな白やピンクの花弁が垣間見えた。
「良い夜だ」
「…止めなくて良いのか?」
「気が済むまでバカやってりゃ良い」
「原因はお前だろうに」
「知るか」

さすがに喧嘩慣れした2人が終によろよろとへばったのは、長い夜が明け染めた頃だった。
待っている方は朝方の冷え込みに震え、家康の手の者に毛布やら温かい飲み物やらを差し入れてもらいながら(そして途中で仮眠も摂りつつ)、真横から差す陽の光の中に立ち上がった。
政宗は、自分で破壊した梅の木の根元に足を投げ出して座り込む小十郎の傍らに膝を突いた。
「おい小十郎、帰るぞ」
そう言ってペチペチ頬を叩いてやる。
凄まじく青黒く瞼の上を切って腫らした男が、薄っすら目を開けて政宗を捕らえた。それがいたたまれぬように外され、切れた唇が覚束な気にポツリと呟く。
「申し訳、ありま…」
「お前がキレたの、久々に見た。なかなかの見物だったぞ」
言葉尻を掬って、クスクス笑いと共に吐かれた台詞に男の目が泳ぐ。
「嬉しかった」
不意、と吹き過ぎる風のように告げられた言葉に男は呆然と目の前の主を見つめた。
見つめられた方は、視線が合う前に俯いて地面を眺め下ろしている。
「もっともっと、お前の腹ン中に抱え込んだもん、引っ張り出してやるからな」
「……勘弁、して下さい…」
情けない物言いに、政宗の口の端が何かを耐えるようにく、と引き締められた。
「立てるか?」
そっと促されて小十郎は苦心しつつも立ち上がる。それでもやはりぐらつく身体を、脇に肩を入れて支えてやった。
「ったく〜非道ぇとばっちりだぜ〜、俺が何したってんだ…」
見やった先で地面に大の字になって伸びていた元親がぶつくさぼやいていた。肘から先を動かしてやり場のない憤りを地面にぶつけるが、砕けた手指が痛んだだけのようだ。
それを視界に納めた小十郎が一瞬険を鋭くしたが、直ぐに顔を反らす。
「何もしていない訳ではあるまい」と言って、彼を引き起こしたのは家康だ。
「まあでも、お前も良く戦ったよ。儂で良ければ褒めてやる」
「嬉しくも何ともねえ…」
「そうか」
言葉の割りに、笑みを浮かべた家康は元親の身体を背負い上げた。元親は自分で起きて立つ気は全くないらしい。家康にされるがまま、いかに自分がツイテないかをぼそぼそと呟き続ける。
それに耳を傾けていた家康が振り向いて、政宗と小十郎を朝日の中に眩しそうに見やった。
「ホテルまで送ろう、乗って行け」
そう言って元親を背負い直すと、梅園を玉造口から大阪城を出て行く。
政宗と小十郎は束の間、顔を見合わせてその後を追った。


20110129 Special thanks!

[*前へ]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!