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―記念文倉庫―

その追撃は、山道を駆け下りるスピードを利用しての逆落としに近いものがあった。

阿武隈川流域に広がった福島盆地に差し掛かった敵を、その隊列の後方から息も吐かせぬ早さで騎馬隊が掻き乱してゆく。
本来なら足軽・軽装備兵・重装備兵・騎馬兵と、その種類ごとに指物なり鎧兜なりを統一させるぐらいの事はするのだが、唯川の陣はてんでバラバラだった。
きちんと編成されていない軍はそれだけで散を乱し、隊伍を組み直す事も、陣形を作る事も出来なかった。ましてや、にわか農民兵は我先にと隊列から逃げ出す始末で、その後近隣の林や農家に姿をくらましてしまった程だ。
それでも、本陣に近い前方では多少の抵抗に合った。
当然のように、戦術などありもしない。戦場になった河原を政宗が巨大な稲妻を発しつつ駆け抜ける度、ただただ何十人と言う人間が宙に舞い、吹っ飛んだ。そんな様を見ては、戦意の最後の一欠片とて残りはしないだろう。

唯川は捕らえられた。

後から来た歩兵は、散り散りに逃げ去った者たちを狩り出すのが仕事になった。確かに負けるような戦ではない。
米沢の成実から早馬があったのはつい今しがたの事だ。人手が足りないので出来る限りよこしてくれとの事だったので、原田・後藤の率いる400騎が取り急ぎ米沢に取って返した。
唯川を殺さず捕らえるように命じたのは小十郎だった。
この挙兵は余りに無謀、むしろ何か裏があると踏んだ方がまともだ。ここから離れた米沢ににわかに起こった不穏な動きと連動している、としか考えられなかった。
一先ずの終結を見た戦場で、唯川は政宗たちの面前に引っ立てられて来た。両脇から槍を構えた兵に穂先を突きつけられた唯川は、精も根も尽き果てた有様で項垂れた。
「唯川茂信、面を上げろ」と小十郎は言った。
仮の陣幕が張られ、他の眼からこの様子を覆い隠した本陣には、政宗と小十郎、そして良直だけの姿があった。
何時の間にか止んだ雪が、陽の光に溶け出して地面をグチャグチャにしている。唯川はそこに跪いて顔をのろのろと上げた。
「今度の重ね重ねの所行、わかっているだろうな」
「は―――」声のない、溜め息のようなもので唯川は応えた。
もう、死を覚悟した者の容貌だ。いや、人間らしさの欠片もないそれは半ば以上既に死んでいる、と言った方が正しいかもしれない。
「死にてえか、唯川?」
尋問を始めようとした所へ、政宗の声が斬り込むように響いた。唯川の落窪んだ眼が、揺れながら自らの領主を捕らえる。
「死んだら、楽になれるか?」
「―――…」
「お前の寄親・姫島の処遇はもう決めてある。領地を全て召し上げ足軽身分に逆戻りだ。お前は、何が良い?」
「………」唯川は、顔を上げている体力もないかのように項垂れるしかない。
返事も出来ない。
「身包み剥いで、ここに置いてけぼりってのはどうだ?」
嘲りの笑みも色濃い、その台詞。
「………せ」
「Ha? 聞こえねえな」
「殺せ!早う私を殺せ!!」弾けたように喚き出した唯川を、槍を構えた兵卒が力任せに抑えに掛かった。
そこへ、耳をつんざく大音声が雷鳴のようにその場に落ちた。

「死にたがってる奴に死をくれてやる程、俺は甘かねえ!!!」

ざあ、と冷たい風が渡り陣幕がはたはたとはためいた。
「生き恥を晒せ。命ある限り、死ぬ事はこの俺が許さねえ…」
それが唯川に対する、領主たる政宗の仕置きだった。
魂の抜けた人間のようになった唯川は、小十郎と良直の尋問にほぼ全ての事を吐露した。そこからの内容は聞くまでもない、と判断した政宗は陣屋を出て馬の方へ行こうとした。
するとそこには、梵天丸を抱え上げた虎哉の姿。
「酷な事をなされますな、生き恥を晒せとは」
「Ha, それだけの事をしたんだ、当然だろ」
その左目が幼な子を映した。―――すっかり正体をなくして眠りこけている。
「……俺には記憶がないんだがな…」
「四つの時分の出来事です。それにこの後まもなく梵天丸様は病に倒れ右目を失われてしまいます。続く動乱の出来事が、記憶を薄れさせたのでございましょう」
狸爺、とはたまに心中で呼び掛ける虎哉の呼称だが、この時も政宗は軽い舌打ちとともに密かに罵った。
一体、どういう仕掛けなのかさっぱり分からぬ。この梵天丸が長じてやがて政宗になり再び梵天丸と出会う事になるのなら、俺と言う人間は何人いる事になるんだ。そんな風に頭痛が起きそうな事に思いを馳せる。
それを断ち切って、篭手に覆われた手で子供の頬に触れた。
「お可愛らしゅうございます。あの片倉殿が骨抜きになられるのも理解できようかと」
愛しげに子供の顔を覗き込む坊主を、政宗はギロリと睨めつけた。しれっとした表情で僧侶はそんな政宗を見返し、微笑む。
「政宗様とてお可愛らしゅうございますよ。殊に、梵天丸様に妬いてらっしゃるお姿などは―――」
「!!!!!」
ぶん殴ってやろうかと思った。
いや、他の者がこんな事を言ったら確実に八つ裂きにしていただろう。だが相手は政宗の昔からの教育係、叶う筈もなかった。
「たまには、この頃のように素直になられるのも又、宜しかろうと存じますよ」
「ひねくれ者になれっつったのはてめえだろうが…」
「おや、そうでしたね」
ふふふ、と笑う虎哉を後にして政宗はその場を立ち去った。
「……Goooooddem…!」
今この場に成実がいたら、確実に再びの被害者になっていただろう。

怒りを紛らわせるためそこら辺りをぶらぶらする領主を、待機中の歩兵たちはこそこそと避けて回った。

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