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―記念文倉庫―
5(※軽いチカ×ダテ)
店を出た所でフラついた政宗の二の腕を掴んだ。
「上着忘れてっぞ」言って、彼のダウンコートを政宗の鼻先に押し付ける。
「………」
「ホテルは何処だ?」
ロングコートに袖を通しながら車道を見渡した元親が尋ねる。
「一人で帰れる」
子供のような言い草には耳を貸さず、梅田駅前の大通りを走るタクシーに向かって元親は手を上げた。週末でもないので客を探して流しているタクシーは少なく、何度か無視された後にようやく一台が歩道へと車を寄せてくれた。
「おら来いよ、ホテルの名前は?」
渋々と語られたホテル名を運転手に伝えながら、元親は後部座席へと政宗を無理矢理押し込んだ。
タクシーはスムースに走り出し、車内は静寂に包まれる。
その静けさと揺れが政宗にどうしようもない眠気を覚えさせた。意識が勝手に遠のいて行くのを、体を揺らして何とか追い払おうとする。その怠さ。
「もう着くぞ」
そう言う元親の声が聞こえて、はっと我に返る。
店から歩いても10分とかからない所にある大阪駅の向こう、直ぐ側にあるホテルだ。意識が飛んだのは一瞬だろう。だが政宗は焦った。
コイツの前で無防備に寝顔を晒すなんざ、さらさら御免だった。
ホテルの車寄せの前でタクシーは止まり、元親が金を払う。それから奥の政宗の腕を引っ張って車を出た。
ダウンコートを羽織らずに腕に抱えたままの政宗が、寒さに歯を鳴らした。仙台程ではないが2月の深夜はやはり冷える。その場に突っ立って足踏みを始めた政宗を、面倒臭そうに元親が引っ張る。
「もういい、お前帰れ」
その手を振り解いて政宗は言った。
「ああ?」と不機嫌丸出しの元親が振り向く。
肩を竦ませ震える政宗の強張った表情を見やって、ははあと納得した。前回会った時に米沢の温泉旅館で、2人は遊び半分に体を繋げた事がある。それを政宗は警戒しているのだ。
―――何処の処女だよ。
と呆れたが人間恋をすれば男も女も関係ないか、と思い直した。
こんなにちゃんと政宗に愛されて、片倉と言う奴は男冥利に尽きるとしか言いようがない。喧嘩をしたからって容易く壊れる関係でもないだろう。そこまで考えて悪戯心が湧いた。
ふらつく政宗を力尽くでフロントまで引っ張って行って、部屋番号を言わせた。ホテルマンが差し出した鍵を傍らから引ったくって、ずんずんとエレベーターホールへと歩く。犯罪者の護送宜しく、引っ立てられるままの政宗も今では大人しいものだ。観念したのか、それとも土壇場で痛烈なカウンターアタックを噛ましてやれば良い、と考えているのか。
まあ、元親にはどうでも良い事だった。

小奇麗なビジネスホテルの部屋は既に暖房が効いていて温かかった。
元親は脱いだコートを窓際のテーブルセットの椅子に放り投げた。政宗はダウンコートをベッドの上に置くと、ドレッサーの傍らにあったポットから湯飲みに湯を注いでそれを啜る。
シングルの部屋に男2人がいるのは、非道く狭く感じられた。
だからと言う訳でもないが、元親は一つの椅子に腰掛けて窓の外を眺めやった。深夜を回った大阪の町は行儀良く寝静まって、道を走る車の騒音も控え目だ。
室内を振り向くと、政宗は所在無さげに突っ立ったまま。
椅子から立って歩み寄ればその分遠ざかろうとしたので、素早くその腕を掴んだ。
間近にいて目を合わせようとしない政宗の左手から湯飲みを受け取って、ドレッサーの上に置く。
「片倉さんに義理立てしてるお前の事、嫌いじゃねえ」
そう静かに、声を殺して言ってやった。
「だから欲しくなった…、って言ったら俺を罵るか?」
「バカじゃねえの、理屈になってねえ」
「理屈も吹っ飛んじまうよ、お前を見てると」
腕を引かれ、もう片方の手が背中に回った。体と体が密着して政宗は憤然と顔を上げる。反射的に相手の体を突き飛ばそうと縮めた両手が固まった、自分を眺め降ろす悪友の眼差しに―――。
向き合うと自分と同じ方だけの彼の片目が眩しげに細められ、その口元にあるかなしかの淡い笑みが浮かぶ。
―――こいつはこんな表情をするような男だったか?
「先刻のお前の台詞な」と言いつつ腕を掴んでいた手が、政宗の右目に掛かる前髪をそっと掻き退けた。
「正直、効いた」
それを避けるように政宗はさっと顔を反らした。にも関わらず男の指の関節で、す、と頬を撫でられて背筋が泡立つのを止められなかった。
「実は俺、軍にいながら海賊共を見逃したり助けたりした事があってよ…。だって見てらんねえだろ。こっちはピカピカの大陸間弾道弾ミサイルやら核爆弾しょってる大型戦艦が混じってる。片やあっちはオンボロの中型船にロケットランチャーやら魚雷やらを忍ばせてタンカーの土手っ腹に穴開けてる元漁民。本気でやり合ったら勝ち目がないのは目に見えてる。…なのに奴ら、眼だけギラつかせて怖じ気づいたりしねえんだ。無政府状態の国が奴らの箍を外しちまいやがった―――。んでさ、奴ら言うんだ」
頬を片手で包まれ、首筋に男の鼻先が埋められた。
「お前の手なんぞ借りたくない、だと」
「………」
「政宗、お前だったらどうするよ?」
「………」
「それでも奴らの中に紛れて、欧州連合に楯突いてみるか?」
絞り出すように男は言い、大きく息を吸った。
「それとも素通りか?」
「知らねえよ」一度そう応えてから政宗は言葉を選び直した。
「考えた事もない。俺は自分の回りだけで手一杯だ」
「そう言いながら家康の面倒見に、大阪くんだりまで出て来るのな」
元親の細い鼻先が首筋を弄って、政宗は肩を竦めた。
「しょうがねえだろ…」
「あんたの慈悲深さには恐れ入る」
「………」
顔が少し離れて、鼻と鼻とが触れ合うぐらいの距離で瞳を覗き込まれた。
既視感、と言うか眩暈と言うか、不思議な感覚に捕われる。
この片目に映る男の顔も半分が大きな眼帯に覆われていて、真正面からたった一つのそれに見つめられるのは、一体。
「…慈悲…?訳分かんねえ事……」
言い掛けた所へ、少し体を押されるとベッドに座り込んでいた。
元親は体をこちらに向けて片足で胡座を掻いている形だ。その膝の上に引き寄せられて体勢が崩れる。
ふざけた野郎に自由な方の手で一発食らわせてやりたいとは思った。が、何時になく大人しい、いや、むしろ気弱な様子にそれも躊躇われる。
何を情に絆されてやがんだ、自分を苦々しく思いながら元親の語る言葉に耳を傾けてしまう。
「良い匂いがする…」
耳の上辺りで男の声がそんな事を嘯く。
「お前は自分に執着したりしないんだろうな」
―――それはお前の方だろ。
言いかけるより早く元親が言葉を継いだ。
「俺は手の届かねえもんばっか追い駆けちまう。可笑しいよな、分かってるけど気がついたらそうなってる。例えば…お前とか…」
「―――…」
「力抜けよ…」と囁きながら抱き寄せる彼の手が、政宗の腕を摩る。
「そんなに目一杯拒絶されっと、さすがに傷つく」
政宗の髪に頬を寄せて言った元親の声が、微かに震えていた。
「力抜け―――」
強張って、胸の前に構えられていた両腕が徐々に下がる。
ああもう馬鹿なのは俺の方だ。こんな奴の言いなりになって又しても拒絶出来ないなんてどうかしてる、夢なら早く冷めてくれ。
呪文のようにそんな台詞が頭の中を駆け巡る。
完全に上半身を預ける形になって、政宗は忌々しげに溜め息を吐いた。
「…いいか?」
声のない囁きで問い掛けられた。
「…言っとくが…」
「お前が抱きたい」
「―――…」
そんな直裁的な台詞を噛んで含めるように言われたら、黙り込むしかない。
それを了承の意と受け取って、元親は片手に抱き込むようにして政宗をベッドに押し倒した。片足が足の間に割り入って絡められる。
胸に胸を押し付けつつ掬い上げるように肩が抱かれ、上から覗き込まれる。もう片方の手が前髪を掻き上げ、頭の形を確かめるように髪の中をゆるゆると泳いだ。
残る右目が細められる。
気配を伺う間があって唇に唇を重ねられた。
やり方があの男とは違う。
与えられる愛撫の強さや順序が、違う。
当たり前だが、そんな事を比べてしまう自分の心に針の山でも乗せられたかのような鈍痛が
走った。

それは罪悪感であり、
言いようのない苦しさであり、

切なさ、だった。

詰めていた息を吐きながら元親は唇を解いた。
眼下で、キツく瞼を閉ざしている青年の姿に刹那、苦痛が過った。だが直ぐにそれは自嘲の笑みに取って代わられてしまう。
「……とか言う愛の語らいを片倉さんとしてんのか?」
不意に変わった気配に政宗はバチッと眼を開けた。
「元親…手前ぇ………」
「や、どんなもんかと思ってさ」と言ってにい、と笑うのは何時もの元親だ。
政宗は片足を蹴り上げた。
と同時に、男の胸板に肘鉄を食らわす。
一瞬早く飛び退いた元親は、狭い部屋の中を逃げ回った。
それを政宗は無言で追った。
言葉を失う程、激昂していた。
本気で、殺意が芽生えた。
ドレッサーの傍らのポットをコードごと引ったくった政宗は、ベッドの向こう側に逃げ込んだ元親目掛けてそれを投げつけた。
空中で蓋が外れたのは先刻、政宗が中を覗いたままちゃんと閉めなかったからだ。それが、弧を描きながら元親の顔面へ落ちて行く。
元親はとっさに左腕を翳し、
そこにぶつかったポットが思う様、熱湯をぶちまけた。
「うぎゃあああぁぁぁっ…」
夜のビジネスホテル内に男の絶叫が響き渡った。


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