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―記念文倉庫―

大阪駅で家康と落ち合った。
だぼだぼのカーゴパンツにフライトジャケットをぴっちりと纏い、トレッキングブーツと言う若者らしいラフな格好だ。対して政宗は漆黒のGパンに艶消しのダウンコートとニットセーターと言う出で立ち。その政宗の身長を家康は軽々と追い越していた。
「久しいな、政宗」
「この間会ったばっかだろ」
不服げに言うのへ、家康は軽快に笑った。
「あの時は会ったなんてものじゃなかったろう。お前は相変わらず血の気が多いし」
「悪かったな」
立ち話も何だ、と家康は政宗を促した。
「まあ…俺も早合点し過ぎた」
暫くして政宗はぼそりと呟いた。
「お前が関西で派手にやらかしてるのを少し前から知ってた」
「そうか…」
「辺りの勢力…暴力団も政治団体も、右翼も左翼も、何もかんもあの手この手でぶっ潰してるってな。そりゃ、仙台に手前が潜伏したって聞いた時はケンカ売りに来たって思ったさ」
「まあ、そう思われても仕方ないな。しかしまさか見つかるとは思わなかった」
「伊達の情報網、舐めんな」
「のようだな」
一頻り、くぐこもった笑いを漏らした家康は首をコキコキ言わせながら言った。
「だが、儂にとってお前は特別なんだ」
「…やれやれ、未だガキのつもりか」
2人は大阪駅の広い構内を横切って、地下の飲食店街へと足を踏み入れた。その中の適当な和食屋に入る。
障子を閉めればほぼ個室になる座敷へ上がり、定食を頼む。
「お前に助けられてから10年、…色々な事があった」
薄っすら微笑みながら吐かれた台詞に、政宗は「ああ」とだけ応えた。
姿を消してから数年間、家康の消息を聞かなかった。食事をしながら家康の語った所に拠ると、東南アジアを転々としていたらしい。具体的な国名は挙げられなかったが、現代社会でそのような生き方は正に過酷と言っても良いだろう。舞い戻ってからはそれこそ支離滅裂だった。
某かと手を組んだかと思えば裏切られたり裏切ったり。融合と分裂を繰り返し、あらゆる団体ともみくちゃになって気付いたら一大勢力になっていた、と言う所だ。
「儂は、別に争いたくて闘争した訳ではなかった」里芋の煮っ転がしを箸で突きながら家康は言い放った。
「だがまあ、そう言う星の元に産まれたんだろう」
21歳と言う年に似合わぬ老長けた物言いで家康は話を締めくくる。
「下らねえ思い出話はもういい、事情を説明しろ」
定食を食い終えた政宗は、口と手をナプキンで拭いつつ言った。
それに、ちらと視線をやってから家康は椀に残った最後の飯を掻き込む。口の中のものを冷めた茶で流しやり、深いため息を吐いた。
「政宗、お前は馬鹿みたいに真っ直ぐな人間を知ってるか?」
「Ha?何だそりゃ」
「一つのもののみに執着して、それ以外何も見えなくなる。いや、疑う事も知らずにただただそれだけに縋っているような真っ直ぐな人間だ」
「そいつぁ、お目出度い野郎だな。単純過ぎて欠伸が出るぜ」
「単純か…お前らしい言い草だ」
「そいつがどうした」
政宗の問いに応える前に、家康は通りがかった店員に新しい茶を頼んだ。それから、座布団の上に座り直しながらどう話そうかと頭を掻きつつ考える。
「儂は、お前に会った事で色んな意味で吹っ切れてな。それまでの思い込みや、虚勢からのはったりがどうでも良くなった。…別の言い方をすれば視野が広くなった、と言う所かな」
「の割りに、迷走してるみてえだがな」
「悟りまでは開けんよ、さすがに。儂はあいつが痛ましくて見ていられん。あんなに真っ直ぐに誰かの事を慕えるだろうか。あんなに痛い程人を憎めるだろうか。全力で混じり気の無い感情を延々抱き続けるのは、…なあ、人間と言うものは普通困難なんじゃないか?」
「―――…」
「斬りつけるぐらいに純粋なんだ」
店員が茶を運んで来て、家康は口を噤んだ。食べ終わった食器を代わりに引き揚げて行く。障子が再び閉ざされ、店員は立ち去って行った。
「禍った者は、真っ直ぐにしか進めない」
明後日の方角に顔を反らしながらポツリと呟かれた言葉に、家康は顔を上げた。
「そいつの中身は純粋なんかじゃねえな。どろどろのぐちゃぐちゃで何も見えてねえ。本質から眼を反らして自分の見たいものしか見ねえ。混じり気がないんじゃなくて、混じり過ぎて真っ黒だ。曲がれねえ奴は遠からず石にぶつかって自滅する」
政宗の痛罵に家康は面白い、と言うように微笑んだ。
「相変わらず容赦がないな」
「謎なぞを話す為にわざわざ俺を呼んだのか?とっとと本題に行けよ」
「うむ…、儂が倒した者を限りなく敬愛していた奴がいてな、そいつが人を集めて儂の首を狙っておる」
「ケンカならタイマンでやれ」
「人が膨れ上がってしまった。もはや周囲の動きを儂にも止められん」
家康の全てを投げ切ったような物言いに、政宗は呆れた顔を振り向けた。
「人ってのは何人だ?」
「双方合わせてざっと5万て所か」
「………」
戦争でもおっ始めるつもりか、と政宗は開いた口が塞がらなかった。それを見返す家康は至って真剣だ。むしろ、縋るような気配すらある。
「政宗、お前の考えを聞かせてくれ」
「…そりゃ、お前……」
小十郎の危惧が的中した。
軽々しく物を言える状況ではなかった。思わず、綱元と共に彼が戻って来る日を心中で数えてしまう。まだ間がある。もう少し事情を知るべきだろう。
「お前の慮外で事は動きつつあんだろ?…先ずはそいつを取り戻す為に情報収集でもしたらどうだ」
「儂に付き合ってくれるか?」
「―――加勢するとは言ってねえぞ」
「それは今は良い」
"今は"、後になったらどうだと言うのだ。
そう思いつつも政宗はこう言うしかなかった。
「しょーがねえなあ〜」と。

ならば会ってもらいたい奴がいる、と言って政宗は家康に大阪城付近の高層ビルに連れて行かれた。
高速エレベーターで地上30階までを一気に上がり、大きなガラス張りの窓から差し込む温かい日差しの中、清潔な廊下を歩いた。ネームプレートの無い扉を押し開いて一つの部屋に立ち入った家康。それに続いて戸を潜った政宗は、そこに立つ一人の青年の後ろ姿を見た。
だだっ広いミーティングルームのようだった。
椅子や机一つないせいで却ってより広く見える。突き当たりに、ビルの中央を最上階まで吹き抜ける中庭が臨める窓がある。それが蒼白く黄昏れに輝いて、一人の青年を沈黙のシルエットに切り抜いていた。
飾り気の無いシンプルな革ジャンにレザーパンツで厳しく身を包んだその彼が、ゆっくりと振り向いた。
眼差しが部屋に入って来た2人をざっと見やって細められる。
ナイフの切り傷のように鋭利な瞳だった。その中で激情に燃える赤い点が灯されていて。
不意と反らされる。
美事なバランスを持った横顔も又鋭利だった。
「待たせたな、三成」と家康は気軽に声を掛けた。
「政宗、石田三成だ。三成、こっちは―――」
「伊達政宗」
紹介する前に青年がぼそりと呟いた。
「Ha!何処のどいつの事かと思えば、手前か三成」
「知ってるのか、政宗」
「知ってるも何も」スタスタと歩み寄りながら政宗は楽しそうに言い放つ。
「家康、手前がぐっちゃぐちゃな闘争おっ始める前に、こいつは俺の地元を引っ掻き回してくれやがった。…何処に逃げ帰ったかと思ってたぜ、石田三成」
自分よりやや高い所にある青年の眼を間近で覗き込みながら政宗はそう嘯いた。
それに対して三成は、憎悪とはかけ離れた冷ややかな眼差しを投げやりにくれてやる。それから、所在なさげに突っ立つ家康を振り向いた。
「この男が貴様の言っていた仲介者か」
その時だけ、めらりと燃える炎が立ち登るのを政宗は見た。
「本当は知らぬ者同士の方が良いのだがな」
戸惑い勝ちに返されるのを鼻先で嘲笑い、三成は視線を戻した。
「貴様もあの男の味方をするなら容赦はせん」
「…Hey, wait.」
政宗は、静かに殺気を纏う青年から離れて窓際に寄り掛かった。そうして家康と三成を見比べる。三成には家康しか見えていないようだった。それ以外は塵芥と言った所なのだろう。
「こうやってトップが頭付き合わせて話してるんだ。5万の人間がぶつかるってのが今の日本でどう言った騒ぎになるか分かってんだろ?だったら」
「だったら、何だと言う」
破滅を望む者の両眼が、政宗の独眼を貫いた。
「貴様が遊びで闘争を繰り返すのとは訳が違う。滅せられるべき存在がここに存る。ただそれだけの事だ」
「それで手前は何を得る」
切り返された問いに色の無い眼が向けられた。
「奴の死を」
凄まじい執着だ。
いや、それはもはや妄執と言っても良い。
そして極シンプルだった。
家康の死を望み、その結果家康の死を手に入れる。
それ以外何もない。
何一つ、ない。
「You say….」確かに、家康の言う通り面白い程真っ直ぐだ。
ぎいん、と張り詰められた弓弦のように、ピクリとも引けない極限にまで漲ったそれ。
「羨ましいぜ、それだけ迷いがないってのはな…」
「―――…」
「ぐるぐる惑うのだけが煩悩だと思ってたんだがな。それだけ確固とした意志を貫き通すのも、あるいは…」
罪過。
周囲にたまたま居合わせた者を悉く巻き込んで、空中に放り投げて行くハリケーンの目。あるいは何気に触れた者を絡め取って身動き出来なくさせる雀羅だったか。
だが、意図的であれ無意識であれ(それは有り得ない!)見たくないものを見ようともしない三成の一本気な所は、天晴れとしか言いようがなかった。
「貴様が私を愚弄するか」
「そう捕らえたいんならそれでもいい。手前は進め、真っ直ぐな」
ふん、と鼻を鳴らして三成は政宗に背を見せた。そのまま戸口に向かう足が家康の傍らで立ち止まる。
「捕虜の受け渡しには応じてやる。後で時間と場所を指定しろ」
「三成」
家康が何かを言う前に、熱した冷たい視線を外して三成はミーティングルームから出て行ってしまった。
それを何時までも見送る家康の貌は何処までも痛ましげで。
窓の桟に腰を降ろして剣呑に見守る政宗には、まるでそれは光を追い掛ける科学者の憂いに見えた。
「Well….」と溜め息と共に吐かれた台詞に家康が振り向いた。
「えらく手前にお熱だな」
「モテる男は辛いってな」
肩を竦めて叩かれる軽口に政宗は声を出して笑った。
「5万の内枠を開帳してみな、考えをまとめてやる」
「有り難い」


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