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―記念文倉庫―
2●
何時の間にか、そう言う関係になっていた。
電極のプラスとマイナスが引き合うように、それは当然の帰結と思えた。ただ遠回りに遠回りを重ねたその原因が未だ解かれぬまま、掛け違えたボタンがそのまま終わりまで来てしまうようなもどかしさを感じるものだった。
普段、政宗はその事を一切忘れて伊達頭首として立ち居振る舞った。それはもはや意図しての事ではなく、身に馴染んだ服を纏うようなものだった。小十郎は常にそれに添い、決して自分から曲がる事はない。
だが、ふとした瞬間にかくり、と政宗が"落ちる"事がある。
落ちると言うといささか語弊があるかも知れないが、真っ直ぐの道をただひたすらに政宗に添って歩いていた小十郎にして見れば、そうとしか取れなかった。
かくり、と落ちた政宗は、例えば唐突に言う「俺を抱け」と。
あるいは、いきなり後ろから抱きついて来て昂った己自身を小十郎の背に押し付けて来る。かと思えば、会話が途切れたその刹那に唇を唇で覆った。
あまりに急激な変化に最初小十郎は眼を白黒させるのだが、結局はより素直な肉体の変化に押し切られてしまう。
落ちて来た政宗を存分に味わう。
愛を語らうとか、約束を重ねるとか、そう言ったむず痒い行為は決してしない。ただしたいから、ただ欲しいから強請る身体を投げ与え、与えられる。
―――本当に唐突に。
実の所、愛おしさが胸の内から溢れ出しそうだった。それを逸る鼓動に乗せて小十郎は政宗を抱いた。気紛れに与えられる身体はこれが最後かも知れない、等と言う埒もない恐れを抱きながら、本当に最後でも構わないと言うくらい、強く、熱く、貪った。

ホテルのツインにはお定まりのようにベッドの傍らに大きな鏡台があった。
そこに映り込むのはフットライトに照らし出された2人の姿だ。鏡を見ながら小十郎は青年の脇に添って手を這わせる。ふるる、と彼が身を震わせれば眼前の首筋に眼をやり、そこに立った鳥肌に唇を寄せる。
薄暗い部屋、鏡の中で乱れる己の様を否応無しに見せつけられるハメに陥った青年は、普段より一層感じるようになる。それを知っている男はベッドの縁に腰掛けたまま、膝の上に政宗を座らせて愛撫を重ねた。
熱く猛った雄心をわざとゆっくり扱き上げ、もう片方の手で胸の尖りを摘んでぐりぐりと捻り潰す。
「…っふ、」
荒い息の中に甘い声が混じる。
それが、男の身体の中に澱となって沈殿して行く。
鏡越しに視線が合えば熱に浮かされた左目がうっそりと細められ、男の膝に突いた手が爪を立てる。
「…おま…シュミ、悪…」息を切らして俯いた口がそう嘯く。
「どうしてです?」
折り曲げてしまった上体を引き起こしつつ男が問い返すのに、力無く従って政宗は嘲笑った。
「男が悶えてんの、見て、も…萎える、だけだ、ろ…っん、く…」
「さあ、どうでしょうか…」
腹の薄い肉を掌全部を使って揉み上げてやる。指先だけでするすると撫で上げる。それは直裁的な性感帯ではなかったが、馴らされる内に体中の血と言う血全部の温度を上げる不思議な魔法に変わる。
その様がどうして萎えるなどと言うのか。

欲望に塗れて赤黒く腫上がってぬらぬら光る"そのもの"も良いが、
その陶器のような肌が上気し、
内に強靭な筋肉を忍ばせた薄い肉の刻む陰影が蠢き、
荒く短い呼吸に浮き沈みする肋骨が捩れる度―――、
甘怠い澱は確実に男の中に堆積されて行くのに。

まだ足りないのかと言うように、ぬるついた括れを指先で抓り上げ、もう一本の指を鈴口にぐいぐいと押し付けてやった。
「う、ぁ…!」
政宗の足が跳ね、鏡台の前の椅子の背をギリギリと踏みつける。
歯を食い縛りながら政宗は、自分の首筋に舌を這わせ歯を立てる男を鏡の中に見た。
その夢中な様に、は、と思わず息が漏れる。
背後と鏡の中、両方に小十郎が存在しているようだった。前からも後ろからも攻め立てられて、それだけで意識が飛びそうだった。
小十郎は趣味が悪いが自分は気狂いだ、と思った。
「…っは、あぁ…!」
一際大きな声を上げてしまってから、己の手の甲に噛み付いて体中を駆け巡る痛烈な快楽をやり過ごそうとした。もう、直ぐにでも果てたいくらいだ。
声を殺すな、と言うように男の手が政宗の腕を取って引いた。それを耳の後ろ辺りに持って行って舐る。
「…入れろよ―――…」
ぼそりと呟かれた言葉に、男は眼だけを動かして鏡の中の青年を見やった。
「入れたいんだろ…我慢してねえで、やれよ…」
「………」
男の太腿を滑った細い指先が手探りで男の中心を求める。確かに堅く立ち上がったものがスラックスを押し上げていたが、それより早く小十郎の手が動いて政宗の手首を捕らえた。そのぬるついた指先―――。
指の股に先走りのぬめりを擦り付けられるような仕草をされて、青年の肩が強張った。両手を背後の男に取られ、厭々と言うように身体を捩る。
「…もったいつけるな…っ」
息苦しいものに胸を塞がれつつ呻くと、背中に彼の熱い吐息が長々と掛かった。
「その前に…一度、達ってしまいましょうか…」
声と共に掴まれた両手が前へ回って、自分の掌で己自身を包むような形になってしまう。その上から添えられた小十郎の手がゆっくりと動き出す。
「…なっ…にす…っ」
ぐちぐちと、先端から溢れた液体が2人の手を濡らした。
「…こ、じゅろっ」
その音もさる事ながら、まるで自慰を甲斐甲斐しく手伝われているような状況が頭に血を上らせた。それが怒りなのか、羞恥なのか分からないまま、
「…んっふ、…ぁ、や…っ!」
勝手に動かされる腕は勢いを増し、
「こ、じゅ…ぁあ、あっ…」
青年は他愛無く果てた―――。

自分の膝の上に突っ伏して、ぜえぜえと喉を鳴らす青年の背をちらりと見やって小十郎は時計を見た。
深夜の3時近い。
鏡の前で戯れているうちにあっという間に時間が経ってしまったようだ。
明日(と言っても日付は今日だが)小十郎は7時半発の飛行機に乗らねばならない。一方、国内線の飛行機のチケットが取れなかった政宗は、成田から千葉駅を経て東京駅で新幹線に乗り換える。約束の時間は12時だから小十郎より一時間程遅いが、それでも8時にはホテルを出なければ間に合わない。
青年の腰の下からするりと体をどかして、小十郎はシャワールームに向かった。バスタブに勢い良く湯を張り始める。そこから戻る時にガウンを取って来て、政宗の肩に掛けてやった。
俯いた顔だけを捩じ曲げて、政宗は傍らに立った男を見上げた。
言いたい事は分かっている。
―――明日は朝早いのですから。
分かってはいるが自分だけがよがって、悶えて、達した、その事が胸を苛む。まるで底を突かない欲望に微かに首を振った。自分は小十郎を欲しがっている、この上なく。だが、小十郎は?彼の至上の命題は何時だって「伊達家」だ。そんなの、分かり切っている。
自分だとて同じだ。普段は小十郎との行為など頭の中からすっぱり抜け落ちているのだから。
だが、どうした拍子か良く分からないが何かのスイッチが入ったように、体がカッと熱くなる瞬間がある。そうなると、どうしても駄目だった。
目の前のこの男が欲しい、それが止められなくなる。
―――目の前の?
小十郎がふとした瞬間に見せる表情や仕草、あるいは気配に政宗の中の何かが反応するのだ。それは何だったか。
何か―――、
「家康の言う、問題の事ですが」
男が跪いて項垂れた政宗の顔を覗き込んで来た。
「その場では結論を下さずにいて下さい。状況を詳しく聞き出して、十分情報を集めた後に綱元さんや成実などとも相談して決めましょう」
「…その場になってみないと分からねえよ…」
「どうにも全国を巻き込んでいる気配があります。薮を突いて蛇どころか虎が出て来た、等と言う事になりかねません」
「そん時はそん時だ」
「政宗様…」
「止めさせる事も出来るだろうがよ、近くにいりゃ」
視線を反らして宛もない事を言い放ってみる。第一、どんな問題が起こっているのか詳しい事は何一つ分からないのだ、今この場で約束出来るとも思えなかった。
「俺が判断を誤るとでも思ってんのか?」
政宗は勢い良く立ち上がって男を見下ろした。
「お前たちに相談するかどうかも含めて、奴の話を聞いた上で俺が自分で決める。俺に指図するな」
冷たく言い放った先で、小十郎は険しい表情を振り向けた。
「3日後に綱元さんと一緒に戻って参ります、それまでは―――」
「小十郎」と政宗は男の言葉を遮った。
「You say nothing more than it.(それ以上言うな)」
早口に吐き捨てると、政宗はシャワールームに姿を消した。

翌朝、小十郎が先に部屋を出て行くのを、政宗は狸寝入りで無視した。
本当は全身を耳にして彼の気配を追い、何事か話しかけて来るのを待っていたのだが、政宗自身が命じた通り男は口を閉ざしたままだった。
一人部屋に残った政宗は怒りよりも虚しさに、体の芯まで覆われた。

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あきゅろす。
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