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―記念文倉庫―

2月の大阪城は梅が見頃だ。
天守閣の東側には広大な梅園があり、早咲きのものは年末から咲き始める。最も多くの花に包まれ、咽せる程の梅芳が漂うのは2月末から3月上旬だが、多様な品種を集めた梅林は時期をずらして咲くため、長期間何らかの梅花を楽しむ事が出来る。
そうした光景に春の訪れを感じ、心浮き立たせるのが人の情と言うものだろう。
だが、まばらな立ち木の間で大地を踏みしめてすっくと立つ2人の男は、禍々しい高揚感を身の周りに立ち登らせて互いに相手を凝視していた。
「ここで会ったが百年目だ。手前は一回地獄の閻魔様に舌引っこ抜かれて来い」
「はっ!そりゃこっちの台詞だ。何かっちゃあ言い掛かり付けて来やがってよ…いい加減、堪忍袋の緒も切れるってもんだ」
「堪忍?手前の何処に堪え性があるってんだ、餓鬼道の亡者のクセしやがって」
「そーゆーあんたは切れ易さにおいちゃ右に出るもんはいねえってもっぱらの噂だぜ?飛んだ猫っ被りだよな。優等生のフリはそりゃ疲れるだろうよ」
「減らず口ばっか叩きやがって…。本当に手前は生かしといちゃ世の為人の為にならねえな、お祈りを済ませな」
「は?あんたが俺をどうするって?」
「……ぶっ殺す…」
轟音を轟かせる蒼白い雷鳴と、突風を巻き起こす紅蓮の炎が2人の男から巻き起こった。
「………」
このやり取りの間に政宗は梅園の隅っこで背を向けてしゃがみ込んでいた。
奴らは互いを見つけるなり、千載一遇の好機とばかりに罵声の応酬を始めた。それも又気分の高揚を誘う儀式に過ぎない。見物客のいない深夜とは言え、やる気満々の2人は公共施設で大立ち回りを演じようと言うのだ。
「ほほう、これはこれで東西対決だな」
と、彼の傍らに立つ青年は楽しそうに言い放った。
「…てめ、家康。笑って見てねえで何とかしろ。大阪は手前の縄張りだろうが…」
政宗の怨嗟の呻きにも似た声に、好青年の笑顔を見せていた若者は一瞬きょとんとなった。それから破顔一笑と言う言葉がぴったりの華やかな笑顔を振り向ける。
「それを言うならお前が止めるべきだろう。"私の為に争わないで"とな」
ぶちっ
血管が切れた音かと思いきや、しゃがんだ所から地面を這うような回し蹴りを繰り出して来た政宗が、芝生を引き千切っただけだった。
それを軽いステップで躱した家康は、だぼだぼのアーミーパンツのポケットに手を突っ込んだまま政宗とは少し距離を取った。
「まあでも、せっかくのタイマンに水を差されでもしたら忍びないだろう。周囲は儂の手の者で見張っておくから存分にやると良い」
まるで、子供たちの戯れを見守る父親の笑顔だった。
俺は止めろって言ったんだ…。がっくり項垂れた政宗は、それを言い返す気力さえ失せていた。
―――どうしてこうなった…。
目眩すら感じて、政宗は事の始まりを記憶の中から手繰った。

数日前、政宗と小十郎は仙台から成田に来ていた。
行きはともかく、帰りはバラバラになる予定だったので車ではなく、新幹線で上野まで出て成田空港周辺のホテルに一泊した。
小十郎は翌早朝、一足先に渡航した綱元を追ってインドへ飛ぶ予定だ。
昨今のインド企業の成長度合いは眼を見張るものがある。中国の国内情勢に愛想を尽かした日本では遠回りになっても発展著しいインドにその経営の力点を移動させるものも少なくはなかった。
伊達もそうした潮流に一早く乗って、IT関連や精密機器製造の拠点を求めてパートナーシップを組める会社を探した結果、とある企業とこの度目出度く提携が相成った。その挨拶を兼ねて具体的な経営方針をまとめるべく綱元と小十郎はインドへ赴くのだ。
一方、政宗には大阪へ向かう予定があった。
何やら関西は数度に渡る勢力争い(特に裏の)で勢力間バランスが不安定になり、キナ臭い動きが見られる。それを東北の地で静観していた政宗の元に、当の大阪から是非とも話したい事があるから来てくれとの要請があった。
普通ならそんな縄張り争いのようなものに嘴を突っ込む政宗ではない。むしろ漁父の利をくすねている所だ。だが、今回ばかりは要請して来た相手が相手なだけに無視する訳には行かなかった。
昔、少しばかり関わった事のある青年だ。あの時は10、11歳程の少年だった。
徳川家康と言う。
―――お前の意見を聞かせて欲しい。
そんなしおらしい事まで言って退けた。
「しょうがねえなあ」そんな文句をたらたら零しつつも、政宗は大阪行きを決めた。

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