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―記念文倉庫―

城下町の目抜き通りを疾風の如く駆け抜け、山道に入った政宗率いる一軍の元に、四方に放った斥候の一騎が馳せ参じた。
「片倉様、虎哉和尚が…」
戸惑いつつ言い差すのを小十郎は「何だ」と促す。
「虎哉和尚が子供を連れ、単騎にてこちらに追いすがっておられます」
「何だと?」
子供、と聞いてまさかとは思った。が、それを連れているのが虎哉だとすれば他には考えられない。追い返そうと口を開きかけた所へ「通せ」と、馬蹄の轟きの中にも良く通る声が投げかけられた。
「政宗様…!」
「俺に言いたい事でもあるんだろう。聞いてやろうじゃねえか」
「…しかし、―――」
「あいつが本当に梵天丸なら、俺の事だ。俺自身の事は俺が決める」
それ以上は聞く耳持たぬ、と言った横顔に小十郎は黙るしかなかった。指示を待つ斥候に政宗と同じ台詞を言い放って、小十郎は眉間のしわを深くした。

間もなく、騎馬隊が開けた道を通って虎哉の馬が政宗たちのいる旗印の下まで追い付いた。
「良い朝ですね、政宗様」
場違いすぎる虎哉の挨拶に、政宗は口の端を釣り上げた。
「ああ、Good morning」
良い朝とは決して言い難い、間断なく雪を降らせる曇天は、ようやくぐずぐずと白み始めているだけだ。
「城に残った家臣と、歩兵を編成する為に動いた家臣団、その色を見定めましたか?」
「ああ、ばっちりとな」
色と言うのは?と疑問に思いつつ、小十郎は俯いた梵天丸を横目でちらりと見やってから顔を上げた。
「どういう事です?」
「おやおや、智の武将・片倉小十郎ともあろうお方がそんな事にもお気が付かれなかったのですか?」
小十郎は、この虎哉和尚が至極苦手だった。
今は僧兵の装いに身を包み長刀を背負ってすらいる。その武器を扱えるのかどうか知らないが、彼は普段、鷹揚な仕草で薄っすら微笑みながら言葉と言う鋭利な刃物を振るった。さすが、政宗の教育係にと輝宗が再三四頭を下げた人物だ。
「家臣団の中に反乱因子となる芽が顕在し始めているのは、ご存知でしょう。政宗様はわざと無体な言動を取られて彼らの反応を見たのですよ」
―――こいつの入れ知恵か。
と小十郎は腑に落ちるものがあったが表情には出さずにいた。それにどうやら、自責の念に駆られ過ぎて周囲が眼に見えていなかったと気付かされた。
ここは一度、自分の過ちを棚上げにしてこの危機を乗り切る為に全力を尽くさなくてはならないだろう。―――虎哉の懐の中にいる梵天丸が気になる、と言うのもあるが。
そして試みの結果が、次の政宗の言葉一つに全て込められていた。

「戦が終わったら、紀綱を改める」

それは、分国法に手を付ける、と言う意味でもあった。
小十郎は息を呑んで曲がりくねった前方の森を見つめた。その黎明未だ届かぬ原始の常闇。人の心の中もこのようなものなのだろう。しかし、だとしたら―――。
その時、又別の斥候が、脇の森の中から彼らの所へ馬を寄せて来た。
「唯川軍に動きあり、白石に向かっているもようです。その数3000!」
先程の報告より数を増やしている。
白石は奥羽から関東へと続く東海道の入り口であり、交通の要衝である。そこを獲られたら南下して関東を攻めるのに支障を来す。会津の蘆名氏と手を組まれでもしたら、米沢の伊達家は完全に孤立するだろう。
そこを獲られてはならなかった。
虎哉の懐の中で梵天丸は隣を並走する政宗と、その向こうの小十郎とを一緒に視界に収めた。
「ぼうず、怖いか?」
唐突に、政宗にそう声を掛けられて慌てて前に向き直った梵天丸、「こわくない!」負けじと声を張り上げた。
「それでこそ、俺だ」
面白そうに政宗は言い放ち、それきり子供の事は視界から追い出した。

騎馬隊1000騎は軽快に進軍した。
板谷峠にさしかかる頃、新たな気配が木立の間から不意に湧いた。小十郎の抱える素破者だ。
その者が、奔る人馬を樹上で追いながら言った。
「城下にて不穏な動きあり」
小十郎は政宗とちらりと視線を交わした。
「兵を整えてはいますが、出陣の動きはありません。今回の出兵に間に合わせる為ではないようです」
「何者だ」と小十郎は短く聞いた。
「佐内殿とその係累です」
「Ha!! 留守の城を乗っ取ろうって魂胆か!領内外に呼応する動きは?」
「長井・上山・寒河江に同じく兵を興す気配がございます。が、いずれも加勢か謀反かの見極めは着け難く」
「こちらの情勢によって、態度を決める腹積もりなのでしょう」
小十郎は呟いて、そして政宗を見た。
木立の中を移動していた気配も何時の間にか消えている。
「政宗様、成実か良直に300騎をお預けください」
「………」
「城下と城中の安堵を果たして後、不穏分子を一掃いたしましょう」
「小十郎、この俺に先陣を斬って欲しくなかったんじゃないのか?」
「…政宗様のお背中は、この小十郎が命に代えてもお守りする所存なれば、思う存分」
「Ha-ha! 良く言った…成実!!」
背後に鋭い声を飛ばすと、従兄弟の伊達成実が前へ馬を進めて来た。
「成、お前に300騎与える、速攻で引き返して城下城中のふざけた野郎共を蹴散らして来い」
「え、でも…」話は聞いていたが、さすがに成実も言い淀む。
「後続の歩兵も出発した頃だ、こっちの事は心配すんな」
成実は政宗の後ろ姿から、その隣の小十郎に視線を移した。彼が頷くのを見て「わかった!」と応える。
す、と成実の馬が下がり、さっと手を振った彼の合図にぴったり300騎がこの進軍から離脱して行った。
「700 vs 3000…さあ面白いPartyになって来たぜ…。てめえら、遅れを取るなよ!!!!!」
後に続く軍勢に檄を飛ばすと、感極まった鬨の声が上がった。
ざあ、と白い粉雪がそれに覆いかぶさる。

その時小十郎は馬を操り、虎哉和尚の隣を走らせていた。
「和尚、あなた方はここまでだ。板谷峠でお待ち頂く」当然の配慮だった。
だが、虎哉は口元の笑みを深めて、横を疾る小十郎を流し見た。
「あなたまだそんな事、おっしゃるんですか?」
そう言う眼は笑っていない。
「何の話ですか…。私は戦場に子供を連れて来るなと…」
不意の殺気が小十郎の口を止めさせた。何となく顔を上げると、少し先を走る政宗が肩越しにこちらを見ていた。
小十郎と眼が合うと動揺したように瞳は揺れ、彼は前方へ向き直った。だが、その時の彼の唯一の左目が―――――。
やけに恐ろしい。
「先程、あなたは政宗様のお背中は自分が云々とかおっしゃった」
いかにも楽しげに、虎哉は小十郎を追い詰める言葉を次々に言い放つ。「あなたの主はどちらですか?あなたが守り支えて行くと決めた主君は?」
「しかし―――」
バリバリバリッ
政宗の周囲に雷電が巻き起こり、舞い散る雪がそれを避けて行った。小十郎は息を呑んで政宗の後ろ姿を見つめた。
「心配はご無用。こちらのお方は私が責任を持ってお守りいたしますから」
「小十郎」
幼い声に呼び掛けられて、固まっていた小十郎は梵天丸を振り向いた。
「政宗をまもってやれ」
子供にまでそう言われて、思わず頭がくらくらと来た。
バリバリと、彼の属性が暴れているのが、梵天丸への小十郎の態度に対する嫉妬だとわかってしまい、しかし呆れる所か頬が緩む。
「…承知、いたしました」
ぐ、と馬を進めて政宗の隣に並ぶと小十郎は息を大きく吸い込んで後を振り返った。
「全軍前へ!この先の飯坂で敵方に追い付く、蹴散らせ!!!」
「おお!!!!!」
鬨の声が再び上がり、700騎の人馬は更にスピードを上げて峠を一気に駆け抜けた。

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