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―記念文倉庫―

泥沼の戦だった。
敵との宿縁もそうだが、逃げる敵方を追って味方軍勢も河川に踏み込み、もはや敵と味方の見分けも着かない混乱でもみくちゃになって闘った。
ここが正念場だった。
伊達の家督を継いでからと言うもの、長年伊達家に楯突いて来た佐竹氏蘆名氏との雌雄を決する戦だ。再起する意志も持たせぬよう、完膚なきまでに打ちのめさなければならない。
敗走を始めた蘆名氏の勢力をその居城直前の日橋川まで追い詰め、更にそこで立ち往生した軍勢を川の中にまで討ち縋った。
歩兵だけでなく騎馬も川の流れに浸かった。
夏の日差しが傾きつつあった。
日が暮れてしまうまでに何とか―――。
そう言う焦りがあったのかもしれぬ。気負い込んだ政宗も騎馬のまま敵武将を追った。狙いは大将首だ。金上、佐瀬などの有力家臣でも良い。蘆名の勢力を少しでも削いでおきたかった。
だが、水の中では政宗の属性・雷電を振るえず地道に一人一人を斬って行くしかない。しかもこの混戦だ。六爪では却って邪魔になる。故に彼は右手に一刀を、左手に敵の歩兵から奪った長槍を振るって、流れの中に浮き沈みする敵を斬って突いて斬りまくった。
その背を見逃すまいと小十郎も必死に追い縋った。
第一、大将が先駆けてこんな前線に出て来るなど有り得ない事だった。そして、それを言って聞く耳を持つ大将ではないのも現実だった。ならばせめて、この泥沼の戦の中でその背を守り続けるしかない。
彼の陣羽織、その背に描かれた文様を飛び散る水飛沫の中に透かし見る。雷のようでありながら、それが太陽を模しているのを小十郎は知っている。日の本を統一する、その野望に染め抜かれ輝く蒼白い紋。
こんな所で汚れて良いものではなかった。
その視界の隅からぬっと槍が差し出された。
意識するより早く体が動いていた。
馬の腹に踵をぐいぐいと押し当て、激しく首を上下する馬体をずいと進ませる。水のせいで何もかもがスローモーだった。
政宗の左手から突き出された槍を、同じ左の一刀で跳ね上げた。
一拍送れて政宗が振り返った。
その狭い視界の中で、馬身の側面を見せていた小十郎がゆっくりと馬から落ちて行く。その脇腹に後ろから突き立てられている槍も、見えた。
「―――…」
言葉が出なかった。
阿呆のようにただ眺めていた。
馬の向こうに小十郎が消えてから、体が跳ねた。
それを両脇から強力で押さえ付けられ、我に返る。
「!!」
良直と成実だった。
2人とも全身びしょぬれで凄まじい表情を政宗に振り向けていた。
そこから視線を引き剥がし、激流の波間を見ると敵方の歩兵の間で綱元が佐馬助や孫兵衛と一緒になって、水に沈みかかっていた小十郎を掬い上げていた。彼らが岸へと引き上げて行く殿を勤めて行くのは文七郎だ。
「もう十分です筆頭、引き返して下さい!!」
良直が耳元で叫んだ。
「俺も確認したけど大将首を最低五つは獲った。もう大丈夫だから」
「―――…」
切羽詰まった感情を押し殺して成実が言い含めると、政宗は微かに頷いた。
「…撤退だ」
「撤退だ、撤退―――!!!」
伊達家頭首の応えに、良直が声を張り上げた。
それが周囲に広がって行く。陣太鼓と法螺貝が掻き鳴らされ、徐々に川の中から兵たちは引き上げて行った。
伊達軍は日橋川から手を引くと、攻め手の拠点としていた猪苗代城に立ち戻った。

濡れた具足のままで、小十郎が寝かされている一間の前に立ち止まった。
本来の城主・猪苗代盛国が政宗に付き添っていた。これから戦の後始末がある。長居は出来なかった。
日暮れの差し迫る中、本丸の庭で首検分が行われた。その後、戦果と被害の報告が成された。敵方の蘆名の内情に不安定要素が多かったのも相まって、こちらの被害はあなたのそれの3分の1以下、圧倒的な勝利だった。
「猪苗代盛国、今度の戦はお前の助勢があったればこそだ。お前のこの城は今後も俺が安堵する」
伊達家筆頭の言質に盛国は陣床几の上で深々と頭を下げた。
もともと猪苗代と蘆名は佐原義連の血統を引き継ぐ同族で、本家である蘆名氏に対して猪苗代は従属と反逆を繰り返していた。今回の蘆名氏の滅亡には、時期を見た猪苗代氏が伊達に付く事を決めた事で決したと言っても過言ではない。
これにより、伊達政宗は南奥州の覇者となった。
この戦と前後して各地の武将が次々と政宗に帰順を申し出て来た。戦の後始末と彼らへの対応が重なり、米沢に帰る暇もなく政宗は主立った家臣らと連日合議に明け暮れた。

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