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―記念文倉庫―
9●
小十郎は政宗の頭に手をやって徐々に押し下げて行った。
最後は自ら跪き、小十郎に腕を掴まれながら顔をそれの前に持って行った。政宗の唇が雄心に当たり、二度三度と啄むような口付けを落とされ―――口腔内に含まれた。
「………っ!」
その柔らかな感触。
湿った舌の動き。
拙いながらも見よう見真似で施される愛撫。
躊躇いがちに前後する頭を抑え付けて、小十郎は揺れるままに腰を振った。
ゆるく、ゆるく、小刻みに。
そして大きく、大胆に。
喉の奥まで突き込まれて政宗はぎゅっと瞼を閉じた。口の中のものを吐き出したい衝動を抑え付け、舌を広げて包み込む。
そうすると乱れた息の合間に小十郎は呻き、艶っぽい溜め息を落とした。その事が政宗の身を熱くし、突き動かす―――。
もっと声が聞きたい。
男が感じている証をこの身に浴びたい。
その一心で、頬を窄めて音を立てて吸い上げ、舌を絡めて下品にしゃぶった。
更に、生温い先走りの匂いと鼻の頭をくすぐる陰毛の感触に自虐的な、縋り付きたい気分が高揚して来る。そんな未知の感覚にどうにかなってしまいそうだった。
そんな不安からもっと何か言って欲しかったが、充血して堅さと大きさを増すそれが小十郎の言葉よりも雄弁に"その事"を物語っていた。
だから頭を抑えられつつも、大きくスライドする肉の塊を必死で追った。
頭上から降る男の甘い吐息が、ただもっと聞きたかった。

そうやって我を忘れそうになった所へ、ぐいと小十郎に頭を引き剥がされた。
一泊遅れて飛び散った白濁が青年の顔に、胸元に滴った。
「―――…は…っ」
唐突に終わってしまった惑乱に、政宗はただ呆然と小十郎を見上げた。
その男の顔が歪む。
木の根元に力なくへたり込んだ政宗の前に、小十郎はがばと身を伏した。
「申し訳ありません、政宗様…!」
「………」
打ち寄せる海水に浸かって土下座する己が下僕を、政宗は何かに耐えるような表情で静かに見つめた。
「申し訳…」
「謝るな」
「………」
「俺が余計惨めになる」
溜め息と共に政宗はそう呟き、顔に散った精を掌で擦った。
その仕草に男の餓えがいや増しに募る事をこの青年は知らない。
「俺がしたかったんだ…」
それでも、微かに掠れた声で言われて男の肩が震える。
「だから、謝るな」
心の中に沸き起こるものに政宗は未だ戸惑っていた。
だから、身の内に灯る炎を感じながらも微かに頭を振りつつこう言うしかなかった。
「一人にしてくれないか…」

「Oh boy, I have had my work stolen by him.(あーあぁ、僕の仕事、取られちゃった)」
翌朝、食事のテーブルであから様にラサにそう言われて、小十郎は咽せて咳き込んだ。政宗は素知らぬ顔で食事を続けている。
「何の事だ?」
朝から鶏肉入りのおかゆを何杯も平らげている綱元が、聞き咎めてそう尋ねた。ヒアリングだけは出来るので始末が悪い。
「た、多分、パトンビーチでの行商の事でしょう…」
小十郎は苦しい言い訳でその場を凌いだ。
機嫌の直った政宗の提案で、その日はアクティビティの体験出来るビーチへ行ってシーウォークやダイビングなどをして過ごした。まだ肌は痛むようだったが我慢出来ない程ではないようだ。成実やカロンとはしゃいでいる間に忘れてしまうぐらいには快復していた。
綱元の腰も良くなったようだ。ダイビングには彼も付き合った。
残されたのは又しても小十郎とラサだったが、不機嫌そうな小十郎はまともな会話をしようとはしない。ラサはただ肩を竦めてこれだけは言った。
「I pray for your future having much good luck.(君たちの将来が幸多き事を祈るよ)」
「It's the care that it doesn't need(いらん世話だ)」
速攻で帰って来た台詞に、ラサは苦笑を一頻り零した。

コーラル島にはもう一泊してプーケットタウンに戻った。
ジワンは、政宗たちがいたくコーラル島をお気に召したのを喜んで、その夜は奥さんの手作り料理をご馳走してくれた。
そして、出立の朝。
荷物をまとめていた成実のTシャツを、不安げな様子でカロンが掴んでいた。
見送りの為に一緒に来ていた兄を振り返ってはタイ語で何事かを問い掛ける。だが、ラサに返す言葉はない。
両親はもう戻って来ないのだ、そうはっきりと妹に告げられないのと同じように。
「おい、成実。遅えぞ」
既にレンタカーに荷物を詰め込んで来た政宗が部屋の戸口で声を掛ける。相変わらずカロンは成実のTシャツを掴んだままだ。
「何時までそうしてるつもりだ?飛行機が出ちまうだろ」
「わかってるよ!」
珍しく成実が癇癪を起こした。
そうしてから、気持ちを落ち着かせてカロンの泣きそうな顔を振り向く。それへ、カロンは小さな声で何かを尋ねた。タイ語なので分からないが、多分「何処へ行くの?」とか「帰って来るの?」とか、そう言った事だろう。
「あの、さ、カロン…俺―――」
政宗だけでなくラサも、小十郎や綱元もやって来て、この様子を見守っていた。
「俺、俺…」と繰り返すばかりの青年を。
「あげいん…」
「成!」
政宗が鋭く従兄弟の言葉を遮った。
「約束出来んのか、又やって来るって?…何時?お前、俺の片腕として伊達をしょって立つんじゃねえのか?」
「………っ!」
「いつ来れるとも分かんねえのに"また"待たせるつもりか?」
「―――…」
成実は自分の膝に拳を突き立てて項垂れた。
待つ事は辛い。待たせた方は何時しか誰かが待っている事を忘れてしまうかも知れない。人はそれぞれ別の方向へ進んで行くものだ。共に歩ける時間は少ない。それが旅人であれば尚更、余りに少ない。
「カロン…」
成実は自分のTシャツを掴む少女の手を取った。
淡い恋心だったのか、それは本人たちにも分からない。己の身の内から引き裂かれるような痛みだけが現実だった。
「ぐっばい」
「シゲ?」
少女に片言の発音で呼ばれ、心が折れそうになる。
―――だが…。
「ぐっばいだ、カロン。あい ごー とぅー ほーむ」
「Home?」
「そうだカロン。俺は俺のほーむに帰るんだ」
少女の瞳が揺れて一杯の涙がつ、と溢れた。
「ぐっばいだ、カロン!」
呻きながら成実はカロンの細い体を抱き締めた。
妹の様子を見ていられないと言った風に、ラサは顔を背ける。それへ、小十郎は背中を押して促した。
「Chalon…」とラサは優しく静かに妹に声を掛ける。
そうして、成実が手を離しても呆然と座り込んでいたカロンを抱き起こす。彼女はただ呆然と眼を見開き、ここではない何処かを見ていた。あの、落ちた海中で見せた幽玄のあわいにあるような表情。
その耳元へラサは忍耐強く話し掛ける。
妹がこの場へ戻って来るように。その幼い顔に笑いが戻るように。
政宗は俯いた成実の肩を叩いて促した。小十郎が彼の荷物をまとめて運び出す。表情を殺した綱元は、成実の肩を抱き寄せてホテルの外へ連れ出して行った。
「Hey, Lhasa!」と政宗が声を飛ばした。
「Should not you take off a morning dress anymore?(いい加減、喪服を脱ぐべきなんじゃねえか?)」
「―――…」
「Is not only a younger sister, as for yourself.(妹だけじゃない、お前もだ)」
「I understand it.(分かってる)」
妹を抱きながら、ラサは漆黒の瞳をひたと政宗に当てた。
「Hey, do you know such a story?(ねえ、こんな話知ってる?)」
その顔が、何故か泣き笑いのような表情を刻んでラサは言った。
「The sun is dead every day at the other side of the sea, and It's born every day from the sea. There is not the same sun with two. that is always newborn.(太陽は毎日海の向こうで死んで、毎日海の中から産まれるんだ。同じものは二つとない、いつも生まれたての太陽だって)」
「………」
「Though it should have been thrown off like that in the past.(過去もそんな風に脱ぎ捨てられたらいいのにね)」
「Even you may do it. As for the night that day does not break, there is not it.(出来るだろ、明けない夜はねえ)」
「You are cool.(言うねえ)」
政宗はラサの美しいアルカイック・スマイルをろくに見もせず、とっとと踵を返した。

ホテルの外に出ると、レンタカーの傍らで小十郎が佇んだまま政宗を待っていた。その脳天から燦々と陽光が降り注ぐ。
陽炎が立ち、何もかもが白日の下に晒されていた。
今、小十郎の瞳は政宗の姿をしっかりと捕らえていた。コーラル島での異様に熱い夜からこちら、彼が密かに罪悪感で己を罰しているのは政宗にも分かっていた。
だが今、小十郎が喪服を身に纏っているようには見えなかった。彼自身が言うように、過去より今、そして未来を向いている者の装いだ。
―――なら…。
自分たちが何処に向かっているのか分からないが、新しい日に向かって歩き始めるだけだ。

太陽の喪装、夜は脱ぎ捨てられ日は昇る。


20101226 Special thanks!

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