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―記念文倉庫―
8●
ホテルはバンガロー風の個室が木製の廊下と階段とで繋がっている可愛らしいものだった。狭い敷地内に原生林と海に挟まれひしめき合っている感じだ。しかも敷地内にはバーがあり、マッサージを受けられるスパがあり、プールまであった。
静かな孤島の日夜を満喫するのにこれ以上ない程のロケーションだ。
ホテルのレストランで軽い夕食を摂った後、小十郎は綱元と共にバーで酒を呑んだ。この後の3日間をどう過ごすかを話し合い、日本での休み明けの仕事の内容などを打ち合わせた。
そうやって酒杯を交わす中で小十郎が心底驚いたのは、綱元がポツリと言った一言だった。
「あの若いの、体売ってるだろ?」
返事のしようがなかった。
だが、息を呑んだ小十郎を見やった綱元が悪戯げに笑むのを見ては、何だか落ち着かない気分になる。
「ああいう連中を何人見て来たと思ってる?」そう自慢げに言ってから、しかし綱元は肩を竦めて見せた。
「津波の被害直後はそりゃ、人身売買が派手に横行してたそうだからな。生まれ故郷で生き残れたのはラッキーな方だったろう、両親がいなくても」
「…そうですね」
そんな話をしている所へ、政宗とラサがやって来た。
部屋は二つ、取ってある。
一つは政宗たち4人が泊まるダブル、もう一つはラサとカロンの為のシングルだ。
日本人の感覚で明らかに二つ分は優にあるキングサイズのベッドだったのでそれで十分だったのだ。そのシングルの部屋で成実とカロンが2人揃ってぐっすり眠り込んでいた。
「さすがに疲れたんだろうよ、寝かせといてやれ」
綱元は笑ってそう言った。
「だが…、こんなに懐かれちゃ別れが辛いだろうな」
彼が続けて呟いたように、2人は天使のようにあどけない寝顔を寄り添わせている。男と女である事も忘れて、まるで一緒に育って来た魂の双子であるかのように。
「はあ〜、俺も寝よ」
欠伸まじりに言い放って綱元はとっとと部屋に引き返して行った。

キングサイズのベッドの一つに綱元がゴロンと横になった。やはりもう一人、小十郎でも余裕で横たわれるスペースがある。
「俺、綱元と寝る」と言って政宗は彼の横に飛び込んだ。
「おお、この綱元と一緒に寝て下さるとは、嬉しい限りです」
「ん」と言って、横たわった政宗が頭を持ち上げて見せると綱元は甘い笑顔で笑んだ。
「はいはい、腕枕ですな」
言いながら、巨大なクッションの上に太い腕を渡す。それへ政宗は頭を預けた。
その様を部屋の隅に突っ立って眺めていた小十郎は、何とも言えない情けない顔を不意と反らした。―――お前に触れられると…。
それは何だ、俺を意識してるってことか?どういう意味で?
何となく視線を感じて傍らを振り向くと、ラサが真っ黒い瞳を見開いて凝っと自分を見ていた。
「………」
思わず視線が泳ぐ。
「Them, kojuro is same as me.(じゃあ、小十郎は僕と一緒だ)」
「………………」
にっこり微笑まれて、小十郎は返事もせずにベッドに潜り込んだ。

きっかけは何だったか覚えていない。きっと、些細な事だ。
金髪の男が小十郎の股間に顔を埋めてぺちゃぺちゃと舌を鳴らしていた。
「…や、めろよ…」
抵抗する小十郎をヴィンセントは殴った。
暴れる小十郎を男は力で押さえ込んだ。取っ組み合いになれば負けるのは当然小十郎だ。
16、7歳とは言え、白人男性の体は日本人からして見れば成人のそれと同じ、ましてやヴィンセントは常日頃喧嘩で馴らした筋肉質な体格をしている。抵抗は何の意味も成さなかった。
「お前が悪いんだ、俺を警察に突き出さないから…。俺を罰しないから…、俺をやっつけないから―――」
うわ言のように何度も繰り返される言葉、それが毒のように小十郎の身体の中へ染み込んで行く。空気に含まれた毒は呼吸からだけでなく肌からも、直接体内に吸収された。
小十郎には分からなかった。
どうすれば良かったのかなど、何が彼の為になったかなど。
男は暴力の中でだけ、満たされた。
小十郎は当然痛いのは厭だったが、最後には嘆きに流された。
嘆きと暴力だけが2人を繋ぐよすがだった。
そうでありながら、ヴィンセントは自分の痛みに鈍感だった。
喧嘩をした後や仲間内にリンチされた時、傷を放ったらかしにして小十郎の部屋で酒を呑んでいた。一度なぞ、折れた骨が飛び出しているのに構わず小十郎を組み敷いた事がある。
「ああ」と小十郎は思った。
―――ああ、自分は彼の代わりに痛みを感じているのだ、と。

昼間、寝過ぎたせいか政宗は真夜中にぽっかりと眼を覚ました。
―――成実のせいだ…。
日焼けしたのは無防備に素肌を太陽に晒した自分の落ち度だ。だが、それを脇に退けて一人海を楽しんでいた成実を心の中で詰らずにはいられなかった。
眠気があっさりと去って、ベッドの上に身を起こした政宗は、ぼんやりしたまま頭を掻いた。
開け放った窓からすぐそこに海が見える。何時絶えるとも知れない潮騒がひっきりなしに聞こえても来る。
部屋にはクーラーが完備してあったが、寝る時は必要ないだろうと言って切っていた。気温は高い割に微かに風があるので寝苦しくはなかったからだ。
その風に揺れる葉擦れの音が、潮騒に紛れてにひっそりと鳴る。見れば、まばらに植えられた椰子の木の間から見える海面が、不思議と明るく輝いているようだった。多分、星明かりだろう。街灯など一つもなかったが空と海が輝いていて視界はクリアだった。
ふと隣のベッドを見ると、小十郎とラサの姿がない。
開け放たれた窓と、それとを見比べる。
思わず舌打ちが漏れた。
今日、浜辺で静かに会話を交わす2人を遠くに見ていた。
―――2人仲良く夜のお散歩かよ…。
置いてけぼりを食らって傷ついた気分だった。ラサとは幾つも違わないのに、小十郎と話す彼は余程大人びて見えた。
シャワールームで冷たい水でも浴びるか、と思ってベッドから降りた。
火照った肌もだいぶマシになったが、シーツに擦れるとまだひりひり痛む。それを冷ますのにも水浴びがちょうど良かった。
ガチャ、と開けたシャワールームに人影があって政宗は思わずぎくりと体を固まらせた。
小十郎だった。
何してるんだ、その言葉が口に上る前に彼の足下に跪いたラサの後ろ姿が振り向いて、頭の中が真っ白になった。
口の中から吐き出されて、震えるそれ。
何もかもが真っ白だ。
「政宗様!!」
弾かれたようにその場から駆け出した青年を小十郎は慌てて追った。自分の前にいたラサを突き飛ばしたのにも気付かずに。

波打ち際が数歩の所まで迫って来ている椰子の木の木陰に、政宗は踞っていた。その姿を見つけた小十郎は足を止めた。
「…綱元は酔っぱらってて起きねえよ。心置きなく続きしてれば?俺はここにいるから、どーぞ遠慮なく」
「………」
「何時だったか、俺がしてやるっつった時はお前拒絶したよな。…やっぱプロの方がイイ訳?―――そりゃそうだよな、何せプロだ」
「政宗様…」
パトンビーチで夜の仕事をしているラサを、先程の一瞬で政宗は体を売る男娼だと気付いていた。当然、それを雇った小十郎もそのつもりだったのだろう。
「ボストンにいた頃、同性の恋人でも居たんだろ?だから、俺に言えなかった…。俺ってそんなに狭量だって思われてた訳か、がっかりしちまうぜ。その上自分がそうだからって、俺まで他所の男に体売るなんざ妄想されちゃ、全く堪んねえよ…」
「政宗様…!!」
酷い言葉が溢れ出して来る。にも関わらず、感情は麻痺したように政宗に何の感慨も齎さなかった。視線を波打ち際に落として、奇麗な水だと思った。
「ボストンで知り合ったのはギャングの友人です、そう言う関係ではない」
「うるせえよ!!」
瞬間、全身の血が沸騰して気が付いたら叫んでいた。
「とっととあいつン所戻れよ!お楽しみの邪魔して悪かったな!!」
小十郎の言葉が嘘だと直感で分かってしまう。それが、政宗を目眩がする程の激情に溺れさせた。そこへ、何時の間にか近付いていた小十郎に腕を掴まれて引き起こされた。
「離せよ…っ!離、せ!!」
「…俺にそっちの気はねえ」
食い縛った歯の間から吐き出すように、男は呻いた。
「偶々溜まってたのを処理したのが奴だっただけだ。手前も自分でシコるだろうが、それとどう違う…?」
「…離せったら…!」
「そんなにヤリてえなら、やらせてやる…」
「…?!」
掴んだ腕を捻り上げて、小十郎は青年の手を自分の下肢に導いた。
振り上げた政宗の顔に刹那、恐怖が横切る。それを、小十郎は切羽詰まった頭の片隅に起こった痛みと共に見ていた。そうしながら、熱く立ち上がる雄心を抑え付けて彼の手ごと握り込む。
足下に海水が打ち寄せていた。二歩三歩と後退さる政宗を椰子の木に追い詰めて、その掌に腰を押し付ける。
驚愕に見開かれた片目が、小十郎のそれと視線を絡ませた。
「…うそだろ……」
声もなく、政宗が呟いた。
指先が彼の意志で動かされるまでしばらくの間があり、やがておずおずと擦られる。
たったそれだけの事に、思わず震える吐息が男の口から吐き出された。それを耳にし、信じられないものを見る顔の政宗が動揺に瞳を揺らした。
徐々に様子を変えて来る小十郎のその姿―――、顔を紅潮させて、息を殺し、唇を噛み締める。
自分の手の動き一つ一つに感じているのだと分かる。
それが政宗を堪らなくさせる。
「―――いいか…?小十郎…」
青年の問い掛けには男は応えない。
思わずむっとした。
政宗がするりと小十郎の手を振り解いたかと思うと、男の短パンの中へ掌を忍び込ませて猛り狂ったそれを直に握り込んだ。
「………んっ!」
荒いだ息の中に微かに声が混じる。
彼が余裕を無くしているのを本当に初めて見た。何時もは自分ばかりが訳が分からなくなって、彼だけが冷静で。
見せない姿があるのを、教えてくれない過去の中に閉じ込めていたのかと思った。だが、これ以上、隠したい表情などあるものだろうか。
無言で見つめ続けられ、小十郎が顔を背けた。その前髪が掛かる横顔を尚も見つめながら、政宗は不器用な手つきで男の雄心を扱いた。
「……感じてるんだろ…?」
見ればそれは明らかだ。
だが、どうしてもその言葉が聞きたいと思った。だから、余計に力を込めてグチグチと熱い塊をこねくり回した。男は息を呑み、その額を青年の肩に落とした。伏せた口から吐き出された熱い息が胸元に落ちて来る。
「言えよ…」と政宗は続けて呟いた。
もはや、どちらが追い詰め、どちらが追い詰められているのか分からなくなる。
「…何か、言え……っ」
仕舞いには子供みたいに泣きそうな声でそう訴えかけると、小十郎は震える吐息を大きく吐き出した。
「―――いい…」
最後に囁かれた低い男の声に、体が震えた。
その声に肌を愛撫されたかのようだった。下腹部に溜まる熱がまるで自分が施されているかのように、昂りを主張する。
「…小十郎……」
声もなく囁かれ、視線だけで青年を見やれば、
僅かに開いた唇から白い歯が僅かに覗いていて、その間の暗闇で赤い舌が蠢く。

「…したい……やらせて…」

忙しない呼吸の狭間で、切なげに政宗は言った。

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あきゅろす。
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