―記念文倉庫―
6
日付が変わる少し前に試合は捌けた。
興奮冷めやらぬまま人々は三々五々散って行く。会場の外にはTuKTukタクシーが列を成して乗客を待っていて、それぞれの場所へ帰って行く人々を乗せて散って行った。
ラサとカロンがここで別れると言う。
「えっ何で?!カロンちゃんが一人になっちゃうじゃんか!」
話を聞いた成実が声を張り上げる。
ムエタイの試合中に一緒にはしゃいでいる内に、言葉が通じなくとも気持ちは通ったようだ。なー?とカロンに表情で問うとカロンは成実のTシャツの裾を摘んだ。
「バカ成、聞いてなかったのか?」政宗が従兄弟の頭を小突いた。
「ラサはパトンビーチに魚売りに行かなきゃならねえんだろうが。それで昨夜もカロンはジワンの宿に世話になってたろ」
「あ、そうか―――。じゃ俺たちとゲームしよう」
ころっと笑うとカロンも微笑んだ。
「Return to the home with your younger sister.(2人とも家に帰れ)」
政宗と成実の背後から言い放ったのは、小十郎だった。
何事かと政宗は振り返り、ラサも無防備な表情を見せた。
「You think that I employed you as a guide for what?(何の為にお前をガイドとして雇ったと思ってる?)」
そうか、と政宗は気付いた。小十郎がラサとカロンをガイド役として雇った裏の理由に今思い当たった。
カロンには身内と過ごす穏やかな時間が必要なのだ。話したい事をじっくりと話し、あるいはただ側にいるだけでも良い。両親の死を共に悲しむ存在が、今正に必要としているものだった。
「Because drinking it pays a guide bill as much as you peddle it and again, return to the home with a younger sister for a while.(お前が行商して儲ける分くらいはガイド料払うから、しばらくは妹と一緒に家に帰れ)」
呆気に取られていたラサが不意に笑み崩れた。慣れた営業スマイルのそれではなく、不器用な青年の照れ笑いだった。
「You are a good-natured person.(お人好しだね)」
「It's the care that it doesn't need.(いらんお世話だ)」
「Or will I go to the hotel?(それとも、僕がホテルに行こうか?)」
クスクス笑いが深まって、小十郎は片眉を上げた。
「Return to the home!」
「OK! see you next day.」
ラサは軽やかな笑顔と共に妹の手を取ってTukTukに乗り込んだ。