民宿、もといホテルに戻ると未だ夜の8時を回ったばかりだった。
日本との時差マイナス2時間分だけおかしな感覚を味わったものの、体調を崩す程ではなかったのが救いだ。
遅くまで酷暑を齎していた太陽が沈んでから、だいぶ気温も下がった。25度前後と言えば立派な熱帯夜だが、プーケットは今が乾季で雨量が少なく、からっとした空気が吹き渡るので過ごし易かった。
食材を買い込んで来た彼らを、ジワンが目元に笑い皺を作って出迎えた。
「You are bought a lot of cooking ingredients.(またたくさん買い込んできましたね)」
「I didn't think that this localmarket was open for 24 hours.(24時間営業の市場だとは思いませんでした)」
愛想良く応えたのは小十郎だ、ジワンは自慢げに笑みを深くした。
「Because shops opening by time are different, you should perform the market many times.(時間帯によって開いている店が違うので、何度も行ってみると良いですよ)」
「Thank you.」
「Let's inform the kitchen.(キッチンにご案内しましょう)」
「I ask.(お願いします)」
キッチンは屋外に設置された離れにあった。
中は薄暗く油に塗れて煤けていたが、使い込まれている様子が見て取れて、そして何でも揃っていた。
ジワンが調理器具の場所や調味料、香辛料などの説明をしている間、政宗と成実は野菜や肉などを銀色の冷蔵庫に詰め込んだ。
そこへ、ひょっこりと青年と少女の2人連れが顔を覗かせた。
兄妹と見られるそのタイ人と、ジワンはタイ語で親しげに会話を交わした。手にした籠から青年が魚介類を取り出し、ジワンからバーツ紙幣を受け取る。
そうしてから青年は何故か少女を一人残してホテルから出て行ってしまった。
何となく様子を見ていた政宗たちを振り向いて、ジワンが微笑みながらその理由を話してくれた。
「His name is Lhasa, and He is a fisherman living in the neighborhood. He come to always sell fish by two livings with Charon of the younger sister.(彼はラサと言いまして、近所に住む漁師です。妹のカロンと2人暮らしで、しょっちゅう魚などを売りに来てくれるんです)」
ついでに、ラサが売って行った魚介類を買わないかと商売っ気も出して来る。小十郎は有り難くサザエのような巻貝を10個程買った。
「He employed a younger sister and where did go to?(彼は妹さんを置いて何処に行ったんです?)」
何気ない問いだった。ジワンも何の疑いもなく応えた。
「He go for the peddling of the fish in PatongBeach. Because he says that it's morning to come back, she receives it in a my house.(パトンビーチに行商に行くんですよ。戻るのが朝になるんで彼女はうちで預かってます)」
「Is it so?(そうですか)」
カロンは小十郎たちを不思議そうに眺めていたが、ジワンに促されてホテルの管理人エリアの方へと歩み去って行った。
その若魚のような健康的な後ろ姿を見送って、小十郎は夜中に行商に行くと言う兄の方へ思いを馳せた。観光客がわんさかと群がるパトンビーチ、昼はともかく夜はゴーゴーバーの他にも多くの快楽を満たすものがネオンサインとともに観光客を誘惑している。何事もなければ良いが、と小十郎は思った。
「Them I am this, too.(それでは、私もこれで)」
「Good night」
ジワンが立ち去った後、今の会話を説明しながら小十郎は青年・ラサから買った巻貝も冷蔵庫に仕舞った。