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―記念文倉庫―

屋台の主人と小十郎が散々苦労して会話を交わし(ジワンより更に訛りが酷かったのだ)、ようやく夕飯にありついた。
「なーなー、これから毎日毎食、屋台?」
トムヤンクンやチャーハンを旨いと言って頬張りながら成実はそれでも厭そうに問う。小十郎と綱元の視線は政宗に落ちた。その政宗はいかにも当然と言うように、応えた。
「んな訳ねえだろ、素泊まりっつったら自分で作るもんだ」
「え!!」まさかの返答に成実が固まった。
「朝市で食材買ってもいいけどな、せっかく海があるんだ。活きの良いのを獲ろうぜ」
「…獲ろうぜって…そんな楽しそうに―――」
「フィッシュングは観光客のアクティビティに入ってるぞ、成実」ウキウキと話に乗って来たのは綱元だ。
「食い物を確保するついでにクルージングも一緒に楽しめる、一石二鳥じゃないか」
たった半日で現地人顔負けに日焼けして、筋肉質な体をテーブルに乗り出す様は正に「狩り」に心浮き立たせる野生の男そのものだ。成実はそれを据わった眼で睨め付ける。
「綱もっちゃん、料理一つも出来ねえクセに…」
「その代わり大物釣ってやるぞ、期待してろ」
「え〜じゃあ、何時ビーチに行くのさ?!」
「ビーチじゃなくたって泳げるだろうが」口の端を歪めて言い差したのは小十郎だった。
「プーケットの東海岸じゃ、現地の人が漁の為に船を出したり素潜りしたりして魚を獲ってるんだからな」
「…素潜りに、素泊まり…」
「考えるだけでワクワクして来るだろ?」
トドメは政宗の良い笑顔だった。
プーケット島でのサバイバル生活が始まった、と成実は終に観念した。

屋台での食事の後、市内中央まで歩いて出た。
市内には時計塔と噴水サークルの2つのロータリーがあって、街のシンボルとなっている。その1つの噴水サークルから地元の食材が集まると言うローカルマーケットのエリアに足を運んだ。
市場は昼だけかと思っていたら24時間オープンのものもあった。そこをぶらぶらしながら明日の朝食の為に食糧を買い入れる。
「なあ、明日はビーチ行こうぜ〜。1日くらい遊んだっていいだろ〜」
観念した筈がまだ諦め切れないのか、明かりの眩しい市場の通りを成実はそうぼやき続けながら歩いた。
「うるせーなぁ、一人で行って来いよ」と政宗。
「パトンビーチなら車ですぐだろ。2、3時間泳いで帰って来りゃいいじゃんか!」
「駄目だ」言下に却下したのは小十郎だった。
「どーしてだよ〜」
「どうしてもだ」
「理由を言え、理由を!」
「理由なんざねえ」
「―――…」
小十郎の断固たる態度に成実は更にむくれたが、さすがに訝しく思ったのは政宗だ。2人の後ろを歩く綱元にこっそり耳打ちで尋ねた。
「何か理由があんのか?」
「ああ…えーと」戸惑ってから綱元は苦笑を浮かべた。
「ゴーゴーバーってご存知ですか、政宗様」
「…棒の回りを女が踊るショーの事だろ。パトンビーチが歓楽街だからか?」
「まあそうなんですが…それの男バージョンが流行ってるんですよ、パトンビーチでは」
「男?気色悪い…」
「タイ人の男は奇麗所が多いんだそうですよ。観光客、特に若い女は面白半分でそのショーを見に行くそうですが、男の方は本気で男を買う奴もいる。特に白人でそっちの気がある奴にしてみりゃ正に天国、付いた徒名がパラダイス・ストリートだとか」
「………」
「そんな訳で、白人にしてみればタイ人も日本人も見分けは付きませんから、政宗様たちが巻き込まれやしないか奴は心配してるんですよ…心配し過ぎだとは思いますがね」
むっつりと黙り込んだ政宗を和ませる為に、綱元は殊更おどけて見せた。
小十郎が何を思ってそんな心配をしているのか分かってしまった政宗には言葉もない。父・輝宗の死をきっかけに始まった慰めの連鎖。一度から二度、二度から三度―――何度でも、欲しがる程に。
ぎり、と心臓を締め上げる痛みに歯を食いしばる。
澄ました顔をしながら小十郎の脳裏にそれが描かれ、男娼と同じように自分が白人に襲われる事を危惧していたなんて、とんだ馬鹿野郎だ。
せっかくのバケーションで思い出される己の痴態に政宗はこっそりと舌打ちをした。
―――小十郎以外にあんな事されてたまるか…有り得ねえ。
「…でも、何でそんな事お前ら知ってんだよ?」
続けて問い掛けた時に思わず詰る風になってしまうのを、隠し切れなかった。
政宗はプーケット島に来る前に色々調べてみたが、そんな事は検索にヒットしなかった。前知識があった、と言う事になる。
「いや、日本はそれほどでもありませんが、海外では旅行客相手のこういった商売が盛んなんですよ。中でも東南アジアは人身売買を含む犯罪に相当気をつけなきゃならない所があって、タイはその中でも有名で」
言い訳じみた台詞だと綱元は自嘲した。
「…海外出張の多い綱元なら分かるが、小十郎は滅多に海外なんざ行かねえだろうが」
「俺が話しちまったんですよ」
「…ふーん」
ちら、と左目で綱元を見やってから、政宗は前を歩く成実の肩に手を回した。すっかりしょげている従兄弟を慰めてやる。
それを見送りながら綱元はまずったかな、と口元をひん曲げた。
小十郎のアメリカでの日々は暗黙の上に秘密にされて来た。詳しい事情を知っていた筈の輝宗も今はいない。綱元も医師の所で見た彼の体中の傷から推測しただけだ。本当の所は何も知らない。その上で小十郎は何一つ語らないのだ。
―――政宗様に聞かれたらどうするんだ?
嘘が上手いとは言えない男の身上を思い遣って、綱元は軽く溜め息を吐いた。

民宿、もといホテルに戻ると未だ夜の8時を回ったばかりだった。
日本との時差マイナス2時間分だけおかしな感覚を味わったものの、体調を崩す程ではなかったのが救いだ。
遅くまで酷暑を齎していた太陽が沈んでから、だいぶ気温も下がった。25度前後と言えば立派な熱帯夜だが、プーケットは今が乾季で雨量が少なく、からっとした空気が吹き渡るので過ごし易かった。
食材を買い込んで来た彼らを、ジワンが目元に笑い皺を作って出迎えた。
「You are bought a lot of cooking ingredients.(またたくさん買い込んできましたね)」
「I didn't think that this localmarket was open for 24 hours.(24時間営業の市場だとは思いませんでした)」
愛想良く応えたのは小十郎だ、ジワンは自慢げに笑みを深くした。
「Because shops opening by time are different, you should perform the market many times.(時間帯によって開いている店が違うので、何度も行ってみると良いですよ)」
「Thank you.」
「Let's inform the kitchen.(キッチンにご案内しましょう)」
「I ask.(お願いします)」
キッチンは屋外に設置された離れにあった。
中は薄暗く油に塗れて煤けていたが、使い込まれている様子が見て取れて、そして何でも揃っていた。
ジワンが調理器具の場所や調味料、香辛料などの説明をしている間、政宗と成実は野菜や肉などを銀色の冷蔵庫に詰め込んだ。
そこへ、ひょっこりと青年と少女の2人連れが顔を覗かせた。
兄妹と見られるそのタイ人と、ジワンはタイ語で親しげに会話を交わした。手にした籠から青年が魚介類を取り出し、ジワンからバーツ紙幣を受け取る。
そうしてから青年は何故か少女を一人残してホテルから出て行ってしまった。
何となく様子を見ていた政宗たちを振り向いて、ジワンが微笑みながらその理由を話してくれた。
「His name is Lhasa, and He is a fisherman living in the neighborhood. He come to always sell fish by two livings with Charon of the younger sister.(彼はラサと言いまして、近所に住む漁師です。妹のカロンと2人暮らしで、しょっちゅう魚などを売りに来てくれるんです)」
ついでに、ラサが売って行った魚介類を買わないかと商売っ気も出して来る。小十郎は有り難くサザエのような巻貝を10個程買った。
「He employed a younger sister and where did go to?(彼は妹さんを置いて何処に行ったんです?)」
何気ない問いだった。ジワンも何の疑いもなく応えた。
「He go for the peddling of the fish in PatongBeach. Because he says that it's morning to come back, she receives it in a my house.(パトンビーチに行商に行くんですよ。戻るのが朝になるんで彼女はうちで預かってます)」
「Is it so?(そうですか)」
カロンは小十郎たちを不思議そうに眺めていたが、ジワンに促されてホテルの管理人エリアの方へと歩み去って行った。
その若魚のような健康的な後ろ姿を見送って、小十郎は夜中に行商に行くと言う兄の方へ思いを馳せた。観光客がわんさかと群がるパトンビーチ、昼はともかく夜はゴーゴーバーの他にも多くの快楽を満たすものがネオンサインとともに観光客を誘惑している。何事もなければ良いが、と小十郎は思った。
「Them I am this, too.(それでは、私もこれで)」
「Good night」
ジワンが立ち去った後、今の会話を説明しながら小十郎は青年・ラサから買った巻貝も冷蔵庫に仕舞った。


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