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―記念文倉庫―


近所の寺で撞かれる除夜の鐘の音を聞きながら年越し蕎麦を食い、その足で車に飛び乗り交代で運転する事6時間、成田空港に到着した一行は大急ぎで飛行機に飛び乗った。
政宗が伊達家筆頭となって約1年―――。
仕事にも馴れ、体調もだいぶ快復した事もあって、正月に1週間の休みを取って彼と伊達三傑は、タイのプーケット島で過ごす事にした。
成田からの直行便で8時間、赤道直下8度に位置するこの島は、正しく常夏のリゾート地だ。

「夏だ!海だ!!太陽だぁっ!!!」
プーケット国際空港に到着するや否や、喜びを通り越して半ばヤケクソに成実が叫んだのも無理はない。
積雪を見た仙台の気温は1度前後。一方、今昼下がりの強烈な日差しが降り注ぐプーケットは30度、いや40度近くある。セーターやジャケット所かシャツも脱いでランニングだけになっても、堪え難い暑さだった。
同じように飛行機を降り立った他の日本人観光客が、ぐったりした成実の傍らをくすくす笑いながら通り過ぎて行った。
その一人に頭をはたかれる。
「いてっ!!」
政宗だった。
「恥ずかしい野郎だ、バスに乗り遅れるぞ」
言い捨てて背を向ける従兄弟を成実は唇を尖らせて見送った。

舗装されているとは言い難い道を乗り合いバスに乗って、40分程でプーケット県庁所在地であるプーケットタウンに到着した。だがその頃には成実だけでなく、涼しい顔した政宗までもがダウンしていた。
その余りの道の悪さと運転の乱暴さと、冷房のない車内の暑さで。
2人の荷物を、代わりに小十郎と綱元が担いでバス乗り場からホテルへ向かった。
「やはりレンタカーを借りるべきでした。明日、空港に行って来ましょう」と、小十郎は隣を歩く綱元に言った。
「そうだな、盗難なんかに気を付けりゃ大丈夫だろう」
「小十郎」
難色を示したのは政宗だった。
海外で車を運転する為の国際免許を持っているのは、小十郎と綱元だけだ。2人が運転手代わりなってしまうのを避ける為、今回はプーケット内での交通手段のみを使う事にしていたのにこれでは元の木阿弥になってしまう。
「移動時間を制限されるのも、他の観光客に紛れるのも、俺たちはお断りですよ、政宗様」ちょっと振り向きつつ小十郎は言った。
そう言う気遣いをされては黙るしかない。
政宗は小十郎と綱元の後ろ姿を見やってから、プーケットタウンの町並みを眺めた。
観光客は相変わらず多いが現地の住人も多い、南国の都市だ。その観光客を大量に乗せた大型のリムジンバスも良く見かける。
街のあちこちに掲げられた看板に書かれたものは、アルファベットのように見えてその実読めないものも多い。英語が使えれば何とかなると話には聞いていたが、正に海外に来たのだと言う実感が湧いて来る。
また、道を歩く人々はアジア人がほとんどだ。白人は、ビーチの少ない東側(プーケットタウンも東側だ)ではちらほら見かける程度だった。
更にタイ人と日本人の見分けはほとんど付かない。その荷物や行動で観光客か否かを判断するしかない。
20分程も歩くとプーケットタウンの郊外に出た。
ホテルは何処だときょろきょろしていた成実が、立ち止まった綱元の荷物に鼻面をぶつける。
「んだよ、綱もっちゃん!急に立ち止まんなよ!!」
文句を言った先にあったのは、半ば森に埋もれるようにして佇む木造の平屋建てだった。どう見てもただの民家だ。
だがその前で立ち止まった綱元は面白そうに言った。
「ホテルだ」
「……これが?!」
「俺の知り合いが主人と顔馴染みでな、穴場っつうか隠れ家的ホテルだ」
「これホテルっつーより民宿だよ!なんとか荘とか言う名前でさ、食堂のおばちゃんがハエ追っ払ってたりする!!」
「まあ、似てるが食堂のおばちゃんはいねえ」
「は?」
「ここは素泊まりだ」
「はあ?!」
有り得ねえ…、リゾート地に来て素泊まりとか、こんなオンボロ民宿とか。
マリオットホテルやその辺りの高級リゾートホテルを期待していた成実がぶつくさ言うのを、政宗がその耳を引っ掴んでずるずるとホテルの中へと引き込んで行った。

「サワディー・クラップ(こんにちは)」
声を掛けつつ開けっ放しの玄関に入る。
暫くして、灰色の髪を短く刈り込んだ初老の男が出て来た。
「えーと、ジンディ・ティー・ダイ・ルーゥチャック・クラップ。ボム・チュー・ツナモト=オニニワ・クラップ…」
綱元がメモを片手にカタコトのタイ語で挨拶した。
すると男は破顔して言った。
「はじめまして、ワタシはジワン・サナプーです」
多少イントネーションや発音が怪しいが、なかなか流暢な日本語だった。
「ああ、良かった」
安堵したのも束の間、ジワンは申し訳なさそうに言い添えた。
「The Japanese understands only greetings. May I talk in English?」
日本語は挨拶のみだ、と話すその英語はかなり酷いタイ語の訛りがあって、ヒアリングがやっとの綱元にはまるでチンプンカンプンだった。思わず助けを求めて政宗を振り向いた。
「It's prepared a room. Please to this place.(お部屋を用意してます。どうぞこちらへ)」
「―――…」
「どうなさったんです、政宗様?」
ジワンが歩き出したのを追いつつ、綱元は政宗に耳打ちした。
「…訛りが非道くてわからねえ…」
「え」
「だいたいこんな事言ってんだろうなってのは文脈で予想付くが、単語が聞き取れねえんだよ…」
「えー、まさむー使えねえ」
政宗は隣を歩く成実の頬を抓って引っ張った。
「Which do you go out in from now on? I cannot prepare supper in the house.(これからお出掛けに?うちでは夕食をご用意出来ませんが)」
申し訳なさそうに振り向きつつ言うジワンに、政宗は言葉を詰まらせた。
「I understand it. I want you to teach it, if you know the delicious shop of the stand.(わかってます。屋台の旨い店をご存知なら教えて頂きたいのですが)」
脇からスラスラと応えたのは小十郎だった。
彼の英語は政宗程ネイティブではないが、ジワンには伝わったようだ。男は嬉しそうにおすすめの屋台の店の名と、店の主人の名や特徴を教えてくれた。ジワンからの紹介なら安くしてくれるだろうとも言い添えて。
にこやかにタイ人とブロークン・イングリッシュを交わす小十郎を、政宗は思わずまじまじと見つめていた。

部屋に入るとそこも又開放的な作りで、庭に向かって壁の3面が柱だけの連なりに支えられていた。熱帯の森の中に、籐製の古ぼけたテーブルセットの置かれたテラスが張り出している感じだ。部屋の奥は麻布で造られた簡易なソファセットが置かれていて、衝立てで仕切られた所には二つ一組でベッドがある。
その部屋で着替えを引っ張り出しながら、成実が言った。
「かたくー、あのおじさんの言葉よく分かったね」
「…まあ、俺の英語は元々ネイティブなもんじゃねえからな」
「何処で覚えた?」
荷物の中からペットボトルを取り出しつつ政宗が何気なく問う。
「アメリカの、下町で」
「え、何かたくーアメリカ行ってたの?」
「1年ちょっとだけだ」
「アメリカの何処?」
ペットボトルの向こうから政宗は片目で凝っと小十郎を見つめる。見つめられた方は言葉を探す間があってから応えた。
「ボストン、です」
文法や単語は日本で勉強したが「生きた英語」はそこで吸収した。奇麗なネイティブだけではない、体で学んだのはスラングと言われる非道く崩れた型のものだった。小十郎は自分の中でそのスラングとネイティブとの違いに折り合いを付けつつ、英語を身に付けたのだった。
「ふーん…」と政宗は納得したような、してないような微妙な気配で呟いた。何を考えているのか分からないポーカーフェイスだ。
「ともかく、その屋台に行ってみましょうか?政宗様」
そう綱元が声を張り上げたのでその場はそれきりとなった。


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