「サワディー・クラップ(こんにちは)」
声を掛けつつ開けっ放しの玄関に入る。
暫くして、灰色の髪を短く刈り込んだ初老の男が出て来た。
「えーと、ジンディ・ティー・ダイ・ルーゥチャック・クラップ。ボム・チュー・ツナモト=オニニワ・クラップ…」
綱元がメモを片手にカタコトのタイ語で挨拶した。
すると男は破顔して言った。
「はじめまして、ワタシはジワン・サナプーです」
多少イントネーションや発音が怪しいが、なかなか流暢な日本語だった。
「ああ、良かった」
安堵したのも束の間、ジワンは申し訳なさそうに言い添えた。
「The Japanese understands only greetings. May I talk in English?」
日本語は挨拶のみだ、と話すその英語はかなり酷いタイ語の訛りがあって、ヒアリングがやっとの綱元にはまるでチンプンカンプンだった。思わず助けを求めて政宗を振り向いた。
「It's prepared a room. Please to this place.(お部屋を用意してます。どうぞこちらへ)」
「―――…」
「どうなさったんです、政宗様?」
ジワンが歩き出したのを追いつつ、綱元は政宗に耳打ちした。
「…訛りが非道くてわからねえ…」
「え」
「だいたいこんな事言ってんだろうなってのは文脈で予想付くが、単語が聞き取れねえんだよ…」
「えー、まさむー使えねえ」
政宗は隣を歩く成実の頬を抓って引っ張った。
「Which do you go out in from now on? I cannot prepare supper in the house.(これからお出掛けに?うちでは夕食をご用意出来ませんが)」
申し訳なさそうに振り向きつつ言うジワンに、政宗は言葉を詰まらせた。
「I understand it. I want you to teach it, if you know the delicious shop of the stand.(わかってます。屋台の旨い店をご存知なら教えて頂きたいのですが)」
脇からスラスラと応えたのは小十郎だった。
彼の英語は政宗程ネイティブではないが、ジワンには伝わったようだ。男は嬉しそうにおすすめの屋台の店の名と、店の主人の名や特徴を教えてくれた。ジワンからの紹介なら安くしてくれるだろうとも言い添えて。
にこやかにタイ人とブロークン・イングリッシュを交わす小十郎を、政宗は思わずまじまじと見つめていた。