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―記念文倉庫―

「でもさ〜ぁ、かたくーさぁ」
武者控えの間で身支度を整える成実がぐちぐちと零す。
同じように襷掛けで袂を括り、戦袴に脛当ての紐を結んでいた小十郎は黙まりを決め込んでいる。
「何でも良いけどさー、でもさーぁ」
「黙って支度なさい、成実様」と諌めたのは綱元だ。
「だぁってさ〜、なあ?」
最後のなあ?は、少し離れた所で身支度をする良直たちに向けられたものだ。しかし彼らは話を振られた事に飛んでもない、と言うように無言でぶるぶる首を振った。
他にも10人以上の手練が居り、そのどれも信頼の置ける人物だった。だが、彼らも聞かなかった振りをするばかり。
成実は唇を尖らせて、もう一度小十郎を見やった。
身支度を終え、立ち上がった男が睨めつけて来る。だが、その腹に晒しで括り付けられた幼な子の後ろ姿が如何ともし難かった。
成実は思わず吹いた。
ぎゃははははっ、と溢れた爆笑にビキビキと音を立てて顔を引き釣らせる小十郎。
その左手が刀の柄に掛かり、殺気を湛えた眼光が成実のそれを貫く。
「―――先ずは手前から葬ってやろうか…?」
「ぎゃははっ!勘弁、カンベンしてよ〜かたくー、笑っちゃうから!だめ〜っ!!」
「………」
鬼の形相も効かないと見て、小十郎は溜め息を吐くしかない。
「Are you ready?」
そこへ軽快な声が聞こえて、城主が姿を現した。
稽古着である青い小袖袴に革製の黒い陣羽織をぞろりと着流している。内着の中に鎖帷子を着込んで一刀を肩に担ぐ姿は、どちらが曲者か分からない有様だ。
その彼の眼が、小十郎の腹にへばりつく"もの"を見つけ、ぴくりと眉を動かした。スタスタと歩み寄ってその前でぴたり、と止まる。
「政宗様、これは…」何かを言い掛けた小十郎は口を噤んだ。
年若い城主は小十郎にしがみ付く幼な子の頬っぺたを後ろから摘んで見せたのだ、思い切り。
「らひほふる!!ふぁふぁふれれふぁふぉう!ふぁらへ!!!!」
何を言っているのか皆目分からないが、顔を捩って暴れる梵天丸が怒っているのだけは知れた。
ぱちん、と手を離すとキッと睨みつけられた。それを見返す政宗の白い視線は冷ややかな怒気を孕んでいる。正に一触即発、と言った状態だ。だが先に眼を反らしたのは政宗の方で、結局一言もない。
「いいか手前ら、これから四手に別れて城中を見回る。俺と小十郎は一の丸を西から回って裏手門から本屋敷へ入る。成実と良直は東から回って本屋敷だ。綱元は連れの連中と一緒に各所の隅櫓を見回れ。文七郎と孫兵衛は二の丸、三の丸を順次巡ってここへ戻って来い。以上だ」
人を四つに別け、それぞれが6人組になるよう仕立て、彼らは武者控えを発った。

表は既に今日と言う日が暮れようとしていた。
昼過ぎから降り出した雪は止む気配も見せず、しんしんと何時果てるともなく降りしきる。郭の道を歩くと踝まで埋もれる程だ。
「小十郎…いったい何事だ…?」
眠そうな声が小十郎の腹の辺りから上がる。
体が密着していて、そこだけが熱い。子供は体温が高いと言うのは本当らしい、そんな事を考えつつ小十郎は返答に詰まる。暗殺者の存在を、このまだいとけない子に教えて良いものか。
「俺たちに死んで欲しいと思ってる奴らが城中に潜んでる」
迷っている間に、先頭を歩く政宗が応えてしまった。
「むほんか?」
「さあな。身内の手の者じゃなくて他国の謀かも知れねえ」
「そなたは外交でも余人にきらわれたのであろう」
「………っ!」ホンットにムカつく餓鬼だ、そんな表情で政宗は罵声を飲込む。
「領主ってのは好き嫌いでやるもんじゃねえんだよ。力関係と勢力図の移動が全てだ。この俺を目障りに思う者がいりゃ、それは俺の持ってるもんが欲しいって事だし、逆に俺に協力を求めて来る奴がいりゃ、別の所で戦を仕掛ける為に足固めをしてえって腹がある。誰が人の顔色を窺いながら刀振るうかっての」
「そんなことわかっておる!」
「いいや、手前は分かっちゃいねえ」
やけにきっぱりと政宗の背が言い切った。梵天丸は首を捻って背後の政宗を見ようとしたが、きっちり晒しで括られた体ではそれは適わなかった。
「自分が伊達家の傀儡だって事を、一つも分かっちゃいねえ」
「…かいらい…?」
「政宗様」
そんな風に思っていたのか、と小十郎までもが息を呑んだ。
「良き政をしてくれる立派な領主って言や聞こえは良いが、どんだけ回りの者の言う事を聞くかって事だろ。そりゃつまり、体の良い下男働きじゃねえか。そいつを基準にガキの時分から何だかんだと吹き込みやがる。―――で、手前は?」
「…なんだ、梵がなんだというのだ」
「手前が跡継ぎを外されかかってる理由だよ」
この頃の記憶があるのか、政宗は正しく今の梵天丸を苦しめる問題をさらりと言い当てて見せた。
梵天丸が見上げた先で小十郎と視線が合った。懸念を露わにしているのは梵天丸の身を案じての事だったが、幼な子は気恥ずかしいような情けないような、何やらいたたまれない気分で俯いた。
「理由は何だと思ってるのかって聞いてんだ」
「…そなたには関係ない!」
「ない訳ねえだろ、アホか手前?」
丸太を組んだ柵が郭の内部を所々複雑にしている。そこを回りながら政宗は柵越しに、小十郎に抱えられた梵天丸を冷ややかに眺めやった。
「母親に嫌われてるから、か」
矢のように鋭く言い放たれた一言。
「だまれ!!」
幼な子は甲高く叫んだ「だまれだまれだまれ!!!!!」
それに負けじと息を吸い込んだ政宗は、幼い声を封じて吠えた「いいから聞きやがれ!」と。
「愛情なんか元々あるか、生まれて直ぐ乳母に預けちまうんだからな。それより、あの女の頭ン中にあるのは"領主の母親"になれるかどうかって事だけだ。今は"領主の北の方"だが、行く末は破れ寺の尼さんになっちまうかも知れねえ。そんなのはPrideの高えあの女に堪えられる訳がねえ。だから、…だからだ」
土塁に添って歩いて行くと、松明の明かりが見えた。本屋敷の裏手門だ。その赤い色を見つめながら政宗は言葉を継ぐ。
「だから従順そうで体も頑丈そうな小次郎に家督を継がせようと周囲は動く」
「………」着物の袂で目元をごしごし擦っっていた梵天丸が動きを止めた。
「…そんな理由で、領主はきめられるのか?」
「そりゃ、他にも色々あるだろうさ。腕っ節の強さやら、博識だとか。だがそんなもんは後で努力すりゃ何とでもなる。俺が話してんのは努力してもどうしようもない"生まれつき"の事だ」
「うまれつき…」
「だってそうだろ。手前、厭って事は絶対しねえし、変だと思や誰彼構わず何故って問う。それが苦々しいって思う連中が、小次郎みてえに大人しい子供を後押ししてんだよ。後押しする家臣の頭数が増えりゃ、お前の母親はそちらへたなびく。だから小次郎を次期頭首になんぞとほざく。下らねえ、数押しの争いだ」
裏手門は閉ざされていた。
その前に立って政宗は、小十郎とその配下の者四名を眺めやった。彼が眼で合図すると徒士らが二人、小走りで丸太に鉄錨を打ち付けた裏手門に取り縋る。
歩きながらぶら下げていた刀を政宗が腰に差したのと、小十郎の右手が鯉口に掛かったのがほぼ同時だ。
徒士は丸太を叩き、中へ声を掛ける「筆頭の見回りである、門を開けよ」と。
返事は中々帰って来ない。
門が開くのを待ちながら、政宗の視線が幼な子に落ちた。
「いいか、クソガキ。たったそれだけの事なんだよ、うじうじ泣くな」
小十郎が体を横にする事で、梵天丸は未来の自分の姿を見る事が出来た。
彼は、片方だけの瞳に静かだが燃えるような意志を宿して幼な子を見ていた。それを見返す梵天丸、彼はそこから何を得るのか。
それを思い遣りつつ、小十郎は腰の一刀を抜き払った。

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