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―記念文倉庫―

何かを言い掛けた小十郎の口を己のそれで覆って、政宗は上から男を押し倒してやった。その腹の上に跨がったまま、激しく男の唇を吸い上げ、舐り、舌を這わす。
「…お前…、あの頃のまんま…育ちゃ良かっ…た、て思ってんだろ―――。どこをどうした、ら、こんな野郎に…育ったか―――って…」
するり、と男の両手が政宗の耳の下を捕らえた。
かと思うと、息を継ぐ間もない程の口付けを与えられる。
応じる青年の舌に舌を絡め、歯列をなぞり、口蓋をぞろりと這う。合わせた唇の隙間からあられもない水音を掻き鳴らして口腔内を蹂躙する。
少し離れては、青年の溢れる唾液を吸い取るように音を立てて口角を吸い、離れるのを惜しむように伸ばされる舌先へ舌を絡め―――…。
「…も、…バ、カヤロ…ウ…」
唇を啄まれつつ政宗は嘯いた。
それへ、彼の涙に濡れた左目を見つめつつ小十郎は応えた。
「愛しいお方だ…」
「………っ!」
「もう、殺めなくとも良いのですよ?」
政宗は言葉もなく、額を男の首筋に押し付けた。
「…本ッ当…反則だろ、お前―――」
「反則…?」
問おうとした男の唇を再び唇で塞ぎ、今度こそお互いの熱を高める行為にひた走る。
ぴっちり合わせた着物の襟を掻き開き、その中へ冷たい掌を這い入らせる。男の腹の上で腰をくねらせわざと陰部を擦り付け。そうやって必死で求める青年の肩を抱き寄せた小十郎が、片肌脱がそうと手に力を込めたその時。
とててててっ
例の軽い足音を聞き違える筈がない。
二人は目を見交わすと慌てて身体を起こした。そしてお互い明後日の方向を向きつつ着物を整える。
ダン、ダン、ダン!!!
重い妻戸を開ける事が出来ず、廂間から思いっ切り叩く音が耳を聾した。政宗は盛大に溜め息を吐き、小十郎はそんな主に苦笑を一つ寄越した。
立ち上がった小十郎が妻戸を引き開くと、どうやら風呂上がりらしい血色の良い顔が自分を見上げていた。
「どうなさいました、梵天丸様?」
梵天丸は応えず、奥の床の間で脇息を抱えて煙管に今火を灯した政宗を見やった。
「政宗になんかされなかったか?」
「何か…とは…?」
「夜盗のようにひとを襲っているそうではないか」
げほっ
煙に咽せた政宗が、向こうの方でげほげほと息を詰まらせる。
「梵天丸様…政宗様はこの小十郎にはそのような事はなされません。むしろ、天にも昇るような心地にして下さる」
「…おいっ、小十郎!!」
慌てた政宗は声を荒げて詰る。
「天…?」
「はい」
自分の前で片膝突いて視線の高さを合わせてくれる男を、梵天丸は訝しげに見つめる。その頭の中で如何なる思考が巡ったか知らないが、やがて幼な子はこう言った。
「べたぼれ、というのは真だな」
どういう反応をして良いのか分からぬ小十郎は微妙な笑みを固まらせたままだった。居室の奥では政宗が朱を登らせた顔を見せぬように向こう側へ捻っている。
小さな子の与り知らぬ空気に、梵天丸は首を傾げるばかりだった。

12月大晦日。
今年最後の大仕事として、城門前に民百姓が総出で門松を立てる。
朝も早くから雪の降りしきる竹林へ分け入り、両手の指が回らぬ程の太く立派なものを十本切り出して来るのだ。それを台車の乗せてえんやこらと城まで運び入れる。
松の枝は更に遠所の八幡神社から取り寄せ、松の割薪や荒縄などと共に必要なものが用意される。
城中の炊食部では、今頃酒や肴などの用意が成されている頃だろう。門松立てに参集した彼らに後で振る舞われるものだ。
その作業を眺めていた政宗は、傍らの小十郎に耳打ちされて城中へ戻った。梵天丸が相変わらずくっついて回って政宗に睨まれたりするが、幼な子の方もあかんべで返すなど、どちらもどっちだった。

その知らせを取り次いだのは、城内の雪の積もり具合を見て回っていた良直と文七郎だった。
水涸れした堀を埋め尽くす程の積雪を足掛かりに、獣が城中に迷い込む事がままあった。滑りそうな石垣の淵に立って、一人が木の幹を抱えもう一人の腕を取る。辺りを見渡せば、下生えの木々が丸々と雪帽子を被って幾つか獣の足跡を見分ける事が出来た。
「ここはまだ平気そうだ」
「あいよ」
相棒の腕を引いて、文七郎は手に着いた木っ端を打ち払う。
その二人の眼が前後して石垣の上のその人物を捕らえた。
雲水、いや修験者の装束を纏った大柄なその男は、油断なく良直たちの全身を睨めつけた。
「伊達家家臣の方とお見受けする…」
厳つい顔にはめ込まれた眼球はまるで漆黒、その語る言葉は沈殿する澱、正に陰気の一言が相応しい男だった。
問われて良直が一歩前に出た。
「ああ、そうだが―――あんたは?」
「虎哉和尚の遣いで参った。城主にこちらを渡してもらいたい」
「………?」
男に近寄って行ったのは文七郎だ。腰の太刀に左手を添えつつ、男の視線を覗き込める距離まで詰める。そうしてから、山伏は左手を差し出した。
「………」
じりじりと更に歩を進め、文七郎は山伏の右手が動かぬうちにその書状を引ったくる。
「あ?!」
言葉にならぬ声を上げて文七郎はたたらを踏んだ。
顔を庇った腕を振り下ろし、堀の向こうへ視線を投げる。そこには既に山伏の姿はなく、動くものと言えば飛び退って行く黒い鴉一羽のみだった。

「…んで、何で虎哉の奴は資福寺を空けて蔵王権現になんぞ行っちまったんだ、この晦日に」
小十郎は隣に座す鬼庭綱元と視線を見交わした。
「そりゃあ、梵が和尚の大事な茶碗、割っちゃったからじゃ〜ん」
二人がせっかく発言するのを控えたと言うのに、遠慮と言うものを知らない成実は極軽く言い放った。
ぐ、と詰まった政宗は小十郎の膝の上にちょこんと座った梵天丸を見やった。この幼な子は蜜柑などを頬張って話を聞いてすらいない。
いや、聞いていないようでちゃんと聞いているらしいのが後で困るのだが。
「…ともあれ、他ならぬ虎哉和尚の忠告です。ここは城への人の出入りを禁じて防御を固めるべきかと―――」
開いた書状を手にした小十郎が言い募るのに、当の領主はと言えば、座した高段から足を伸ばして梵天丸にちょっかいを出していた。
「政宗様…!」
「Ah?んな事出来る訳ねえだろ。今日だってまだ上げ物持って来る民百姓はいるんだ。それに、明日未明からは祝賀の礼を取りにわんさか家臣がやって来る。それを門前払いしろってのか?」
「しかし―――」
「政宗様の警護は我らと良直たちとで当たります」
渋る小十郎を他所に綱元は言う。
「虎哉和尚の仰られる暗殺集団とやらが何者の手になるのか気になる所ですが、先ずは正月三が日を無事に過ごさねばこの一年、先行きの見通しが暗くなりましょう」
「だから、どいつもこいつも正月に戦を起こすのが好きなんだろ」
そう呟いて、唐突に政宗が息を呑んだ。
梵天丸が自分の膝を蹴って来る青年の足の小指を逆にへし曲げたからだ。
「…ンの、クソガキャア!!!!!」
彼ら近侍しかいない奥書院でドタバタと鬼ごっこが始まる。
綱元は肩を竦めるだけだったが小十郎はどうしてくれようこの二人、と額に血管を浮かせている。成実に至っては「俺も俺も!」とほざいてその鬼ごっこの輪に入った。
政宗を邪魔する方向で。

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あきゅろす。
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