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―記念文倉庫―
7●
奇妙な形でループした時の輪は、捻れた螺旋を描いていた。
そのままでいいと、当事者の二人がそう思った時点でそれは永遠に固定されたかに思われた。
決して出会わない二つの影。
ただ、そこにあるのは熱い肉体だけで。
体を繋げて、揺さぶって揺さぶられて、そこから得られる歓喜を余さず掬い取って行く。
それだけで良かった。
ただ、声もなく唸る野上が青年の身体に覆い被さりながらその耳元で囁いた一言は、愚かな人間の無いもの強請りだったか。
男はこう言った。
「…小十郎、って呼べ―――」
何、何でと煮立った頭の中に疑問が湧いたが、意識するより早く喉は動いていた。
「あ、…こじゅ、ろ…っ、んっ―――!」
甘い声で呼ばれて男は唇を噛み締めた。
「う…あっ…な、に…っ、ウソ…!!」
身体の中の野上がはっきりそれと分かる程、大きく堅くなって徹の意識を圧迫した。
断末魔の叫びのように高く長く啼きながら、徹の身体が激しく跳ねた。それを逃がすまいと男は貪欲に追い詰める。
はしたないとかの度合いではなく、それはもう下卑た行為ですらあった。バリバリと音を立てて突き抜けた電撃に、身体が粉々になってしまうような気がした。
「や…あっ、も…こじゅ…ろ、も、や、ぁ…っ!!」
そう懇願する声が男をより煽り立てるのだなどとは思いも寄らない。子供のように泣きじゃくる体を抱いて、

―――野上は400年の孤独の内に、果てた。


長くて激しい時が終わって、ぐったりしたまま時計を見るともう日付が変わる時刻だった。
野上に促されて、散らかった服の山から携帯を取り上げようとしたら、ピキーンと音を立てて体が固まった。
「いててててて…っ」
毛足の長いカーペットに突っ伏して呻いていると目の前に自分の携帯が差し出された。「サンキュ…」と呟いてそれを受け取り、自宅の番号をコールする。
その徹の背後では野上が簡単に服を着て、何事もなかったかのように部屋を出て行った。
「ああ、詩織?母さんは?―――そうじゃ、伝えといて。今夜は友達ん家に泊まってくって。…うんそう、じゃな―――」
携帯を切って、散々苦労しながら体を横にした。突っ伏しているより楽になった。肌寒いな、と思えばそう言や素っ裸だと思い出した。空調は効いているが、これじゃ風邪を引く。
野上さんの野郎、ヤるだけヤったらハイさよならかよ。
「うー痛え」とか「うー寒い」とかぶつくさ床に向かって吐き出していたら、前触れもなく体が持ち上げられた。
―――これが噂のお姫様抱っこか…。
彼女を抱き上げようにも腕力の足りない徹は未だかつて成功した試しがない。一度チャレンジしてコケてテーブルに頭をぶつけてからは、チャレンジもしていない。それをこうも軽々と。
リビングを出て行く前に、徹は声を張り上げた。
「おい、ちょっと!俺のモンステラは!!」
それは前回の事だろうが、そう思いながら徹が記憶の混濁を起こしているのを指摘はしない。多分、前回は徹にも余裕がなかったのだろう。野上は思いっきり渋い顔して、唸るように応えた。
「もう片付けた。心配すんな、枯らさねえよ…」
「そっか、―――大事にしろよ」
これには応えはなかった。

抱き上げられて連れて行かれた先はベッドルームだった。
リビングが黒を基調として設えられているとしたら、ここは深い深い青の世界だった。海の洞窟みてえ…、と徹はぼんやり考えた。
蒼に抱かれながら、この男は眠って来たのだ。
裸のままベッドに横たえさせられて、上から柔らかい布団を被せられた。目を閉じたらどっと眠気が襲って来る。
「寝るか?それとも何か食うか?」と男の感情の籠らない声で聞かれた。
「寝る―――」
「そうか」
野上の気配が遠ざかる気配がして、重い瞼を開いた。
「あんたは?俺がここ占拠したら…」
「あっちにソファベッドがある」
「ああ、そう…」
すとん、と意識が闇に落ちた。

水中から浮き上がるような感覚で目が覚めた。
冷気を吸い込むと布団の中の暖かさを却って強く感じる。もっとずっとこの温もりに浸っていたいと、ベッドの上でもそもそ体の位置を変えた。心地の良い二度寝を浅い眠りの中、行ったり来たりして楽しんだ。
意識がはっきりして来ると、今ここにいない男の事を考える。
「小十郎」と、自分に似た誰かは彼の事を呼んでいたのだ。
それは何と甘く、何て優しい響きだったか。
しかし、男の口付けが見せる昏い深淵、それは喪失の響きを持っている。あれだけ深く激しく愛したその人物を、野上は永遠に失ったのだ、と思った。そしてその亡霊に未だに捕らえられている。
腹立たしさよりも胸を締め付ける程の哀しさが自分の中にあるのを、知った。
こんな事ってあるだろうか。
自分の知らない「誰か」を密かに愛し続けている野上が、飛んでもなく愛おしかった。
少しだけ泣いて、起き上がってみると体が楽になっていた。
ベッドサイドのチェストにきちんと折り畳まれた自分の服を着て、ベッドルームを出る。リビングに野上の姿はなかった。顔を洗いたいと思ってその辺をうろうろしていると、男の声が聞こえて来た。
廊下にある扉の一つをノックもせず開けた。
「ほう」と言葉のない感嘆の溜め息が漏れた。
そこは、今度は真っ白な部屋だった。余り広くはなく、その割りに所狭しと様々な観葉植物が並んでいる。イオン効果が高そうだなと思ってそこに踏み込んだ。
窓際にデスクがあって、そこに野上はこちらに背を向けて座っていた。徹がプレゼントした小振りなモンステラは、その上にちょこんと乗っかっていた。
「はい…わかりました。今夜中には必ず。はい…申し訳ありません」
その台詞の途中から気配に気付いた野上が、こちらを振り向きつつ電話を切った。何だかバツの悪そうな表情で目を反らされる。
徹は、今の台詞の片鱗とデスクの上に広げられた紙束とで状況を察した。
「…何?これが世に言う修羅場って奴?」
男が寝てないのは、デスクの上の冷め切ったコーヒーと灰皿に山盛りにされた吸い殻を見れば分かる。
―――この男は…。
「原稿の締め切りだってのに、何で一言も言わねえんだよ!!」
「お陰で楽しませてもらった」
全然楽しんでない仏頂面で男は言い放った。
「なっ!!!!!」
「下手な女よりよっぽど色っぽかったぞ」
「………っ!」
怒鳴りたいのか恥ずかしいのか、訳の分からない憤りで言葉が出て来なかった。このエロジジイが、と言う台詞が頭の中を一巡りして。だが、クリップで留めた原稿を眺める彼の横顔に、さすがに疲労の陰りが落ちているのを徹は見て取った。

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あきゅろす。
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