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―記念文倉庫―

年下たちの面倒を見たり、年上に気を遣ったりしながら正月三が日が終わっていた。
東京に戻って来て最初にぶらりと訪れたのは、野上のマンションだ。
部屋の主がいるのかいないのか分からないまま、フロントで彼の部屋番号を押す。
「どちら様ですか?」
懐かしい声が聞こえて来て、安堵に胸を撫で下ろした。
「ちーす」と言う一言だけで相手は来訪者が誰か分かったようだ。オートロックが外れる音がして「入れ」と男は短く告げた。
前回と同じようにコーヒーが二つ用意されて、前回男に組み敷かれたのと同じソファに腰を降ろす。こんな所で同性とエッチしたのか…と、まるで他人事のように感慨に耽った。
女みたいな嬌声を放った事も、あられもない卑猥な格好をさせられた事も絶対他人には知られたくないが、その事自体には後悔していなかった。
「正月、母親の実家行っててさ―――」と徹は何事もないかのように話し出す。
「身内が多いもんだから、すっげ気疲れした」
「…実家は何処だ?」
野上はちょっと怒っているような声音で尋ね返して来た。
「福島。親父は東京。ど田舎だから向こう三軒両隣が身内っつーか知り合いっつーか。何処行っても息が付けねえ」
「田舎なんざ何処も同じだ」
「野上さんの実家は?」
「俺は―――九州だ、宮崎」
「へえ、九州男児か。通りで偉そうだ」そう言って、徹は笑った。
熱いコーヒーを苦労してふうふうと冷まして、一口二口飲んだ。程よい苦みと香ばしさが口の中に広がる。
「家でゆっくり休んでりゃいいだろうが」
少し低めた声に、徹は顔を上げた。「もしかして、仕事忙しいのか?」
「そう言うんじゃなく…」
「いいじゃん、なら。野上さんの両親はじゃあ、九州?」
「…そうだ。年取ってから東京なんてゴミゴミした所には住みたくないってさ」
「年取ってって…それ程でもねえだろ、50や60」
「70をとっくに過ぎてる」
「あれ…じゃあずいぶん遅い生まれじゃん」
「だから幾久」
「は?」
「幾久しく待ったって意味だそうだ」
「ああ、名前」
そう言やフルネームは野上幾久だったと思い出した。
「じゃあ、小十郎ってのは?」
「あ?」
「ペンネームだよ。何か由来でもあんの?」
「んなもん、ねえ」
更に不機嫌になって野上は言い放った。さすがにずっとこの態度でいられるのに腹が立った。
「あんた、何で怒ってんだよ?仕事が上手く行ってねえんなら帰るぞ。でなきゃ、もっと楽しくやろうぜ。今のあんた、まるで檻に閉じ込められた野良犬みてえじゃねえか…!」
自分でも思ったより感情的に言い放ってしまった。
まるでヒステリーだ。さざ波のような後悔がひたひたと押し寄せる。それに対して野上は深い深い溜め息を吐いた。
「悪かった」そうすんなりと謝罪の言葉が最後に吐き出される。
「ただ…もうちょっと用心ぐらいしてもいいだろお前」
「俺?俺が何に用心しなきゃならねえんだ」
「―――…」
苦りきった表情で睨まれた。
「お前…前回ここで俺に何されたか忘れてる訳じゃねえよな?」
「―――エッチされた」
ぶっ
野上はコーヒーを吹き出しそうになった。
「あ〜汚ったねえなあ…何やってんだよ、布巾は?」
「…いい、…座ってろ…」
吹きはしなかったもののカップから溢れたコーヒーがテーブルに散った。野上は一度部屋を出て行ってペーパータオルを持って来る。それで几帳面にテーブルやカップの周りを拭いた。
その様子を眺めながら、徹はソファの上で胡座をかいた。
「それってさあ…」
「何だ」
「野上さんの部屋、イコール、エッチって事?」
「………」
露骨過ぎる表現に顔を歪めて野上は黙り込んだ。ったく、最近の若い者は…と心中で零しているのが手に取るように分かる横顔だった。
「…イコールじゃねえ、イコールじゃあ…」
男は唸るようにそう返した。
「およそイコール」
「………」
「いいぜ」
「ああ?」
「しよ」
「―――…」
徹の軽い言い草に、野上は何とも言えない表情で固まった。
今度は日本の将来が心配だ、だとか一体今の性教育はどうなってるんだ、とか言う社会批判に発展して行ってるのが分かった。
「うん、したい。野上さんと」
そう僅かに上ずった声で言い放って、唐突に徹は立ち上がった。ぽかんと口を開けて野上が見守る前で何をするかと思えば、もそもそとセーターを脱ぎ始める。だが、次のシャツのボタンに指先が掛かった所で手首を掴まれた。
「…親から貰った体を粗末にするんじゃねえ」
遊びだと抜かしたその同じ口が静かにそう言った。
伝わるだろうか、と徹は考えた。
言葉にするよりも。
巧いか下手かで言ったら「気のない」キスだと、付き合ったかつての彼女たちに悉く酷評されたそれで。
徹は男の顔を無造作に掴んで引き下ろした。そうして、食むようにその唇を愛撫する。舌で湿らせて軽く吸う。動かない男相手に、角度を変えて舌を伸ばす。
それがカリ、と歯に挟まれた。
かと思えば後ろ髪を引っ掴まれて舌先を強く吸われた。腕が思わず男の体を突き放そうとするのに、がっちり腰を掴まれて身動きが取れなかった。
ぐるり、と舌の周囲を男のそれが舐った。舌裏の敏感な所に触れられると、もう息が上がって来る。
掻き抱かれて、首筋を強く吸われて、しかし前回程切羽詰まった行為ではない。野上の方に、徹の様子を窺う気配があった。
唇が離れて行って、徹は男の顔を見た。
何かを問いかけて来るような眼差し。でも自分はそれに応えられない。野上は徹の知らない所を見ている。その中で手探りをしているかのように。
知らない事、分からない事がたくさんあった。
それを教えて欲しいと思った。
同時に、知らなくても良い事だとも思った。
「野上さんは俺に似た誰かを想ってんだろ?」
「………」
「いいから…そいつの事考えててもいいから、俺を抱けよ」
男の顔が歪んだ。
泣き出すんじゃないかと思った。だが、それは見届けられなかった。もう一度唇が重ねられて髪を服を乱すぐらいに掻き抱かれた。
その事に、体が悦ぶ。
それが分かる事の全てだ。
甘い息を吐き出す徹の耳元で男は低く呟いた。
「バカヤロウが…」
馬鹿で結構、そう言い返す間もなく徹は快楽の海に溺れた。

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