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―記念文倉庫―

その夜、小十郎の部屋には又しても二人の子供が乱入していた。

小十郎の危惧を余所に、昨夜の事など無かったかのように子供たちは好き勝手に小十郎の部屋で過ごした。
政宗の様子も何時もと変わりない。
何より成実が政宗と幸村の試合の模様を熱く語るものだから、小十郎は心配になって来る。
―――何で寄りに拠ってそんな危ない部活を選んだんだ…。
「いやあ、とにかく凄かったね!フェンシングなんてテレビでも滅多に見ないから、あんなに激しいスポーツだとは思わなかったよ!!」
「政宗様、お気をつけて下さい。特に眼には…」
残る唯一の左目まで潰れては、それこそ眼も当てられない。
「大丈夫だ小十郎。マスクがある」言いつつ、正直政宗はあれは邪魔なだけだ、と思っていた。
「ですが…」
「もう!心配性だな、かたくーはあ!!大丈夫だってえ!先生も凄い腕前みたいだしさ、せっかく政宗が決めたんだ、チャチ入れるなよ!」
話すだけ話すと気が済んだのか、成実は欠伸を噛み殺しつつ床から立ち上がった。
「俺、明日朝練あるからもう寝るわ〜」そう言って、小十郎の部屋を出て行った。
残された小十郎と政宗は、何となく黙り込む。
「お前に―――」
と言いかけた政宗の声に、ぎくりと肩が強張る。
「お前に甘える事を知ったら、俺は駄目になると思ってた」
「………」
「そう言う訳でもないんだな」
「政宗様」
よ、と立ち上がって彼は椅子に座った小十郎に歩み寄ると、その膝の上に乗り上がりながら首筋に抱きついて来た。
「ちょ…政宗様…!」
慌てる小十郎の耳元に、彼の忍び笑いが届いた。
「お前、何かやたらと緊張すんのな。面白え」くすくす笑いながらそんな事を言われた。
「か、…からかわないで下さい!」
「からかってねえよ…正直そっちの方が安心する。何故か」
は、―――と息が抜けた。
それは誘拐された時の記憶がもたらすものか、と思った。
拘束されて無抵抗の少年らを銃や警棒などで脅し殴りつけ、肉体的にも精神的にも屈服させた男たちの集団。その時、恐怖や怒り・屈辱など、あらゆる負の感情が渦巻いた筈だ。
人間はそれらとずっと対面し続ける事に耐えられない。溢れ出す感情に蓋をして、見て見ぬ振りをする。だがそれらは消えた訳ではない。
脳は記憶の底にあるそれらを、本人にそれと気付かせぬよう時折見せる。―――政宗はそれを不安として感じ取った。
不安を抱えて縋った相手は、緊張に身を強張らせる小十郎。
それは多分、拘束されていた自分自身の投影だったろう。
記憶の奥底で未だに続いているそれらが、今は現実には有り得ない事なのだと、その緊張を感じる事で「書き換え」られて行く。
心理的に読み解くと、そんな所だろう。
それらが全て分かった訳ではないが、小十郎は政宗の中の不安が溶けて行くのを感じた。労るように小十郎の頭を抱き寄せるのは、自分自身の為だろう。
「なら、今夜も一緒に寝ますか?」
凝りもせず、ついうっかり小十郎は言ってしまう。
しかし政宗は、ちょっと考えて身体を離した。
「Hu…m、やめとく」小十郎の逞しい肩に両手を置いたまま、男の顔を眺め降ろす。その顔がす、と寄せられて右目の瞼に唇が触れた。
それが徐々にずれて、頬を滑り、鼻と鼻とがこすれ合って、

―――唇に唇が、重なった。

ただ触れ合うだけのものだった。
かと思うと、弾かれたように小十郎から離れてバタンと一息に扉を開けて出て行ってしまった。
「―――――」
暫く。
小一時間程、小十郎はたっぷり固まっていた。
「あ…、ああああああ挨拶だあれは!!欧米式の!!!!!」
その挙げ句にそう叫んでベッドに潜り込んだ。

その夜を境に、政宗と成実が小十郎の部屋に入り浸る事は減って行った。本や服を借りに来たり、と言うのもいずれは絶えて行く。
本当に、東京に引っ越して来たばかりの二、三週間程だけの事だったようだ。
小十郎はほっとしたような、残念なような、複雑な気持ちだった。


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あきゅろす。
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