[携帯モード] [URL送信]

―記念文倉庫―

「親父に言われたからか?」
「そうではありません、政宗様」
「俺が…次の伊達家頭首だからか」
そうではない。
たくさんの理屈を並べようとして吸った息を、小十郎は黙って吐いた。
「何度この問答を繰り返した事でしょうな…」
ふ、と政宗も終に笑った「違いねえ」と。
「でも不思議なんだよ…お前が俺の前に現れた時から、お前はいつも俺を心配そうに見てて」
「…そうでしたか?」
「そうだよ」速攻で返って来た。
「俺の中の混沌、って奴か」
「それもあるかも知れません」
「他に何が?」
「………」
最初から、こんな後ろめたい情動だったろうか、と口に出しては言えない事に小十郎は思いを馳せた。あんな小さかった子供に劣情を抱くなど、考えられなかった。
確かに政宗の言う通り、初めは訳の分からない暗い淵に首を突っ込んでいるかのような少年が心配だった。それこそ、黙って見てられない程に。
それが、いつから―――。
ふと、小十郎の左手が上がって、長い前髪の上から政宗の右目に軽く触れた。やはり、この眼を断ち切った時か。
その時二人は繋がったのだ、と虎哉は言った。
寝る時は眼帯を外しているので、瞼の下に何もないのが哀しい程あからさまに分かってしまう。この異様な感触を小十郎の指先は何度も確かめた。
それを断ち切った夜の記憶がまざまざと蘇る。
今触れているのと同じ左手に握っていたナイフが、神経をふつと、あっさり切断した。
ショックに一瞬呆然とした子供は、じわりと眼窩から血を流しながら立ち尽くしていた。痛みすら忘れたように凍り付いて、残されて見開かれた眼は目の前の男の姿も映していないようだった。
小十郎はナイフを投げ捨て、歯に銜えていた目玉も吐き捨てて、もろい流砂で出来たような少年の体を抱き締めた。
そうしてから政宗は意識を手放した。
そこには、腫瘍で腐敗した眼球を切り取ったと言う事実以上の何かが、確かにあった。とんでもない事をしてしまった、そんな焦りも勿論ある。
それが何だと言葉を探していると「その右目になった」と言うのが、すとんと胸に落ちた。
もし、やむを得ない事情で手を切断することになったらこの手の代わりになるだろう。もし、足を切断したら、その足に。
足りないものを補う為に、自分は在る。
「…責任、感じてんのか?」
不意にぽつりと訊かれた。
そういう見方もあるか、とも思った。だが。
「そうではありません、小十郎がそうしたいから、しているまで」
「それは…俺にもわかる」
政宗にも何か身に覚えがあるのか、何処かへ思いを馳せつつ言った。そうしてから徐に頭を起こしたかと思うと、小十郎の肩に両手を置いて体を乗り上げて来た。
探る唇が耳元を掠め、頬を辿り、鼻先が触れ合ってほんの僅か唇にもかすめて小十郎の右目を探し当てた。
―――その行為が。
男の欲を煽ると言う事に思い至らないのか。
と、苛立に似た思いを抱いても仕方ない。眼球が性感帯だなどとは誰も思うまい。こんな事で欲情してしまう自分がおかしいのだ。
「…政宗様」ただ続けられても困る。
「痛いか?」
「まあ、さすがに少々―――」
舌が離れて、小十郎は瞬きをした。拭い取られた涙の幕が新たに張られて、それが少し目尻を流れた。
その首筋に顔を埋めて、政宗は横たわった。
―――一体どれだけ…。
どれだけ理性を試されれば良いのか。早く寝てくれ、と心の中で喚いてみるが詮無い事だった。
乗り上げられた腹の上で政宗の腰の下の柔らかいものが押し潰されているのがありありと分かってしまう、その罪深さ。
―――ちょっと…さすがにヤバいんじゃないか?
政宗の太腿に抑えられた股間のものが、反応しないようにするのが精一杯だった。
その彼が頭を上げて闇の中、小十郎を見た。
「何、緊張してんだ?」
「………」返す言葉が見つからない。
「…身動きが、取れないので……」
苦し紛れの言い訳に、政宗は鼻で笑った。
「俺がお前を襲ってるみたいな言い草だな。…その気になりゃ俺の体なんか片手で持ち上げるクセに」
逆だ、自分が政宗を襲いそうだから固まっているのだ。
政宗は何を思ったか、小十郎の顔の両脇に肘を突いてその顔を覗き込んだ。鼻先や顎がぶつかりそうな至近距離だ。
「…ありがとう小十郎、だいぶ気が楽になった」
「―――――」
劣情とは違うものが小十郎の胸を満たした。
ほんの少し顎を上げると唇が触れ合った。置き所に困っていた手が政宗の後頭部を抑えて、少し強く唇を押し付けてやった。
ぐい、と政宗が頭を起こした。
―――しまった!
と思った時には既に遅く、呆然としていた政宗の気配に険が立った。
「…何のつもりだ、それは」と彼は言った。
「あ…挨拶…!挨拶です欧米式の!!」
我ながらバカバカしい言い訳だった。それがいい加減な言葉だと言うのは政宗が一番良く知っている筈だ。
「………」
黙り込む政宗。
息を呑む小十郎。
「Ha! バカじゃね」
彼は短く吐き捨てた。
だがベッドから出て行く事はなく、ただ小十郎の上から退いて男に背を向けて丸くなった。
そんな政宗に言うべき台詞も見つからなくて、小十郎は己の頭を抱えた。

結局その夜、小十郎は又しても一睡も出来なかった。
政宗はあの後すぐに寝息を立て始めてぐっすり眠ったようだ。
朝、小十郎に肩を揺すぶられて起こされた彼は、寝起きのぼんやりした頭のままふらふら自分の部屋へ帰って着替えた。
既に起き出していた成実が部屋に飛び込んで来て元気な姿を見せると、その騒がしさに文句を言いつつ目が覚めて来たらしい。下の階へ二人して行って、出社していた綱元たちと賑やかな朝食を摂って二人は学校へ行った。
―――つ、疲れた…。
遅れて起き出してベッドを整えた小十郎は、そのままそこに腰を降ろして両手で顔を覆った。
精神的にどっと疲れた。
その上、自分は何て事をしてしまったのか。
もう合わせる顔がない、消えて無くなってしまいたかった。

―――出来る筈もないが。


[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!