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―記念文倉庫―

その週の土曜日。
成実は学校の友人と花見に行って来ると言って出掛けた。つい一週間前、花見は家族と行くもんだ、友達と行くなんてあり得ない、と言っていたのをすっかり忘れきっているようだ。
伊達事務所ではその次の日の日曜日に千鳥ケ淵へ花見に行く事にした。
だが、その夜その場はもの凄い人出だった。
近くの立体駐車場に車を止める事が先ず出来ない。誰もが同じ事を考えるのだろう。仕方なしに綱元が車に乗って事務所に帰った。
政宗と成実と小十郎は、事務所の若い者数名と寛げる場所がないかを探していた。桜の下はほぼ絶望的だ。近くの店などにも当たったが、店自体が少ない。彼らはただ、千鳥ケ淵の周辺を宛もなく何往復もするハメになった。
「信じらんね!どっからこんなに人がわんさか集まって来たんだ?」
そう言った成実がきょろきょろと辺りを見渡す。
よそ見をしていたらすれ違い様に他人にぶつかった。よろけた所をぐいと引っ張って、小十郎は前を歩く若者に声をかけた。
「もっと人の少ない所はねえのか?」
「ムリっすよ…この時期と花火大会と初詣は殺人的に何処も混み合うもんですからねえ」
「もういい小十郎、帰ろう」
政宗のその一言で引き上げる事にした。電車に乗って30分、事務所に帰宅した彼らを出迎えた綱元が、苦笑しながら一つの提案をした。
急遽、屋上に酒盛りが広げられた。
総菜屋でオードブルなどを注文してコンビニで酒を買った。
ただし、桜の花のない花見だったが。
「小十郎の植えた野菜も芽すら出てないがな。取り敢えず、気分だけでも味わう事にしよう」
拘りのない性格の綱元がそう言うと、屋上の半分程のスペースに集まった若い衆が酒を注いで回った。
未成年の政宗や成実にも同じようにビールが注がれる。
「成実、お前は昨日、何処行って来たんだ?」と小十郎は尋ねた。
「あ〜、小石川公園の中。あそこもともと陣取りしちゃ行けない所だからね、ちょっと流し歩いてその後ドームで野球見た」
「何だそりゃ、それが花見か」
「いいじゃんか、桜は見た!だから今夜もさっきの千鳥ケ淵の桜を思い出して呑めばいいんだよ。これでバッチリ花見!!」
「全くノーテンキだな、成は」
呆れたようにチャチを入れる政宗に、成実は抱きついた。
「なんだよ、まさむー!お前も誘われたのになんで来なかったんだよ〜?」
「別に?今日と同じ事だろ、面倒くせえ」
紙コップの中身をぐいと空ける政宗は、それこそ面倒臭そうに成実の腕を払った。
そうだったのか、と話を小耳に挟んでいた小十郎は誘われていた事実もそれを政宗が断った事にも、軽いショックを受けていた。

酒盛りは明日が月曜日なのもあって適当な時間に切り上げ、後片付けも早々に終わらせた。
仙台にいた頃は、伊達の屋敷の庭にあった古木の桜を愛でつつ優雅な花見を楽しんだものだ。だが、これも東京と言う土地柄故だろうか。何となく都会の有様が見えた気がして、小十郎は苦笑を禁じ得なかった。
けれど、さて寝ようかと言う段になっておや?と思った。
いつもなら寝る時になると必ず小十郎の部屋に来る二人が、今夜に限って何の音沙汰もない。ついに治まったのか、と思って安堵半分、残念半分の溜め息を吐いた。
虎哉の言っていた事も、杞憂で終わればそれに事した事はないのだ。

次の日、成実が熱を出した。
政宗一人が学校へ行き、成実は小十郎が病院へ連れて行った。
ただの風邪だと言う事で解熱剤や抗生物質、あと腹を下し気味だと言うので整腸剤も貰って来た。
帰りの車の中で、マスクをした成実が怠そうに言った。
「なーんか、風邪かなあって思ってたんだ」
「昨日からか、なら早く言え」
「だってせっかく皆で花見が出来ると思ってさ」
「こじらせたら意味がないだろうが、今日はおとなしく寝とけよ」
「うん」
やけにしおらしい態度で成実は頷いた。
そしてしばらくしてから「ゴメンな小十郎」とポツリと言った。
「何の事だ?」
「…毎晩、小十郎ン所に押し掛けてさ」
「ああ―――」
自覚はあったのか、済まないと言う。
「何となく落ち着かなくてさ、部屋で一人でいるの」
「まあ、いいさ」
「かーーーっ!!」といきなり喚いて成実は両手で顔を覆った。
「今考えるとすっげ恥ずかしい!!!!!」
何を今更、と小十郎は呆れてちらりと助手席の少年を見やった。
「でも…」と、彼は指の間から車窓を流れる街並を覗き見る。
「政宗はどうかなあ…」
「…どうって、何が?」
「まだ、駄目かも」
「どうしてだ?」
「何となく…学校にもまだ馴染めてないみたいだし」
「―――――」
やはりか、と小十郎は思った。
「ね、小十郎!」
がっしと腕を掴まれハンドルが揺れた。危ねえ、と心の中で冷や汗を拭った小十郎は、マスクの上の眼だけをいからせる少年を睨みつけてやった。が、成実はそんな事お構いなしに続けて言う。
「まだもうしばらく政宗と一緒に寝てやってよ!」
「は?」
「政宗たぶん嫌がるかも知んないけどそんなの照れ隠しだからさ、ね!お願い、この通り!!」
知らない、と言うのは幸せな事だと小十郎はそんな事を考えていた。二人が頼りにしている男の中に邪悪が潜んでいようとは夢にも思わない。もしかしたら小十郎自身が政宗を破壊してしまうかも知れないのに。
だが、小十郎は長い息を吐き出しつつ「わかったよ」と答えた。
心の中の邪悪を捩じ伏せて彼らを守らねばならない、そんな事も分かりきっていた事だ。


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