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―記念文倉庫―

「今回のダブル・スパンの意味、お二人さん理解してるよね?」
何を今更、と政宗も孫一も相手にしないと見るや、この軽薄な青年は、華々しく自説をご開陳し始めた。
「先ず第一に、俺様って美味しそうな鴨を釣り上げておきながら、それを逃がした代わりに政宗サンが相手をしてあげる。…これは一貫性の原理って言って、人は一度、よし手に入れよう、開始しよう、って決断を下すと後には引けなくなる心理があるんだよね。例えば、どっかのブランドショップ行きました。雑誌か何かで新商品に目を付けててそれを買おう!って意気込んでって。でも、いざお店に行くと新商品は売り切れ。じゃあ、諦めるかって言うと、せっかく買い物に来たんだし店内には他の商品もあるし、で、購入そのものはやめないで別のものを買っちゃう訳だ。今回の件だったら特にね。エッチしよう!ってその気になったのに途中で寸止めされちゃ納まりが付かないでしょ。しかも、後から来た政宗サンの方から気のある素振りを見せられちゃ〜(笑)」
「さっさと話を進めろよ、佐助」と政宗本人が横槍を入れて来た。
「はいはい。んで、2つ目。片倉さんは身代わりになってくれた政宗サンに対して借りを作った形になります。これは、人は他人に借りを作るとそのお返しをして心の負担を消そうとする心理が働くのね〜。返報性の原理ね。誰かに助けられたら、その人の為に一肌脱ぎたいって思うのが人の情って奴だよね。片倉さんにとって政宗サンは所詮、俺様の身代わり。それでも抱かれてくれちゃった事に男としても報いたいって思うでしょ。そしてそして清純なお付き合いの始まり始まり〜☆と言う訳です。この2重の原理と2人の仕掛人が今回無事めでたくターゲットを落としました!」
「……それで?」と増々不機嫌になりつつ先を急かす政宗。
「はいはいそれで〜、とにかく政宗サンの初心な所も片倉さん、気に入ったんだろうね。同性愛者だって事隠してるなら、まともに恋人と付き合った事なかったろうし。それこそ、お金で買うような相手には望めないフレッシュさ!そこを生かしつつ片倉さんをぐいぐい虜にしてやってよ!とまあ…これは放っといても自然に進むでしょ。そこで、もう1つスパイスを効かせてみましょうか?」
「スパイス?」
「そ、いったん手に入れちゃえば安心するのが人間のサガ。だったら、失うかも知れないって危険をちらちら匂わせとく訳!」
「―――どうやって?」
「ん〜そうね。新鮮なお付き合いがだんだん色褪せて来たら”1ヶ月後に親の都合で海外に移住する事になった"って言えば良いよ。それがそのままこのコン・ゲームの終了になるから。それまでどのくらい片倉さんを夢中にさせるかは、政宗サン次第だからね〜」
「…期間限定商品かよ、俺は」
「そうそう!正にそんな感じ!!一番単純だけどそれが最も効果が高いのも事実なんだよ。どのチラシにも雑誌にも"期間限定"ってキャッチコピーが踊らない日はないってね。でもタイミングはこっちで指示するからさ、こうやって定期報告よろしくね?政宗サン」
うんざりしながらも政宗は頷いた。思わず口に運んだグラスにもうアイスティーが入っていない事に気付いて舌打ちを1つ。
「そのタイミングとやらは、どう言う状況になったら分かるんだ?」と政宗の代わりに孫一が佐助に尋ねた。
彼女のアイスコーヒーのグラスには水滴が玉を結んで時折すう、と流れ落ちる。
「ん〜そーねえ、せめて同棲してひと月やふた月、暮らした後かな」
「同棲?!」
つい声を張り上げてしまった政宗を、何を今更、と言った風に佐助と孫一が振り向いた。
体を繋げる関係になったのなら遅かれ早かれそう言う話は持ち上がるだろう…とは思いたくない青年の心理が、その辺りには目を閉ざさせていたようだ。
孫一は小さく溜め息を吐きつつ肩を竦めた。そうして、政宗と佐助のグラスを持って立ち上がると、オフィスの応接室から出て行ってしまった。
「ちょっと〜政宗サン、今時の大学生は彼氏彼女出来たら同棲もしないの?一体どの時代の純愛物語なのさぁ?」
「…それとこれとは話が違うだろっ」
「違くないよ?だって片倉さん、ちゃんと自立した大人だし、その上クロサギで数億ポンと稼いじゃう人だよ?君1人自分で面倒見られるって普通の男なら思うね」
「―――俺も男だ…」
「とっても庇護欲をそそる、ね」
「………」
「ま、良いじゃん。存分に甘えて来なよ
佐助のこの楽しそうな台詞には、政宗は返す言葉がなかった。
何が男が男に甘えろだ意味分かんねえ、そう心中に呟いた時に孫一が新しい飲み物を2人に持って戻って来た。
「で?最後の仕上げと言うのは何なんだ?」
肝心の話の核心を彼女が尋ねた。
「ほいほい。期間限定が切れた時にね、お金を頂いてどろんしちゃう事です〜」
「金?」と胡乱そうに政宗は佐助を顧みた。
「そりゃそうでしょ。そのままただ単に姿を消しただけじゃ"良い思い出"で終わっちゃうじゃない。結局金が目的だったのか〜って落ち込ませなきゃ、詐欺に掛けた意味がない。そもそも詐欺ってお金をちょろっと拝借しちゃう行為だよ?」
「………」
金なんぞどうでも良いのだが確かに佐助の言う通りだった。政宗に素性を明かすつもりがないのであれば尚更―――。
それは今でも迷っている事だ。18年前、お前に辛酸を舐めさせられた者の復讐だ、とそう分からせてやる事に何処か戸惑いが走る。そうする事で却って惨めさを思い知るから。敗北感に苛まれるから。
それでも何かが違う、と言う思いは青年の中から拭い去り難かった。

コン・ゲームはこうして始まった。

佐助の言う"新鮮なお付き合い"が始まって直ぐ、小十郎の大学に遊びに行った政宗は、竹中半兵衛に掴まった。
大学図書館に詰めている"彼"の元へ他大学生が勉強しに来た体を装っての事だ。
だから普通の学生らしい紺のサマーセーターにダメージデニムとざっくりとしたカットソーを纏った"政樹"を、半兵衛は大勢の学生の中から見極め、素早く自分の城である経済学部の研究室に連れ込んだ。どうも政樹の行動パターンを呼んでいたかのように手際の良い拉致り方だった。
「紅茶で良いかな」
半兵衛は、すっきり片付けられた研究室のテーブルに政樹を着かせ、自分はそう言って給湯室へ消えた。間もなく、湯が沸き立つ音とカップのカチャカチャ立てる音とがし出して、良い香りが匂い立つ。
やがて、ソーサーに乗せた優雅なカップを2つ持って半兵衛が姿を現した。
オフホワイトのジャケットとグレイのスラックス、藤色のワイシャツと言う着こなしの難しそうな出で立ちの助教授は、至って穏やかな微笑みを浮かべてカップを置き、政樹の前に腰を下ろした。
まるで穏やかな尋問の始まりだった。
「で?」とその麗しい男はやんわりと声を掛けて来る。
「結果は火を見るより明らかだけどね…どう?上手く行ってる?」
協力に対する謝礼は支払っているが、今後半兵衛が敵に回らないとも限らない。それに小十郎の側にいる半兵衛の立場は何かと政樹の手助けになるだろう。
そうした計算を頭の中に巡らせた青年は、半兵衛の穏やかな両目を見返しつつ口を開いた。
「計画は全て予定通り上手く行っている。半兵衛さん、あんたの協力なしには出来なかった事だ。感謝してるよ…いや、してます…」
従順な大学生を演じる彼の姿の何が楽しいのか、半兵衛はその笑みを深めた。
「ふぅん…本当に片倉くんは同性愛者だったんだね…。そう言う事が既にあった、と見て良いんだよね?」
「…そう言う事?」
「体の関係だよ」
「………」
黙り込んだ政樹の反応だけで全て了解したのだろう。半兵衛はほう、と言うような表情をちらと見せると増々艶やかな笑顔を覗かせた。
「相当、愛されてるみたいだね」
政樹に返す言葉はない。
それを気にした素振りも見せずに、半兵衛は手元のティーカップを取り上げた。
「君に協力を申し出た時、僕は君の事情を殆ど何も聞かなかった。…何故だか分かるかい?」
問われた内容を暫し吟味して、それから政樹は答えた。
「竹中さんにも何か別の目的があった?」
「その通り」と彼は、出来の良い生徒を褒める教師の体で目を細めた。
「彼に図書館の司書をやらせておくなんて勿体ないと思ってる。特に経済に関する造詣の深さは日常交わす会話で十分窺える。頭の回転の速さや、相手を言いくるめる弁舌の巧みさ…、生徒たちにものを教えるのも巧いし、何より、肝が座ってる。是非とも経済学部で教鞭を執って欲しいと思っているし、尚かつ、学会で多くの論文を発表し経済界に深い楔を打ち込む先鋒になってもらいたい、とね」
「………」
話を促す代わりに政樹は、湯気を立てるティーカップに目を落とした。
カモミールティーのリンゴを思わせる甘い香りが鼻腔を掠め、その透き通ったオレンジ色が目にも鮮やかだった。
あの男が経済に詳しいのは投資詐欺師を詐欺に掛ける為、常日頃気を配って新しい情報を仕入れ、勉強しているからだろう。弁舌が立つのも詐欺師に欠かせない要素だ。そうした才能の1つ1つが実際、大学助教授と言う立場である半兵衛の目に止まるのは至って当然の事だった。
「でも彼は、今の仕事で満足している、教授になるつもりはない、とそう言うんだ」
それはそうだ。司書官の名など大学のホームページに乗る事など先ずないが、教授となったら名前所か顔まで大々的に公開されてしまう。そうしたら、クロサギなど不可能になる。男の意図は明らかだった。
「そこで、君の事を出して彼に教授になるよう持ち掛けようと思っている」
「え……」
「それでは君が困るだろう事は分かっているよ。だから、せめて事情を聞かせてくれないかな?納得させてもらったら、君の目的が終了を告げるその時まで待っている…どうだい?」
やられた、と政樹は思った。
最初に政樹がこの大学に素知らぬ顔で紛れ込んで、小十郎の事を密かに聞き回っていたのを見つけた半兵衛が、ただ「やり込めてやりたい」とだけ告げた青年に協力を申し出て来たのは、こんな裏があったからだったのだ。
政樹に半兵衛の提案を断る事は出来ない。自分が小十郎を騙している事を、今は未だ知られてはならないのだ。
「…分かりました」と終に政樹は頷いた。
「ただ一つだけ聞いて良いか?」
「何だい?」
「…そうまでしてあいつを教授にさせる事が、あんたにどんな関係がある?」
感情を殺したこの問いに、紅茶を味わっていた半兵衛はそれを手にしたまま青年を顧みた。変わらぬ穏やかさで。
「君には想像出来るだろうか?どんな分野においても派閥があり、闘争がある事を。例えば、科学者などでは、誰が誰の元に師事して論文を書き研究を発表し、世間に有意義な結果を出して行ったか、それが比較的分かりやすく出来ている。生活に直結しているものが殆どだからね。一方、経済は目に見えない数字である事の方が多い。けれど経済の数字はつまり、お金と人と物の動きだ。これを生み出す力のある者が社会的にトップに立てる。そうした技量を養い、身につける学問が経済学と言うのなら、我々経済学を編み出す頭脳は正しくその中枢に位置している、と言っても過言ではないだろう。そして、そうした頭脳は何時だって派閥の中で取り合いになるものなんだよ」
派閥―――確かにこの竹中半兵衛と言う男は、同じく経済学部教授であり学長補佐である豊臣秀吉の右腕として名高かった。大学一個の中で彼らに敵対する者など存在しないだろうから、他大学、あるいは日本国外の大学をも視野に入れての発言と見て良いだろう。
経済を制する者が世界を制す。
その目的の大きさに、青年は息を呑んだ。
「…その事についてはこっちが終わってからにして欲しい」とだけ政樹は言った。
「なら50/50だ、事情を説明してくれるね?」
承服するより他なかった。


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