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―記念文倉庫―
4●
カチャン、ピー

扉が閉じて、自動的にロックされる機械音が虚しく落ちた。
いきなり痴情の縺れに巻き込まれてしまった店員と、閉じた扉とを見比べて、小十郎は溜め息を吐きつつ自分の頭を掻いた。飛んでもない場面を見られてしまったものだ、と言う思いもある。何せ、普段は同性愛者である事を隠していたのだから。
それでも、見られたのが大学の人間でなくて良かった、とでも考えを片付けたのだろう。小十郎は未だに政宗が片手に提げていた自分のショルダーバッグを無言でそっと取り上げた。それは書類や本などが詰まっているらしく、相当重いものだった。
「…俺たちの連れが、帰っちまったんだろ?」
「あ、はい…」
更に、佐助の荷物と一緒に床に落ちた自らのジャケットも掬い上げる。その横顔に向かって政宗はばっと頭を下げた。
「すみませんでした!」と叫びつつ。
「…謝る事はない。君は自分の仕事をしたまでだ」
「でも俺、本当に………、あの人の言った通りだ…」
「………」
政宗の足下から自分の上着を拾った小十郎は、その数歩手前で動きを止めて、青年の俯いた顔を見下ろした。何か問うように。
俯いていながら、彼の視線は痛い程感じられた。その政宗の片方だけの視界には今、男のグレイのスラックスと緩く握られた男の拳だけが映っている。
その手が動いて思わず顔を上げると、頬に指先が触れた。
頬に掛かる毛先を払い除け、ついでのように医療用眼帯に覆われた右目をちらと確認する。
「これは?」と尋ねられたのが眼帯の事だと悟って再び俯いた。
「子供の頃…病気で…」
そう、自分の右目もこの男のせいで失った、と言っても過言ではないのだ。
―――自分の手は汚さずに得たもので、満足する?
得るならばこの手で、この身で。男の信頼と失望を毟り取ってやろう。
「…俺ここであんたがどうやってあの人を抱くのか興味があった」
一息に言ったが、恥辱で頭に血が昇り、足下が何だかふらふらして来た。
「店に来た時から気になってて、でもあの人がべったりだったから…見るだけならと思って、都合良くこんな役回りが巡って来て、…利用した」
決意に歯を食い縛って、きっと顔を上げた。
その、二の腕を掴まれる。
触れたそこが熱くてたまらなくなる程強い力で、大きな掌で。
「だから…」と顔を上げたまま言い掛けた言葉が切れる。
「だから?」
上から見下ろして来る男は、さり気なさを装いながらも政宗の腕を引き寄せ、半身逃げているその身体に筋肉質な胸や腹を押し付けて来た。
「………」
魅入られるように見つめ返して、政宗は幾度か唇を動かした。
声が出ない。ただ自分が佐助の身代わりに体を差し出す、と一言言えば良いだけなのに。
「…首藤、政樹」と男はそんな青年の葛藤には気付かぬ風に、制服の名札を読み上げた。
その名を名乗った時が、コン・ゲームの始まりの合図。
「政樹」
名を呼ばれ、もう片方の手が腰に回って引き寄せられる。逃げ出したくなる衝動を寸前で抑え込み、彼の胸に押し当てた手で拳を作った。
そして吐き出すように告げる。
「だから、俺が代わりに…」
「男に抱かれた事が?」
小十郎に言葉を遮られて政宗は、いや、政樹は首を振った。
「抱いた事も?」
男の直視が耐え切れなくなって俯こうとしたのと、抱き寄せられた体と体がぴったりと密着したのが同時。慌てた青年が額を男の胸に押し当てたまま喚いた。
「どうしたら良いか全然分かんねえけど、…か、片倉さんが教えてくれれば…っ」
「小十郎だ」
「……え?」
「小十郎でいい。代わりになってくれんだろ?」
そう言いながら押し付けた腰を揺らめかすと、スラックスの下で硬くなっているものが政樹の下腹部に当たって、悲鳴を上げたい衝動に駆られた。それを何とか捩じ伏せようとしているのを男は恥辱に苛まれているものと見たのだろう。
伏せた耳元に口を寄せて、とびきり優しい言葉を吹き込んで来た。
「お前も良く知っている男の体だ。すぐに快くなる」
叫び出して逃げ出したい、とこの時程強く思った事は、青年の人生の中で一度たりともなかった。

男相手は初めてだと言う政樹を気遣ってか、小十郎はそれまで煌々と灯っていた室内灯を消した。フットライトの薄暗さが、却って淫靡な印象を素っ気なかったホテルに一室に与えた。その中にエアコンの音だけが響く。
政樹はふと寒気を覚え、今は確か8月だったよな、と非道く頼りない感覚を覚えた。
そうして戸惑いつつ突っ立っていると、男は先にベッドに腰掛け政樹を手招いた。
男の斜め前に立ち止まった青年を更に手招く男に腕を取られ、何となく腰を下ろしたのは、小十郎の膝の間だ。
何故この体勢に?と疑問に思って背後を振り向こうとすると肩を掴まれた。
「すぐに咥えさせられると思ったか?」と吹き込まれるのは耳殻の後ろからで、ガチゴチに固まった全身が更に強張る。
「身代わりにさせといて、そこまで俺もケダモノじゃねえ」
プライベートバーの制服の上からするすると、肩や二の腕を撫でられる。
己の昂ったものを鎮めさせる為に、たまたま引っ掛かって来た店のアルバイトを捕まえて、こんな手の込んだ口説き文句を言うものか?政樹の頭の中は無意味に目まぐるしく巡った。
「お前が自分からしたいって気にさせてやる…」
そんな気になる訳ねえ、そう言った文句は喉の奥で押し潰された。政樹はただ歯を食い縛るだけだ。
先程からぞくぞくと背筋を這い上って来るもの、これは嫌悪感か恐怖心か。分からないまま返事をせずにいると、肩から降りて来た男の両手が制服のスラックスに掛かった。
「……ちょっ…!」
「しー」
男の息が耳に掛かる。
両腕の上から体ごと抑え込んだ男の手は、政樹の内股へ滑り降り、そこを感じ入るようにゆっくりと撫で回している。
「大丈夫だ、怖くない」
そう耳元で囁く声は先程から至極優しげで、幼な子に言い聞かせる風でもあった。
するすると内股を這う手が時折、局所を掠める。
気付けば、耳元に掛かる男の吐息は常軌を逸し始めており、更には自分のそれですら男と合わせるように跳ね上がって行った。
―――どうして…。
掠める指先が、つ、とそれをなぞり上げる。
腰を浮かしかけた体は男の強力で抑え込まれ、
つつ、となぞり上げる仕草は徐々に大胆になって行く。
何故こんな事を、何故こんな。
酷い惑乱に口惜しさと恐れが拍車を掛ける。
思い切って男の手を払い除けたいのに、もはやそれを許さないだけの圧力が加えられ、それが辛うじて己の目的を思い出させる―――皮肉な事に。
やがて、なぞるだけだった仕草は4本の指全てを使っての明らかな意図を含んだものになった。スラックスの布越しでもそれは生々しく、やけにはっきりとした感触を伝える。そして、指そのものが別の生き物であるかのように別々の動きを見せる事に、政樹の男としての体は徐々に生理的な反応を見せ始めた。
不意に、小十郎が深い深い溜め息を吐いた。何か胸に溢れる重苦しいものを、全て吐息に乗せて吐き出そうとするように。
―――欲情してやがる…。
"それ"が欲しくて堪らないのだと、そう言う男の感覚が分かってしまって。
同時に政樹は、自分の身体が男の"欲情"に反応している事を否が応にも思い知らされる。
そうして、立ち上がり掛けたそれをぐい、と布の上から押し上げられれば、
「…ぅあ…っ」
思わず上ずった高い声に泣き出しそうだ。
充血したそれが、下着の中で擦られて痛い程の刺激になった。
それに輪を掛けてねっとりと絡み付いた男の指が、酷く惨めで息苦しいもので政樹の中を埋め尽くしてしまいそうで、怖くて怖くて仕方なかった。
その時には、男の右手は青年の腰にみっしりと巻き付いて逃れ得る事も出来なくなっていて、
それにすら、気付かぬうちに、
「…あっ…やっ…やだ…っ」
自分の目的も忘れ、その腕の戒めから逃れようともがいた。
「しー、しー…」と小十郎はその耳元に忍耐強く囁き続ける。
「いい子だ…ゆっくり息を吸って」
「………っ」
「吸って」
声のない囁き。
「吐いて」
それに従った。
「大きく息を吸って」
喉が詰まりそうになりながら、
「吐いて」
その言葉に合わせて、スラックスを押し上げているものを緩く上下に扱かれた。
「…は、あっ…っ」と息を吐き出しただけで切羽詰まった艶声になる。
「いい声だ」
「ん…や…っ」
「すげえ、いい」
「…ふっ、く…」
腰から這い上がる感覚は無数の虫が皮膚の上で騒めくものに似ていて、政樹はそれが快楽だとはどうしても思えなかった。だから唯一動かせる肩と両脚だけをばたつかせる。
男は、青年は身を捩ったその勢いを利用して横倒しに政樹をベッドの上に押し倒した。
横向きにベッドに寝転がったその上に、小十郎は全体重を乗せて来た。
押し潰されそうな圧力に息が詰まる。
けれど、それは程々の手加減がされていて、小十郎は政樹の浮いた下肢にその左手を滑り込ませていた。そうして下着を押し退け、既に立ち上がっていた青年の雄芯を直に握り込む。
そのまま激しく追い上げられた。
「…あ、ぁあ、ンや、ぁ…!」
あられもない嬌声がシーツの上に転がり落ちる。
そう、それはまるきり転がり落ちる感覚に似て、気持ちの悪い浮遊感と一体となって政樹を苛んだ。
スラックスの中でぐちゃぐちゃ音を立てるものや、わざと耳元で聞かせているとしか思えない男の荒い息遣いも、圧迫されて身動き取れない中でシーツを握り込む己が手も、そしてまたその手を上から包み込む男の大きな掌も、何もかも、その屈辱の中にどろどろに溶け込んで行ってしまう。


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