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―記念文倉庫―
3(小十郎×別キャラ)
小十郎たちが飲んで語り、時折カラオケで懐メロ大会になっている所へ、せっせと料理を運び空いた皿やグラスを下げる。
パーティの主旨は何とも設定されてはいないが、明らかにこれは合コンの類いだ。女性教授や研究員がめかしこんで艶やかに笑えば、男連中が調子に乗って自慢のギャグや小話を次々と披露する。小十郎もそんな中で穏やかな笑みを浮かべてちゃちを入れたり、ちょっとしたエピソードを語って聞かせている。
これが本当に同性愛者かと信じられないぐらいだ。半兵衛ではないが、その化けの皮を引き剥がしてやりたいと思ってしまうのも無理はない。
肝心の佐助はと言えば、卒なく女たちの相手をしながら、ちゃっかり小十郎の隣の席に陣取って話を弾ませているようだった。
カラオケで流行りの曲をBGM代わりに流すその個室から出て来た政宗は、調理場に戻る前、誰もいない通路の隅で大きく息を吐いた。
ホールスタッフのアルバイトなら過去にもして来たが、今回のそれは過去いずれの場合とも違っていた。
すぐ手の届く位置に憎んでやまない男がいる。
この18年間(正しくはもっと物心ついてからだが)その行方を追い、公私共にひっそりと調べ上げて来た男だ。調書内容の文字や写真ではなく、生きた片倉小十郎その人が目の前にいる。
胸の中の蟠りを、男のしれとした顔面に叩き付けてやりたい衝動がどうしようもなく付き纏う。だが、そんな昔の話などあの男にとってはもう意味もないのだろうし、そうしたからって男が自責の念に駆られるとも思えなかった。男には自分の味わったものと同じぐらい、いや時間も掛け合わせてそれ以上の喪失感を味わわせてやりたかった。
自分が取り乱して「謝れ」などと要求するつもりも毛頭ないのだ。そんな惨めな事は決して出来ない。

「政宗」
不意に呼ばれて顔を跳ね上げると、ちょうど店の玄関口から幼馴染みの孫一がこちらへ歩み寄って来る所だった。
「孫一…あんた、ここには来ないんじゃなかったのか?」
「様子が気になった。…大丈夫か?顔色が悪いようだが…」
何時もは冷徹なこの女傑が気遣いを見せれば、政宗も素直になるしかない。
「…正直、すっげえ緊張してる……」
「―――…」
孫一はほんの少し俯いた青年の様子を見つめると、徐ろに空いていた個室の1つに政宗を連れて入った。
「……あのな…私は正直、お前がここまでやる必要はないと思っている」
「……孫一」
「お前の気持ちも分かる。だが、あんな男に拘って今までの人生の大半を費やしたのは愚かだとは、自分でも理解しているんだろう?その上」
「孫一」と政宗は幼馴染みの続く言葉を切った。
「それ以上言わないでくれよ…今だって心が折れそうなんだ」
「………」
細い声でらしくもなく訴える年下の幼馴染みを見つめて、孫一は溜め息ばかりだ。
「止めるなら、今だぞ」
「止めねえ」
頑迷なまでにきっぱりと言い切った青年に対して、孫一ももう言うべき言葉を見つけられなかった。
「まあ…女ではないからな。厄介な事にはならんと思うが」
「……まごいち…」
「ああ、すまん…」
上目遣いに睨まれて彼女は思わず苦笑した。
「…なら…そうだな。ともかく余計な事は考えるな。当たって砕けろ、だろ?」
「……まあな…」
個室を出て孫一とは別れた。
調理場へ戻る政宗とは違う道を行く孫一は、このプライベートバーが入っているホテルのフロントへと回ったようだ。そちらも、彼女の息の掛かった経営者がやっているとかで顔が利くのだそうだ。

調理場へ戻り、しばらく皿洗いや片付けに追われていると、内線で例の部屋からお呼びが掛かった。政宗は担当としてその部屋に当てられていたので、注文を取りにそこへ顔を出したら半兵衛たちは席を立ち、荷物を取り上げ帰り支度を始めていた。
来た、と思った。
「ああ君、済まないね」と素知らぬ顔で半兵衛が政宗を呼び止める。
「時間よりちょっと早いけど、僕らは別の店に移動する…。そうそう、気分を悪くしてしまった連れがいてね、介抱の者と一緒にホテルの部屋に上がってるんだ。…君、首藤政樹くん?悪いけど、彼らの荷物、届けてくれないか?」
そう言って鉄壁の微笑を浮かべる大学助教授は、政宗の黒い制服の胸に付けられた名札を覗き込みつつ告げた。
首藤政樹。この名を告げた時が政宗にとって一世一代の大芝居の始まりだった。
「分かりました。お荷物は責任もってお届けします。先ずはレジでお会計を」
そうして、ぞろぞろ出て来るエキストラたちは何も知らずに舞台から下がって行く。いや、事態の裏側を知る半兵衛は、レジに政宗と2人きりになるとそっと耳打ちして来た。
「さあ、どちらを選んだか後でしっかり教えてくれたまえ」
半兵衛からカードを受け取った手が止まる。
店のフロントにたむろして待つエキストラ連中の様子をちらと探ってから、妖艶な笑みを浮かべた助教授を睨みつけてやった。
どちらを選ぶって、どう考えても素人の自分より手練手管に長けている佐助の方に決まってるじゃないか。そう言う自分の心の声を聞き、今仕掛けようとしている勝負が端から負けるに違いない、と決めつけている己に気付く。
けれど返事はせず、カードを読み取り機に掛け出て来たレシートに署名を求める、と言った一連の作業にそんな意識を紛らわせた。
彼らを丁寧に送り出した後、半兵衛から預かったカードキーを手に個室から2人分の手荷物と上着を取り上げた。
荷物がここに追いてあると言う事は、ちょっとの間休む程度でホテルに上がった事を示している。半兵衛たちがそんな"2人"を置いて、とっとと2次会へハシゴするなどとは夢にも思うまい。
そんな短時間じゃ焦って手を出して来ないんじゃないか?と言う政宗の疑問に佐助はニヤリと笑って応えた。
「いんや?むしろその短時間が燃え上がりやすいのよー。誰か様子を見に来ないか心配したりする気持ちも上乗せしてね。それにちょっとだけなら…で、ノンケの人だってコロッと乗って来るよ?その上片倉さん、普段は自分の性癖隠してる訳でしょ?なら、酔った勢いでって踏み切りやすいし、抑える必要もない。何せ相手は行きずり、後で反省会開かなきゃならない程のめり込まずに済む……。軽い遊び心だよねー。だからその点、もう一重多く仕掛けておくに越した事ない訳。わかった?」
そう言うもんか?と思いつつ、佐助の書いた筋書きを頭に入れた。

政宗は2人の置いて行った荷物を持って、ホテル3階の一番奥の部屋の前に立った。
カードキーは、もし急性アル中にでもなったらいけない、と言って半兵衛が非常事態用に用意してもらったスペアキーだ。それでこっそり部屋に入り込み、角のバスルーム前で様子を窺えば―――、
声とも溜め息とも取れないものと、クチュクチュと言う水音が聞こえて来る。室内はしっかり照明が点いているのに、テレビや映画で良く耳にするようなそのもののシーン。
意図するまでもなく足が止まった。
ぶつけ合うのは唇の粘膜だけでなく、凶暴なぐらいに荒いだ息も一緒だ。それで互いの欲を煽る。バサバサと言う衣擦れの音はいっその事、喧嘩でもして揉み合ってるぐらいに慌ただしくて、時折混じる佐助のやけに甘ったるい声がなければ、殺人現場に行き当たったのかと思った程だ。
「…すっごい…しつこいキス…」
不意の声は囁きなのに、耳元で言われたかのように政宗の肩が跳ねた。
持っていたデイバッグを思わず両手で抱き締める。
「女の人だってとろとろに溶けちゃうでしょ…?」
あの太々しい普段の佐助の様子からは想像も出来ない、優しくて甘い声。
「…溶けるどころか嫌われるな…しつっこいって…」
「そーなんだ…こんなにキス巧い人、初めてだけど?」
「―――一体何人の男食って来たんだ、手前…」
対して男の声は、情事の最中だと言うのに普段とはかけ離れた凶悪さで。
―――これがこいつの本性か。
とそう政宗は納得し、同時に男が人知れず胸の裡に飼っている凶悪な獣の存在に足が竦む思いがした。
こんなもん、人に見せられる訳がない、と思う程に裏の、地下の、奥底の、ぐつぐつと煮え滾る何か。男は何時から、どのようにしてそれを飼い馴らして来たのだろう。性の対象が世間的なマイノリティであると言う事が、一体どれだけの負荷を掛けて来たと言うのか。
「片倉さんだって……でももう俺様の前じゃ隠す事ないんだよ?」
「ほう、嬉しい事言ってくれんじゃねえか…?」
「あ、信じてないな?…んぁ…っ」
「そんなに言うなら、俺の体に覚えさせてみろ」
「あっ…い、や…ぁ…ちょ…」
「言葉なんか、信じねえ」
男の低い恫喝に続いて、佐助の細い悲鳴が上がる。
と、その拍子に両腕に抱えていた佐助のデイバッグがするりと滑った。

ドサリ、

カーペットの上にそれが落ちた音がやけに大きく響いた。途端に、バスルームの角の向こうから聞こえていた諸々の音が止む。
予定通りの演出とは言え「ヤベえ」と思ったまま政宗は立ち竦み、根っこでも生えたかのように動けなくなった。
少ししてガサゴソと音がして、男がのっそりと姿を現した。
上着はもともと脱ぎ去っていたものだが、今おざなりに服を整えただけのその様は、開けたシャツもそのままにその下の逞しい胸元を露わにして、盗み聞きをしていた若い店員を不機嫌そうに睨みつけていた。
後から佐助もひょっこり顔を出した。こちらは気怠げに壁に寄り掛かり、撫で付けただけの赤髪や襟元から覗いた首筋に壮絶な色香を漂わせている。
その目が男と政宗とを見比べて、見る見る間に険悪なものに変わって行く様は、台本通りだと知っていても見事の一言に尽きた。
「…え?何?店の人間の立場利用して立ち聞き?…あんたそう言えば片倉さんの事、物欲しそうに見てたよね?」
「え…いや、ちが…荷物を…」
「片倉さんも片倉さんだよ。どうしてすぐに追い出してくんないの?」
「いや…半兵衛たちが」と男は早くも同僚が店を出たのではないかと察していた様子を見せた。
だが、佐助は良い場面を邪魔された者の常で話を聞こうともしなかった。
「片倉さん、何?この子の肩持つの?そっか〜、この子に色目使われて満更でもなかったみたいだもんねぇ?」
確かに政宗はちらちら男の方を見ていたが、それは当然別の意味だ。緊張気味でグラスを倒してしまった時に、それを片付けるのを手伝った小十郎にも他意はない。だが、佐助はその辺り、人に心当たりがある部分を刺激して嫉妬する人間の様をものの見事に演じてみせた。
「あ〜そっか、俺様、そんなに遊んでるみたいに思われちゃった訳か…信じてもらえない筈だよね?」
「おい、佐助」と小十郎が呼び止めるのも構わず、佐助は傷心の表情を作りつつ政宗に近付き、その足下に落ちた自分の荷物を拾い上げた。
そして、政宗の肩を抱き寄せ男を振り返る。
「あんたみたいな男を受け止められんのは、俺様みたいに幾つもの修羅場を潜って来た者だけ…そう後悔すると良いよ?」
「…おい」
言うだけ言い放つと、佐助は呼び止められるのも耳にせず、くるりと背を向け部屋を出て行ってしまった。


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