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―記念文倉庫―

実際の所、片倉小十郎は普段"首藤政樹"に滅法甘い。
疲れ果てて眠った土曜の昼頃に起き出して、自分の役割だからと台所に立った政樹の背後に張り付き「外に食いに行こうぜ」と告げ、半ば無理やり自分の車に乗せたり。知り合いに見つかる事がないよう都心まで出て行って、個室のある創作料理屋に連れて行っては好きなものを好きなだけ奢ってくれたり。その後、ウインドウショッピングをしていてめぼしいブランドショップを見つけると政樹の同意も得ずにふらりと足を運んで、一個数十万はする本革製のバッグや靴、シルバーアクセサリーを買ってやる事などは日常茶飯事だ。
政樹のゲームの他のもう1つの趣味、ロードバイクも今マンションの部屋に3台鎮座ましましている。それも男が何かと言って金を出した。
東京立川にある、とある大学図書館の司書官が持てるような財力ではなかった。

小十郎は投資詐欺師を専門に詐欺に掛ける、俗に言う「クロサギ」と言う奴だ。
日本という国はいくら不況でも国債塗れでも、海外援助だけは世界一と言える程手を付けている。政府開発援助(ODA)と言うのがそれで、無償有償の資金援助を二国間あるいは多国に対して行なっていた。
これに対して投資詐欺師は、それなりに地位も金もある人物ー例えば某代議士であったりーに「ODA絡みの投資がワリが良いですよ」と持ちかける。
億単位で金が動くこの援助は、日本と相手国の政府、そして日本企業が関わる事から金の動きが複雑だ。この送金の際、代議士が間に立って働く事で代議士の懐が潤う、と言う算段だ。自分の関われる所で投資が出来るとあって、代議士はそれに飛び付くだろう。
だが、投資詐欺師はその資金を持って煙と消えてしまうし、提案したODAの株には実際殆ど価値などない。
一回の詐欺行為で動くのは数千万単位の金額だ。一般人には計り知れない世界だった。
ここに、クロサギである小十郎が、素知らぬ顔で、その投資詐欺師にそれとなく投資先を探しているように匂わせる。当然、名前や肩書きなどは偽物、羽振りの良さそうなナリで、様々な証券会社に顔を出してはあれこれ話を聞いて、もっと割のいい大きな話はないのか、と不満を漏らしたりする。
噂を聞きつけた相手はほいほい小十郎にアポを取って来るだろう。
小十郎は詐欺師相手に大胆にも特大の投資を申し出る。5億や10億と言った金額だ。すると、投資詐欺師は必死で大口のODAを探し出して来る。そうしたら、太っ腹の小十郎は5億の投資に対する1億の利子分を先払いしてくれるよう要求する、担保に預金証書と通帳を詐欺師に渡した上でだ。それを詐欺師はあっさり信じる。だが勿論、預金証書は偽物でそんな名前の口座はこの世に存在しない。
男は1億を抱えてドロンする、投資資金も出さないままで。
―――そう言う事だ。
欲の皮の突っ張った人間はコントロールしやすい、と言う事の典型だろう。当然、投資に関する知識や偽の証書を用意出来る小十郎の知恵、そして大金をあっさり動かす度胸の大きさも詐欺師を陥れる一助となっているのは言うまでもない。
彼は大学図書館に勤める傍ら、荒稼ぎしていると噂の立った投資詐欺師を見つけると、さらりと引っ掛けては数千万から1億2億と言った金額をポンと稼いで来るのだった。
そう、欲望を刺激してやる事であっさりと人は人に騙される―――。

8ヶ月前、"首藤政樹"は男と知り合ってさえいなかった。
いや、正しくは「再会」していなかった。
彼の本名は「伊達政宗」。
名前を偽って接近したのは18年越しの復讐が目的だった。
実際の所、政宗が小十郎とそれと知らずに会った事があるのは18年前、政宗が3歳の赤ん坊の頃だ。当然自分には彼の記憶はないし、相手も成人した青年の姿を見て、あの当時の赤ん坊だとは思うまい。
8ヶ月前のその日は、鬱々としてコツコツ積み重ねて来た下調べが実り、復讐が現実として目の前に展開し始めた瞬間だった。
夏休みも中盤に差し掛かった茹だるような暑さの中、政宗は小ジャレたそのビルに1人立ち入った。
政宗の幼馴染みのオフィスは、六本木に居を構える高層ビルの14階にある、表向き何をやっているのか分からないものだった。エントランスも応接室も、フロア内の各作業部屋も、全てハイセンスモダンで清潔な造りだと言うのに、彼女以外そのオフィスに腰を下ろしている姿を見た事がないのだ。多分、暴力団紛いの組織のダミー会社辺りだと政宗は思っているが、尋ねた事はない。
その時は唯一の例外で、白い壁に囲まれた応接室の白いソファに腰掛けた見知らぬ人物を視界に入れて、政宗は「来た」と思ったものだ。
5つ年上の幼馴染みは、モードファッションでも着こなせそうな8頭身美人で、ジョルジオ・アルマーニをこよなく愛すクールビューティだ。その雑賀孫一が、造花を飾った応接室で政宗を出迎えた。中へ招き入れられると、柔らかいモノトーン調で統一されたソファーとテーブルだけのそこに、1人の見知らぬ青年が座っていたのだ。
政宗と同い年か、1つ2つ年上だろうか。ツンツンに跳ねた髪を鮮やかなオレンジに染めて、灼けるような夏の日差しに相応しい空色のストライプシャツとカーキ色のハーフパンツと言うラフな出で立ちだ。ラフ過ぎると言うか。モノクロで整えたインナーとカーディガン、スリムジーンズの政宗がやけに陰気に見えてしまう程、2人は対照的だった。
「政宗、こちら猿飛佐助さんだ。今回の仕掛けに協力してくれる」
紹介されつつ、その青年の座すソファに歩み寄ると、相手は立ち上がって握手を求めて来た。
「初めまして〜。カレカノ詐欺師で有名な猿飛佐助で〜す」
一応握手には応じたが、その軽いノリに思いっきり渋面を刻んでいる事を政宗自身は気付いていない。だから、思わず佐助が吹き出してしまったのを目にして、歯を剥き出しにして文句を言ってやろうとした。
「…まあ、とにかく座れ。今冷たいものを持って来る」と、そう孫一が半ば無理やり2人をソファに腰を下ろさせたので、事なきを得たが。
政宗は孫一が白い応接室から出て行くのを見送って、佐助に視線を戻した。
「カレカノ詐欺って何ですか?」と仏頂面で尋ねつつ。
「まあ、出会い系なんかで彼氏彼女が欲しい人たち騙しちゃう専門詐欺ってトコ?結婚まで行かないで、優しく甘く持て成して貢ぎ物とか頂く感じ。一時期、悪質出会い系サイトで騒がれたサイト名が元らしいけど、そんなの昔っからあるよね〜」
喋り方もいちいちムカついた。何だか良く分からないがこいつとは気が合いそうにない、と結論付けた政宗は、ふーんとだけ呟いて後は黙って孫一が戻って来るのを待った。
つもりだったが。
「ねえ君さ、やってみない?」と声を掛けられたので、伏せた面から前髪越しに睨みつけてやった。
「お〜こわ!ちなみに君の事まだ紹介されてないよね?」
「……俺の事は伏せておいて欲しいって、孫一から聞いてねえか?」
質問に質問で返された佐助は、怯む事なく言い返して来たものだ。
「聞いてるよ。でもそこをあえて(笑)」
政宗が盛大に溜め息を吐いた所で孫一が戻って来た。
雫の張り付いた涼しげなアイスティーを2つ、アイスコーヒーを1つ用意してテーブルに置いた。コーヒーは孫一のものだ。佐助と同じ飲み物などと不愉快な気がしたが、政宗の好みを熟知している幼馴染みの気遣いだ。黙って有難くグラスに口を付けた。
「依頼人を煽るな佐助、仕事の話をしろ」と孫一に気怠げに諌められた佐助は、ペロリと舌先を出して見せた。
「はいはーい、ほんじゃ今回のコン・ゲームのターゲット確認からね〜」
コン・ゲーム(Confidence gameの略)―――信用詐欺、取り込み詐欺などと訳されるそれは、大人数で大掛かりな芝居を打ち、相手を信用させて詐欺を働くものだ。
ゲームと名に付いただけで浮ついたイメージが湧くので、政宗の機嫌は斜めに傾いたままだった。
「片倉小十郎、31歳。ちょっと強面だけど表向きは大学付属図書館の頼れる司書官さん。でも実は裏で投資詐欺師を詐欺にかけるいわゆるクロサギ。こっちの路線で攻めようにも相手も詐欺師だから難しいよね。そこで、こちらの依頼主さんが片倉さんの通ってる大学に潜入して色々調べた結果、とある事実が浮上しました〜」
そこで言葉を切り、政宗に視線をやって来る青年は、政宗にもこの茶番に乗れと期待に満ちた無言の圧力を掛けて来る。こいつの口車に乗るのは癪に障るが、自分から話し出そうとしない佐助の様子を見ては仕方ない。我関せずの体でいる幼馴染みをちらと盗み見てから口を開けた。
「…同じ大学の助教授に竹中ってのがいる。そいつが片倉とは学内でも最も親しいらしい。その竹中から聞いた話じゃ、片倉は実は同性愛者で、その事を世間には隠してるって事だ…」
その名を口にするだけでも苦いものが込み上げて来る政宗は、増々憮然とした様子で言い終えると口を閉ざした。
「そうね。俺様が裏付け取って調べてみたら、1人コソコソそう言ったバーとかに行ってた形跡があったよ。…さて、そこで俺様が登場って訳だ」
佐助の、浮ついてはいるが何処か酷薄な気配のするセリフに政宗は相手を顧みた。
「何そんな意外そうな顔してるの?片倉さんて同性愛者なんでしょ?」
「…だって、あんたさっきカレカノ詐欺とか…」
「はいはい、彼氏も彼女も相手にしちゃうよって意味のね」
「―――…」
絶句する政宗を他所に佐助は尚も言う。
「今日君に会って決めたわ、ダブル・スパンで仕掛けよう」
「ダブル・スパン?」
「俺様の造語。二重トリック、みたいな意味?」
二重ともちょっと違うんだけどね、と更に呟いて佐助は顔を上げた。
白い壁に絵画の一枚もないオフィスの空間を見つめて、そこにスクリーンがあり、ある1つの情景が描かれているかのように目を細める。
孫一はその傍らで我関せず、を貫きながらこっそりと口の端を歪めた。

それはこのような情景だった。

孫一の知り合いの店ーやはり六本木にあるプライベートバーを一部屋貸し切り、10人程のパーティを開いた。
ご丁寧に黒革ソファと黒カーテンにカラオケが付いていて、お洒落な創作イタリアンが楽しめる、ちょっと大人な雰囲気のクール・パーティだ。
主催者は竹中、と言う事になっている。
ちなみに、竹中助教授が政宗に協力する気になったのは、小十郎の周辺を探る青年を誘導尋問に掛けて事情を吐露させたからだ。政宗自身、こんな事もあろうかと様々な状況を想定して竹中の問いに応えたのだが、それが却って竹中には裏事情有り、と窺わせてしまったらしい。
「そもそもの話、この大学の学生でもない君が"教授たち"の噂話を聞き回っている時点でアウトだ。それに、目的を悟られないようにしていても最終的にはうちの図書館に話が行き着く。そして僕の所にも来た。…目的は、片倉くんの事だろう?」
竹中の個人研究室の中での尋問だった。
遅刻した中学生の如くその場に立たされて、自分の席に腰を下ろした竹中に凝っと見つめられて、政宗は言葉を詰まらせた。
「片倉くんのプライベートについて聞いて、どうするつもり?」と竹中は尚も問うた。
「…あいつをどうにかして、やり込めてやりてえんだよ」と政宗が終に白状した時、竹中は女性的とも言える玲瓏な美貌を不吉な笑みに歪めて見せて「それは面白そうだね」と宣ったものだ。
大学内で片倉とは一番親しい友人じゃないのか、と問えばこう応える。
「親しい友人とはまた違うかな。何だか僕も彼に騙されてるような気がしてならないんだ。尻尾を掴ませないと言うか…彼の性癖の事だってそうらしいかも、と匂わせてるだけだし。そんな彼をぎゃふんと言わせるなんて…とても楽しそうだ」
その笑顔に、政宗は背筋に冷たいものが過った気がした。
ともあれ、そうしてセッティングされたパーティには小十郎と竹中半兵衛、そして半兵衛の他大学での知り合いが数人(彼らは何も知らない)と、佐助が半兵衛の後輩として紛れ込んでいた。
政宗はそのプライベートバーのホールスタッフの役割だ。
彼自身、片倉小十郎と言う男を貶める為なら何でもするつもりだったが、詐欺師を生業とする訳でもない。本来はただの大学生だ。その自分のヘマでプロの詐欺師である佐助の計画がぶち壊しにならないかと本心では気が気でもなかったが、その佐助にこう言われては引き下がれなかった。
「詐欺ってね、本来なら依頼されてやるもんじゃないの。手に入れたいものは自分の体と頭を使って掴み取る。これ俺様の鉄則ね…じゃなきゃ人を騙すなんて汚い真似続けてくのに立つ瀬ないもの。君、自分の手は汚さないで得たもので満足する?」
いちいちムカつく野郎だ。そう思いながら、政宗は自分の役割を買って出た。


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