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―記念文倉庫―

確かに、高校生活が始まると二人の様子はちょっとエスカレートした。

―――どうしてこうなった…。
小十郎は闇の中、考えを巡らせた。

窓の外を風が激しく叩いては通り過ぎて行く。
桜の咲く季節、その美しさを妬むように激しい風と雨が襲う。
春嵐だ。
風はまだ咲き揃ってすらいない可憐な淡白い花弁を、うねるように大きく揺さぶって行く。それに表通りを走る車の音が重なり、緩急を付けて室内全体を覆っている。
小十郎の余り広いとは言えないベッドの中に、政宗と成実が潜り込んで心地良さそうな寝息を立てていた。
それも小十郎を挟んで右側に成実、左側に政宗、両手の持って行き場に困って頭上の枕を抱えるようにして上げたままだ。
―――つ、疲れる。
そもそも、学校から帰って夕飯を済ませ、風呂へは交代で入った二人がバラバラに小十郎の部屋にやって来たのは何時もの事だ。そうしながら学校での事をいろいろ報告してくれる。
だから小十郎はこんなのもいいもんだな、と思っていた。
「何か東京の高校って面白え!」と成実は喚いた。
「いや、思ったよりつまらねえ」と政宗が反論する。
幾人かの生徒や先生たちの名が挙がった。彼らはその後、小十郎にも頻繁に関わって来る事になるのだが、今は話に聞くだけだ。
「何で皆一緒にってのが好きなんだ、奴らは」
政宗が不満に思うのはそこの所らしい。授業の移動、催し事―――仙台の中学では比較的自由に動いていたが、ここではそうは行かないらしい。「伊達」の名の威光が届かない証拠でもあった。勉強も詰め込み式のものには二人揃って不評だ。それは個性的な家庭教師や小十郎に教わって来た素地があったせいだろう。
成実が面白い、と思ったのはその学校の部活動の事だ。どうやら運動系の部活の内容がバラエティ豊かで、どれか一つに絞るまで色々経験させてくれるらしい。
成実は既にどれにするか決めているのだと言う。
「格闘技部!!」
と彼は元気良く宣言した。
「格闘技…?」
「テレビでやってるあれだよ。あのまんま、本当に異種格闘技させてくれるんだ。すっげえ面白いよ!」
道理で最近、ボクシングが話題に上らないと思ったらそう言う事か、と小十郎は納得した。
「政宗様は?」
「Hum…まだ決めてない」
左目が中空を泳いで、彼はそう答えた。
「ちょっと待ってて!」成実が小十郎のベッドの上から跳ね起きて部屋を出て行った。すぐにバタバタと騒がしく戻って来て小十郎に一枚のプリントを見せた。
「な、どれが良いと思う?」
そこには高校の部活動リストが載っていた。
野球やサッカー、テニス、バスケ、陸上は勿論の事、成実の言う格闘技や柔道・剣道・弓道などの古式ゆかしいものからゴルフ・スキューバ・フェンシングなどの変わり種、新体操・器械体操・スケートなどの特殊なものまで様々だ。
「体育大付属でもないのに、これは又すごいメンツだな…」
「だろ?!何か校長がこういうの好きらしくってさ―――」
そんな話で盛り上がっていたのが何時の間にか、三人でプロレスごっこに突入していたのだ。多分、腕相撲から始まったと思う。
政宗も成実も背丈は170に届こうかと言うくらいあったが、未だ体が出来上がっていない。小十郎の大人の男の腕力に叶う筈がなかった。しまいには、小十郎一人に対して二人が揃って負かそうと頑張ったが、いかんせん腕相撲で二人掛かりと言うのはやりにくいだけだ。当然、勝てなかった。
腹いせに二人が小十郎に同時に飛びかかって来て、もみくちゃになった。
「Hey! 成!小十郎の足抑えろ!!」
「了解っ!!政宗こそ腕、放すなよ!」
負けてなるものか、と小十郎も二人の裏を掻いて拘束を逃れ、彼らの体を小脇に抱えてひょいとベッドに放り投げたりするものだから、増々エスカレートして来る。
どたんばたんと床を鳴らす音は二階の綱元の所にまで届いていた。苦々しく思いながらも苦笑が漏れる。いずれ治まるもの、と思っているからこそ苦情を訴えにも行かない。
やがて疲れきった二人がベッドに伸びた。
「あー、チクショー!二人掛かりなのに何で勝てねえんだよ〜」
成実がそうぼやくと、政宗も乱れた息を整えながら寝返りを打った。
「十歳差ってこんなにデカイのかよ…ムカつく…」
そう言われても、と小十郎は床に座り込みながら声を出して笑った。
「さ、そろそろ部屋に戻ってお休みなさい、二人とも」
「―――――」
「―――――」
言われて、二人は眼を見合わせた。
折しも外は春嵐。
そこはかとなく明日学校が休みになってくれたら良いのにな、と言う思いが密かに二人にはあった。
学校が厭な訳ではない。
つまらない、と言った政宗でも本気でエスケープする気はなかった。ただ、小十郎との間に流れるこの親密さが心地よかっただけだ。
「ここで寝る」
そう言って政宗は床に落ちていた毛布と布団をベッドの上に引っ張り上げた。
「お、いいね。俺も!」そう言って成実もそれを手伝う。
「は…?ちょ、それじゃあ俺は…?!」
「小十郎もここで寝りゃいいじゃん」
―――ここって…。
ポスポスと成実が叩いたのは、二人の間の僅かな空間だ。
「ほら、早く電気消せよ」
政宗も左目だけで睨んで来る。
―――勘弁してくれ…。
一人で寝て普通のベッドは、三人が横たわる事でもの凄く狭くなった。


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