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―記念文倉庫―

一体、また一体、首を断ち切られ頭を砕かれ、死人憑きは倒れて行く。
頭もしくは首にしか弱点がないと言うのは正直、不死にも近いものがあった。だが、イカヅチに撃たれ、もしくは足の筋を断ち切って動きが止まった所で首を掻き切る、と言ったように協力し合う事で数を減らすことが出来た。
―――これは、もしや、と信勝は思った。
この近くにある半農半猟を営む高剥・高剥向の集落で出た死人なのではないか。だとしたら、50戸80家族に満たない小さな人口の半数近くが昨夏の流行病で亡くなったと聞いている。それが全て死人憑きになったのだとしたら。
「政宗様!!」と思わず声を張り上げていた。
「この場は引き上げましょう、恐らく100体以上は死人たちが…っ」
叫んだ声が途中で掻き消された。
まさか、自分が声を放ったが為に、刹那動きの止まった政宗が同時に飛び掛かった死人憑き2体によって、雪の中に引き倒されてしまうとは。
「政宗様!!」
「筆頭!!!」
「筆頭ーっっ!!」
雪を蹴散らし、その周囲に家臣らが駆け寄った。
1人呆気に取られた信勝を、背後から抑え付けに来たものがいる。
それへ逆手に取った刀を突き刺したものの、深くまでは至らなかった。肉体が凍ってまるで岩のような手応えだ。それを更に突いて押し退け、振り返った所で首の辺りを払った。一撃では断ち切れない。2度3度、刃を振るう余裕があったのは相手の動きが鈍いからだ。4度目で爛れた首は雪の上にどさりと落ちた。
振り向けば、奥州筆頭は小十郎の手によって助け起こされた所で、その周囲に立ちはだかった良直らが死人憑きの接近を阻止していた。
政宗から放たれる雷電は消えていた。
両手に手挟んだ六爪は辛うじて離さないが、それを雪の中に突き立てて杖にした青年は、足に力が入らないようだ。小十郎に脇を支えられてようやくの事で立っている有様だ。
その小十郎が顔を上げて信勝を顧みた。
瞬間、信勝は総身をイカヅチに撃たれたかのように硬直した。
政宗の代わりに蒼白い雷光を放つ伊達軍一の使い手は、触れれば切れそうな眼差しで信勝のそれを貫き、今にも襲い掛からんと言った風情だった。その目の上にはらりと前髪が降り掛かり、松明の炎の赫とイカヅチの蒼とで凄惨とも言える陰影に象られていて。
しかし、異変は起こらなかった。
小十郎は主の六爪を納めさせるとその体を肩に担ぎ上げた。
「…手前ら、ここを抜けるぞ」
その怒号は声を張り上げている訳でもないのに風の唸りを貫いて信勝の耳にも届いた。それに、伊達軍の特攻隊を担う若武者たちが「応!」と応える。
信勝からは早々に視線を外した小十郎が駆け出した。
彼の刃が、雷電が奔る度に舞い狂い、足を取る雪が振り払われ忽ち蒸発しては、彼らの進路を確保する。
凄まじい突進だった。
追い縋ろうとする死人憑きも間髪入れず跳ね飛ばしてしまう程だ。
信勝は慌ててその後を追った。
こんな猛吹雪と死人憑きたちの襲撃の中に1人取り残されては生き残れそうにもなかった。

彼らの先頭を行く片倉小十郎の様相は、正に鬼神の如くと言っても過言ではなかった。
彼の蓑笠は、激しく雷電を吹き上げる中で早々に燃え落ちてしまっている。
男が常時の戦と同じ陣羽織姿で、突風によって根雪から舞い上げられた雪壁を突っ切ると、死人憑きたちのたむろする中に飛び込んでしまったらしく厚い包囲網が出来ていた。そこをほぼ一瞬の停滞もなく駆け抜ける際に、右腕右肩に1人の青年を抱え上げた男は太刀筋も無視して荒々しい所作で打ち払い、蹴り退ける、と言った事までして退けた。
まるで支離滅裂だ。
その度に「邪魔だ退け」「失せろ」と低い恫喝をぶちかます。
一体全体、先程までの見事な剣舞は何処に行ってしまったのか、と信勝は舌を巻いていた。
走るに遅れそうになる孫兵衛の重い体を途中で鷲掴み、引き摺るようにして駆けたのは、信勝が山生まれの山育ちで見掛けによらず豪腕と健脚の持ち主だったからだ。だが、それにしても、片倉と言う男の豹変振りからは目を離せなくなる。
その後に続く良直、文七郎などは、小十郎がド派手に敵を蹴散らす度に走りながら歓声を上げる程だ。息を切らしていても、へたばる、と言う事を知らぬげだった。
小十郎は敵の包囲網を破ると山の斜面を駆け上がり始めた。
どうやら上芦沢を抜けて山王森の尾根へと向かっているらしい、と気付いて信勝は青ざめた。この猛吹雪の中、道も分からぬまま登山するなど、山を知る者だったら誰でも自殺行為だと止める。
―――いや…。
しかし、それでも信勝は思い直した。
今、雪に埋もれた杉林の斜面を駆け上がる男は、自らのイカヅチと足とで新たな道を切り拓いている。
両脚に付けたカンジキで雪を踏み締め踏み締め作るキックステップの要領ではなく、雷電の爆撃でざっくりとした切り通しの道を雪面に刻みつつ。
―――そうか、屍体は集落の外れや森の入り口に埋められたり谷底に放置されたりするが、わざわざ尾根にまでは運んで来ない。それに、あの動きの鈍さでは尾根にまで自発的に登って来るとも思えない…。確実な避難場所として山を登る事を選ばれたのか…。
そうと分かっても、それを可能とする彼の雷属性があってこその話だ。
信勝は何故、伊達氏が奥州平定を成し得たのかをこの時悟った。

「おい信勝」と呼ばれたのは、さすがに山に慣れた信勝さえも息を切らし、引っ張って来た孫兵衛を捨てて行きたい、と思った時だった。
目を上げると、とっくに死人憑きたちの襲撃は止み、山の斜面の谷間のような所で小十郎が雷光を放ちながら立ち止まっている所だった。松明などとっくに燃え落ちて捨ててしまっている。吹雪が緩くなって来たとは言え、夜中の明かりはそれ1つきりだった。
呼ばれた信勝が孫兵衛から手を離して小十郎の側へ歩み寄ると、その雷電を纏った腕がある場所を指し示した。
そこには一本の杉の木の幹に小太刀か何かで刻んだらしい「ノボリグチ」と言う文字。
まさか、とは思ったが、近在の農村の者が通う道の刈り払いをしている所を辿って、ここまで来たのだと分かった。年に数回行なわれるそれで道を失わないよう付けられた目印だったからだ。
「…そうです、ここは多分山王森への登山道です。暫く行けば山小屋があるでしょう」
信勝の半ば呆然とした返答に小十郎は「よし」と小さく呟いた。
「手前ら、もう少ししたら山小屋がある。そこまで行けるな?」
彼に声を掛けられた伊達の面々は、ゼエゼエ息を切らしながらも口々に応えた。
「もちろん行けますぜ、片倉様!」
「…こんな道、屁でもありませんよ片倉様!!」
「―――オレ…もう…」
「黙れ!立てホラ孫!!」
良直に無理やり引き起こされた巨体はふらふらだった。
それを両脇から良直と文七郎が支えるのを見届けてから、小十郎は信勝に向かって顎をしゃくった。
「道案内だ、信勝」
「…承知致しました」
ちらと盗み見た小十郎の横顔は輝く雷光で人外の雰囲気を纏ってはいたが、先に睨まれた時のような禍々しさはない。
あの刹那、己はこの男にイカヅチを落とされて爆死してもおかしくはなかったのだ。

山小屋に到着する頃には吹雪は小康状態となり、半ば雪に埋もれたその小屋へ雪を掻き退け掻き退け、侵入する事が出来た。
そこで孫兵衛が懐に入れて持っていた2、3本の松明と辺りの枯れ木を折り取って、囲炉裏に火を焼べた。
小屋にあった鍋で雪を溶かして湯を沸かし、その傍らで具足を解いた政宗の応急処置が為される。
小十郎は懐の中に解毒剤や止血薬などを常備していたが、軍沢口で世話になった郡上からも秘伝の傷薬を貰って来ていた。それを、奇麗に洗い流した政宗の傷口に塗り付ける。何時もの薬より郡上のものの方が効きが良いようだ。未知の成分が政宗の毒薬に対する耐性を今暫くの間、上回っているのだろう。
新たな咬み痕は二の腕と首筋にあった。
―――死人のくせに血肉に飢えてやがる…。
そう言えば、小十郎が見掛けた死人憑きに関する端書きにも"尽きる事のない飢えに苛まれているようだ"と言うような事が書かれていた。死人同士は食い合わないが生者に対する執着は尋常ではない。その横行を放っておけばどうなるかは、火を見るより明らかだった。
喉の奥で低く唸りながら全ての処置を終えた。そうして、囲炉裏の炎に各々が体を温め一息吐ける頃になって、政宗がその唯一の左目を開いた。
「政宗様…小十郎が分かりますか?」
頭上から降る柔らかい声に、ぼう、としたその瞳がのろのろと上がる。
「ボケた爺さん扱いするなよ、小十郎」と言う、意外にしっかりした返答に小十郎は見るからに安堵した。
「そのような戯れ言を…こちらは生きた心地が致しませんでしたぞ」
その声は静かに沈められ、囁きに近いものになった。政宗は自嘲の笑みを一つ零し、更に言った。
「お前のイカヅチを久々に食らった。…心地良い夢が見れたぜ…」
「政宗様―――…」
「信勝、いるか」と不意に凛とした声で呼ばれて、若者は顔を上げた。
端近くまでにじり寄って来たその顔が苦渋に歪んでいるのを見やって、政宗は横たわったまま信勝に尋ねた。
「荒雄岳山頂には何がある?」
てっきり戦闘中に声を掛けるな、と叱られるとばかり思っていた青年は、阿呆のように固まった。それも構わず、奥州筆頭は苦しげに左目の瞼を閉ざした。
「…今も見える、鬼首の土地の中心で鈍く輝くものがな…。奇麗な三角形をした山の形、そこの頂上に何かがあって輝いてやがる。それに、鬼首をぐるりと囲んで同じような明かりもな…。あれがあんたの言う三十六箇所明神って奴だろう…それらに阻まれて、奴らはその間をうろうろしてやがる。もしかしたら、そいつで死人憑きを一網打尽に出来るかも知れねえ…」
「何と…」
信勝は絶句した。
確かに荒雄河神社の里宮はその川沿いに無数に点在するが、奥宮である山頂の社から正式に分祀されたのは正しく三十六社のみ。それ以外は近在の者たちが好き勝手に祀ったものだ。それがどうやら結界の役割を果たしているらしい。
「何がある?」と政宗に重ねて問われて、我に返った信勝は身を乗り出した。
「大物忌神の石碑です。小さな、ひと抱え程の何の変哲もない石に"山神"と言う刻印が成されているもので、山頂より少し下った所にある…それが死人憑きを祓ってくれると…?!」
「神仏なんてもんは爪の先程も信じちゃいねえけどな…使えるもんは何でも使ってやる……」
「―――…」
「政宗様」
黙り込んだ信勝の代わりに、小十郎が身を乗り出して来た。
「夜が明けましたら、信勝と共に荒雄岳山頂まで行ってその石碑を確認して参りましょう。政宗様はこのままこの場でお待ち下さい」
そうして主の返事も待たずに背後を振り返り、この様子を見守っていた良直たちに低く声を掛ける。
「お前たちもここに残って政宗様をお守りしろ」
「承知しやした片倉様!お任せ下さいっ」
「この命に代えても筆頭をお守り致しやす!!」
「薄汚ねえ死人憑きなんざにゃ指一本触れさせや致しません!」
無邪気にそう喚く己が重臣たちを政宗は少し不思議そうに見やって、それから小十郎の真面目腐った顔面に視線を戻した。そして最後に、この場で1人除け者の気分を味わっているらしい信勝にも視線を当てる。
「彗星の墜落現場を改める筈が…とんだAccidentだぜ…」
そう皮肉げに告げ、熱でもあるのか政宗は再び目を閉じて浅い眠りにと、落ちた。




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