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―記念文倉庫―

政宗と小十郎の斬激を受けたのだろう。手足を失い、肩口や脇腹に大きな刀傷を負った者たち―――もはや、腐敗と凍結からまともな人の形を留めていないそれが己らを振り向いたのだ。そうしては、生身の身体へ向かってずるずると這い寄って来る。地獄の亡者でももうちょっとマシな姿をしているのではないかとさえ思われた。
棒立ちになって硬直した文七郎と孫兵衛の後から、今度は良直と佐馬助、信勝がやって来て彼らの前に回り込んだ。
恐怖に足が竦む。
それが止めようもないものだと知って、良直は信勝の方を見やった。相手もまた、どうして良いのか分からぬように青ざめた顔面から表情を消している。その情けない有様に己自身を見た気がした。
良直は、手にした木切れを振り翳して雄叫びを上げた。
「うぉおおおぉぉっ!こンの野郎ぅっ!!!!!」
そうやって、手近にいてこちらに迫って来た一体に火の点いた木切れを滅多やたらに叩き付ける。
炎に触れた相手が初めて嫌がる素振りを見せて、獣のように吠えた。
「……っ!こいつら、火に弱ぇぞ!!!」と良直が叫んだ。
「おおっ!」
良直の一言に景気付けられた佐馬助、文七郎、孫兵衛らが手に手に松明を持って不気味な敵に討ち掛かった。
これを横目で見ていた政宗は、両手にした一刀一刀の刃をぐい、と擦り合わせた。そこにバリ、と発生した稲妻が、炎より激しくスパークして襲い掛かる蒼白い敵を呑み込んだ。
凍った肉体や纏ったボロ切れが直ぐに燃え上がる訳ではない。だが、その灼熱の温度に触れたものは条件反射のように身を仰け反らせ逃げを打った。すかさずそこへ袈裟掛けの一刀を叩き付ける。
それは腸を開きながらもんどり打って倒れた。
「政宗様、頭です!奴らは頭を破壊されると動きを止める!!」
背後を守る小十郎の声に心得たとばかりに、政宗は倒れた相手の首に刃を振り下ろした。
頭と胴が離れた敵はぴたりともがくのを止めた。元の屍体に戻ったかのように。
その傍ら、良直たちの炎の明かりが届かない薮の中からざっと飛び出して来たものが、思わず立ち尽くしていた政宗に襲い掛かった。
とっさに一刀を翳して防御に回ったが、全体重かけて飛び掛かられた政宗は雪に足を取られて横倒しにされた。
「政宗様!!」
「筆頭!」
「筆頭ぅっ!」
がちり、と肉の削げ落ちた髑髏の中で、凍結した歯と歯が咬み合わさる。がちり、がちり、それを体の間に挟んだ一刀で押しやる手にがぶりと咬み付かれた。
「……っこの…!」
バリ、と言って駆け寄る小十郎の目前で、一際大きな雷光が爆発した。
地面を揺るがす轟音が上がったのは次の瞬間だ。政宗に襲い掛かっていた一体が弾き飛ばされ、すっかり踏み荒らされた雪塊が宙に舞い、忽ち蒸発する。
刹那、目を覆った小十郎は、雷光が消えやらぬ間に主の傍らに跪いた。
「政宗様、お怪我は…っ」
「No problem. 奴らを全て叩き潰せ」
「は―――」
政宗に言われるまでもなく、良直たちは攻守逆転して、逃げ回る連中に炎を押し付け怯んだ所で首を断つ、と言った風に駆けずり回っていた。
何事もなかったかのように立ち上がった政宗も、その後ろを守る小十郎も、目にも鮮やかな手際で次々とそれら斬り伏せて行く。
炎が踊り、雪片が飛び散り、怪かしたちはその下に崩れ落ちた。

全てが終わった後に、首なしの屍体は20体近く転がっていた。

良直たちが雪の上に並べたそれらを眺め下ろしている間に、蒼白い黎明が差し出して、曇天からは風に乗って白いものがちらちらと舞い始めた。
それから視線を離して政宗は、首と胴が離れた屍体を1つ1つ見て回った。それらの中には経帷子を纏って弔いを受けたらしい痕跡が見受けられるものと、そうではなく、百姓の素朴な野良着を身に着けたままのものとがあった。死して後、荼毘に伏されるまでもなく腐敗し、季節が過ぎて雪の中で凍り付いた筈が何故か起き上がって来た、そうとしか言えないようなものばかりだった。
宿の廊下の隅に踞って抱き合い、念珠を唱える老夫婦は「祟りじゃ」「ほうき星の祟りじゃ…」などと譫言のように繰り返すばかり。
もともと、火葬の習慣と設備が100%普及する近現代に至るまで死者を火葬するのは大変な手間と技術が必要だった。近所に寺があったとしても檀家制度が未だ整っていない時期だ。死者を弔うのは坊主より祈祷師と呼ばれる陰陽師崩れの者の方が多かったし、民百姓の間では棺桶を使った土葬が一般的だった。村や集落で出た死者は、人々の住処とは少し離れた山や森の中に埋葬され、自然に任せて朽ち果てて行った。村の外れに墓石の並んだ墓地が出現するのは、江戸時代が終わりを迎える頃からとなる。
「死人が蘇る…ねえ……」
いい加減それを眺め続けるのにも飽きた政宗は、疑い深く呟いた。
腕を組んだまま踏み荒らされた雪の上を歩けば、勢いを増した降雪に頬を叩かれる。ふと見やった先では良直ら己の重臣たちは、顔面を強張らせ起こった事態に対する恐怖心や不可思議な思いと葛藤している様に見受けられた。対する信勝は、事態の異様さに奥州筆頭を巻き込んでしまった事や、山崩れの箇所を探し当てなければならない本来の勤めから責任感が重くのしかかり、その重圧に耐えんと歯を食い縛っている。
そして、政宗の腹臣たる小十郎は―――。
この男は、途方もない知識量と奥州の覇者の背を守って天下を目指す、と言う目的の為に、余計な思い込みや迷信に惑わされて分別を無くすと言う事がなかった。今も、誰よりも早く目の前の現実を受け入れ、頭の中で幾つかの対処の方法を弾き出しているに違いなかった。
「小十郎、どう思う?」と政宗が問えば、静かに応えを返して来る。
「死人憑き、と言う事例が中国地方にて報告された事があると記憶しております。これもまた、その一例かと」
「こんな集団で襲って来やがるのか?」
「いえ、そちらの方はたった1人の村人の身に起こった事でした。…何でも、その者が亡くなった折りに、残された家族が念仏を唱えてもらう為に坊主を呼びに行っている間、何故か起き出していたらしいです。その後もひもじいと言ってものを飲み食いするなどして、数日後、再び倒れて動かなくなった、と言うものだったかと。その時、死人に何かが取り憑いたに違いない、と祈祷師を呼んだりしたそうですが効果がなく、結局、肉体そのものが腐り落ちて動く事がままならなくなっただけのようです」
「Hum…. ここじゃ、その屍体が腐る前に凍っちまったから、ああやって動き回るって?しかもこんなにか?」
「確かに、この数は尋常な事ではありませんな。後の憂いを断つ為にも、兵を入れて山狩り、もしくは山を焼き払った方が宜しいかとは存じますが」
「山を焼く?!飛んでもない!」
小十郎の提言に悲鳴のような声を上げたのは信勝だった。
しかし、続く訴え事を断ち切ったのも小十郎本人だ。
「分かっている。山の中にゃ杣人が棲み付いて春先に木材の切り出しを行なうんだろうし、百姓らもあちこちの山間に田畑を切り拓いている筈だ。しかも山に火を点ければ…もし上手く燃え広がったらの話だが、溶けた雪が川を無視して流れ落ちて来る。まあこの雪じゃ、さすがに火は広がらねえだろうが」
「………」
信勝は、全て分かっている、と言うような男の言に深く息を吐いた。そしてみっともなく取り乱した己を自覚する。
「…で?どうする」
ゆっくりと政宗に促された小十郎は、この宿屋の庭から見渡せる山々の雪景色を振り仰いだ。
「兵を呼び寄せましょう。あまり数が多いと却って身動きが取れなくなりますから、100か200程度。奴らの弱点ははっきりしているので松明と火矢、そして腕に覚えのある武者らを選んでこの辺り一帯を山狩りさせるのが得策かと」
「OK」と政宗は頷いた。
そして背後を顧みる。
「佐馬、お前伝令として走れ。仙台まで戻る必要はねえ。岩出山城に行って俺と信勝の書状を届けろ。信勝、兵どもの引率にこの辺りに詳しい人間を集めて寄越すよう、文を認めろ。10人ぐらい必要だ」
「了解致しやした、筆頭!」
「承知仕りました」
行動を起こす宛てが決まったとして政宗は、宿の部屋へと引き返した。
その途中、濡れ縁に草履のまま上がった所で震えて踞る老夫婦に気付き、そちらへ歩み寄った。
「Hey, 大丈夫か、あんたら」と彼らの傍らにしゃがみ込んで静かに尋ねる。
「…ご領主様……一体…どうなっちまうんでしょうか…?」
震える声で尋ね返すのは老爺の方だ。媼の方は歯の根が合わず口もきけない有様だった。
「どうなりもしねえ…。生きてるもんを脅かすってんなら、やっつけるまでだ。俺の領民に手出しはさせねえ」
「……っ」
老爺は言葉にならない呻き声を上げて、一心不乱に政宗を拝み倒して来た。無知蒙昧な彼らには神仏に縋るより他ないのだろうが、それよりもはっきりとしてここにある領主の庇護は、お天道様のように有難いものだった。
「その代わりと言っちゃ何だがな」
言い掛けた領主を振り仰ぐと、その若々しい顔貌には不適で悪戯っ子の笑みを浮かべていて。
そして言う。
「腹が減っては戦は出来ぬ、てな。朝飯にあったかいもんでも用意してくんねえか?」
「…う、承りました!今すぐ、今すぐに…お待ち下され…っ」
慌てた老爺がそう言いながら、未だに自分にしがみついて来る己が妻をバンバンと叩いて急がせる。ひい、などと喉の奥で悲鳴を上げた老婆も政宗の苦笑を目の当たりにして、這々の体で何とか立ち上がれたようだ。
宿の離れへと立ち去る老夫婦を見送って、立ち上がった政宗の傍らに、小十郎が静かに歩み寄って来た。
「政宗様も岩出山城までお戻り下さい」
「…そう来ると思ったぜ」と政宗は溜め息と共に吐き捨てる。
「山崩れがあった所、まだ見つけられてねえだろうが」
「それは小十郎にお任せ下さい。政宗様には佐馬助や良直と共に岩出山城で事の成り行きを見守っていて頂きたいのです」
領主に対する諌言としては至極尤もな言に、政宗はちょっと唇を尖らせた。そして、己が腹臣の真面目腐った顔面を斜に睨んでは、ちょいちょいと招き寄せる。何事か、と思って少し身を寄せて来た男の陣羽織の襟をぐい、と引き寄せ、政宗はその耳元に唇を付けた。
「落ちた彗星の欠片でもありゃ持って帰りてえんだよ…」
こっそり告げられた余りに子供じみた提言に、思わず男の顔が歪んだ。
「政宗様…」
「だって、天から降って来たんだぜ?きっと何かのPowerを秘めてるに違いねえんだ。それが悪路王の首だってんなら尚更だ」
「………」
「それでも駄目だって言うなら強硬手段に打って出るぜ?」
「…強硬手段?」
「お前が知らない間に信勝引き連れて出奔、とか」
「…………」
苦虫も特大のそれを噛み潰したかのように小十郎は顔面全てを渋く歪めたが、言い返す術を持たなかった。言い出したら聞かないのだ、この人は。そんな諦めと、主に対して甘すぎる己に鞭打ちたい気分を堪える。
「…当初の取り決め通り、4日で岩入まで行って戻って来る…それをお約束下さい。例え彗星の落下跡が見つからなくとも」
終にはそうやって折れるしかなかった。それに対して政宗は会心の笑み。

そうやって身を寄せ合い、極々親しい有様で言葉を交わす伊達主従を、信勝は何とも言えない心持ちでそっと盗み見ていた。



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