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―記念文倉庫―
13
男の両目が、鈍い部屋の明かりに照らし出された政宗の全身を眺め回し、そうして吐息に乗せて小さく呟いた。
「すっかりお強くなられた…泣き虫で痩せっぽちの小さなお子が……」
子供の頃を引き合いに出されて、今度は政宗が黙り込む。
「私も変わらなければ、と思ったきっかけです」
「変わる…?」
尋ねても彼は肩をちょっと竦めて見せただけだ。
多分、小十郎も強くなりたかったのだろう、と政宗はぼんやり考えた。
「でも正直、こんな気持ちになるとは思ってもいなかった」
「………」
「あなたに実際お会いして、あなたの強さに触れるまで」
「………」
「私にとってはお伽噺の国の王子様、でしたから」
「…………」
「卒業、おめでとうございます。春から社会人ですね」
静かな男の声が部屋の中に落ちる。
そう言って微かに目を細め、懐かしそうに青年を眺める小十郎の顔貌には、その言葉通り、遠い憧憬だけが滲んでいた。
雄の欲望ではなく。
政宗は口中で小さく舌打ちを零すと、手にしていたアルバムをバン、と言ってテーブルの端に置いた。
「お前、何かキレイゴト抜かしてるけど、下心なしに俺を一晩借り切るつもりじゃねえだろうな?」
男の前に立って、そのスカした顔を眺め下ろして言ってやる。
そうすると、小十郎は両手を差し伸べつつ、負けじと言い返して来た。
「またこの腕の中で泣きじゃくりたいんですか?」と。
「もう泣かねえよ!」
「どうだか」
腕の中に倒れ込んで来る青年の身体を、小十郎は心地良く受け入れた。
せっかく暖め直した食事が冷めるのも構わず、強がりに男の本能を煽る青年を別の意味で啼かして、別の意味の成人を祝った。

政宗はやはり男の体の下で泣いた。
黄金の光がたゆたう街の片隅で、黄昏の草原を彷徨う夢を見ながら。
そこにいた、15年前の小十郎に手を引かれて家族の元へ帰って行った、それは、サンファンの日本人移住地にあるとうもろこし畑だった―――

それを思い出して、泣いた。




エピローグ
日本に戻った政宗は、もう卒論を提出してあったから4月の就職まで悠々自適の生活を送ることが出来た。就職も所詮は父の会社だ。他の学生のように会社説明会に出るでもなし、苦心して履歴書を作成して面接試験官への対策を練らずとも良い。
―――このままで良いのか、と言う思いが頭の中を満たす。
そんな政宗がたったの2ヶ月程で企業を立ち上げ、南米で作成された農作物を輸入する事業を始めたのは、自然な流れだったろう。
父輝宗はショックで暫く魂の抜けた人間みたいになっていたが、母は相変わらずのマイペースで「血は争えないわねぇ」などと宣うだけだ。弟政道は、また先を越されただの、勝手に先行きやがってだのと文句を垂れた。だが、春から高校三年に進学する彼には、当面の問題として大学受験が控えている。他人の事より先ずは我が身だった。
農作物の流通の足と、それを日本国内で販売するルートを確保するのに、それから3、4ヶ月かかった。
父の協力を拒み、ゼロからのスタートだったが、何とか形になるまでは持って行けた。
南米産のジャガイモは有名だったし、他に一粒が非常に大きくホクホクしてモチモチの白いトウモロコシや、香辛料、それにインカ・コーラなどが意外に若者にウケたのもある。
食品を扱う事は大変気を遣う事業なので苦労したが、仕事は軌道に乗った。
政宗が再び南米を訪れたのは、ラパス動乱から半年以上経ってからの事だ。
各仕入れ先を回って、今後どう発展させて行くかの構想を練る為だったが、第一の目的は南米に散った日本人移住者との交易ルートの確立だった。
ブラジル、ペルー、アルゼンチン、メキシコを筆頭に、150万人以上が南アメリカで暮らしている。JICA(国際協力機構)の協力を得て、それらの人々と日本との関わりを強める一助となれば、と言う思いからだった。
ボリビアのサンファン、オキナワ、と言う2つの日本人移住地にも当然足を伸ばした。
サンファンは確かに、南米でも更に南寄りのサバンナ気候区に位置していた。とは言え、高温多湿の亜熱帯の気候を有していて、雨期と乾季がはっきり別れていつつも豊かな水によって緑にも恵まれていた。
15年前の昔はどうだったのか知らないが、サンファンは昔懐かしい長閑な田園風景が広がる平穏な街並に見えた。これの何処に怖がって周囲の人間の人生を変えてしまう程泣きじゃくったのか、大人になった政宗は分からなくなっている。

今分かるのは1つだけ。

政宗の運転する4WDが「サンファン日本人移住地」と言う、日本語で書かれた看板を潜って暫く行った先に、軽トラックを停めて彼を待つ人物がいた。
サングラス越しにそれを認めた政宗は、荒野を駆け抜けて埃塗れになった車体を端に寄せ、車から降り立った。
陽に焼けた精悍な顔つきの男が、トラックに寄り掛かっていた背を離して歩み寄って来る。
鉱山での採掘現場監督を辞め、故郷であるこのサンファンで農業を始めた男は、その逞しい体付きは元のままにせよ、すっかり人間が丸くなって農夫そのものと言った有様だ。頭に被った野球帽が更に野暮ったくて、政宗は彼と握手する時に思わず吹き出してしまった。
「…何です?」
「Nothing. …幸福せそうで何よりだ」
そう返したら、小十郎は微妙な感じに笑顔を歪めた。
「日本米が美味しいせいでしょうか、ここに帰ってから少し太ったので…」
そんな事を気にしているのか、と思って更に声を上げて笑ってしまった。
「All-right. そんだけ自慢する農作物だ、どんどん俺に売り込んでくれよ」
「良いですよ、ご案内します」
4WDはこの敷地に停めておいて大丈夫だと言われた政宗は、小十郎が運転して来た古臭い青の軽トラに乗り込んだ。助手席の足下に麦わら帽子が落ちていたのでそれを被ってみる。
今、サンファンは冬。
日中は15、6度まで気温が上がるが朝晩の最低気温は0度を下回る寒さだ。この麦わら帽子は真夏の猛暑日に彼が使っていたものだろう。
軽トラは何処までも続きそうな道を走り出した。
政宗の父輝宗から、彼の手腕を買って熱烈にラブコールしたのに悉く蹴られていた、と起業した時に父から聞いた。その代わり、政宗が父親の会社に就職したならその右腕となって働かせて欲しいと言うので、そう言う約束をしていたのだとも聞いた。
それならそうと早く言ってくれりゃ大人しく父の会社に入っていたのに、とひっそり臍を噛んだのは内緒だ。小十郎と再び会えるとは思っていなかったから。
あの夜が最後だと、本気で覚悟を決めていたから―――。
けれど父が、話の締め括りとしてぼそり、と零していたのは本当のようだ。
「小十郎はお前の押し掛け女房になるつもりだぞ」
今こうして軽トラを運転して隣に座る男は、何故鉱山会社を辞めたのかとか、父の会社に勤めるつもりだったとか、自分からは一切言わず、それでも当たり前のようにして政宗の事業を手伝うのだ。
偶然を装って。
目深に被った麦わら帽子の下で笑ってしまった。
そうしたら、車を走らせながらギアを握っていた男の手が伸びて来て、政宗の膝の上に乗せられた。
その大きくて、温かな掌。
―――懐かしい。
何も言わず、政宗は身を乗り出して小十郎の頬にちゅ、と軽く口付けた。

目の前に牧草地が広がっていた。
草を食むのは暑さに強いインド牛だ。白くて骨張った肩や腰の骨が特徴的だ。
その更に向こうには緑の大地が続いている。大豆畑だそうだ。
その上に大地を覆って余りある青空が広がっていた。
真っ白な雲がふわりと浮かぶ、透き通るような青空だった。



20130126
  SSSSpecial Thanks!!


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