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―記念文倉庫―

「入学式だけですよ」と言って制服姿の初々しい二人を乗せて、小十郎の運転する車は都内を走った。
街路のあちこちに三分咲きと言った桜の木がちらほら見られる。それが、千鳥ケ淵の傍らを走り過ぎる時には満開のものもあり、七分咲きのものもありで少年たちの心を浮き立たせた。
「来週末には東京も見頃だってよ!みんなで花見に行こう!!」
浮き立った心のまま、成実が窓にへばりつきながら声を張り上げた。
「事務所の人間と一緒でいいのか、成実」と小十郎は聞き返した。
「え、どういう事?」
「いや、学校の友達と行くんじゃないのか、普通」
「え〜、友達と花見なんて行く奴いんの?普通、家族とだろ」
―――家族、か。
小十郎は密かに笑った。
成実にとってはもうずっと昔から、多分一緒に暮らし始めた頃から政宗だけでなく小十郎も家族の一員だった。
東京の伊達事務所には入学式の一週間前から移り住んで、生活の様々なものを買い揃えた。その間、綱元や事務所の若い連中と寝食を共にする事で、彼らも新しい「家族」となった。
「な、政宗もそう思うだろ?」
ようやく車内を顧みて、満面の笑顔を振り向ける従兄弟に対して政宗は「まあな」とだけ答えた。
「だろ?」
満足したように成実はシートに身を任せた。
「東京って変な所だよなあ。ビルばっかだと思ったら、あそこみたいにぽっかり大きい森とか池とかがあって、そこから必ずビルが見えるんだ。それが不思議と違和感なくてさ」
満悦の様子で話し続ける成実に向かって、政宗の手が伸びた。何かと思うと、ブレザーの中でよれた白いシャツの襟を指先だけで器用に直してやる。
「ありがと!」
「みっともない格好で第一印象にケチ付けられるなよ」
「わかってるって、任せとけ!」
政宗の忠告にそう答えて、成実はドンと己の胸を叩いた。
微笑ましい様に、本物の家族よりよほど深く強く繋がっている事を小十郎はバックミラー越しに強く感じていた。

学校の少し手前の交差点で二人を降ろした。
そこから見ると高校の校舎の周辺だけでなく、そこへ続く公道にまで桜の木が植えられていて五分咲きの様子だ。ふんわり薄紅色に染まった空気の中へと新入生たちが三々五々、ちょっとした緊張の面持ちで歩いて行く。
背を向けて遠ざかる政宗と成実もその一員として紛れようとしていた。
その時―――――。
車の中で見送る小十郎を政宗がふと、振り向いた。
いや、気の早い花弁が一枚散ったのを、眼で追っただけだったか。
「―――――」
小十郎はそう思い直して、車を出した。


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