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―記念文倉庫―
14●(小十郎×政宗)

ピリ、ピリ、…ビリッ、

「んぁっ…あっ…!」
政宗の身体が見事に仰け反った。腰を支えた景綱の手を支点に、美しい弧を描く。
「やめ…っ、小十郎…やめて、くれ…っ」
切れた唇が譫言のように喚いた。
それは反則だなどと、自分の事は棚に上げて懇願する。
景綱はただその唇をもう一度味わいたい、と思っただけだ。
仰け反ったままの身体をそっとイグサの上に横たえた。
それにさえ感じ入ってしまうかのように、政宗は血の滲んだ唇を噛み締める。上からのしかかって来た景綱はそんな事するな、と言うように、唇を唇で覆ってしまった。
政宗は行為の最中、小姓に対して口吸いはして来なかった。
景綱もそれを強請らなかった。
それが"危険な事"なのだと、心の何処かで了承していたのかも知れない。
けれど今は。

バリリッ、

口腔内で舌と舌とが絡み合った時、体の中を鋭い閃光が駆け巡った。
凄まじいスピードで回転する独楽のように、2人の間を1つに繋げて走り回る。
景綱は、折り畳んだ主の身体を思う様、己の一物で穿った。
政宗は我を忘れて乱れ狂った。
訳が分からなくなる程のそれは、景綱が13の時に初めて味わった恍惚よりも更に鮮烈にして、暴力的ですらあった。
こうして身体を使って主と言う人を征服する。それはある意味、房事での誅殺でもあった。
誇り高い伊達家16代頭首伊達政宗を、小姓の身体の下に屈服させて服従させ、―――破壊してしまうのだ。
突っ張った矜持は、抵抗する両手を1つに纏めて拘束する行為の中に。
人に命令を下す事に慣れた気高さは、拒否の言葉を無視する事によって。
智力や漢らしさと言った自信は、女のように身体を穿たれる行為そのものによって。
「あ、あぁっ!…あ、こじゅ…ろっ…、たす、け…て…っ!」
政宗は裏返った声で許しを請うた。
凶悪なまでの衝動に貫かれていた景綱にしてみれば、それは、更なる行為をせがむものにしか聞き取れない。
「…政宗様……っ」
名を呼ぶ事しか、出来ない。

景綱は己の中にぼう、と浮かび上がる鬼を見た。
その鬼は、手に蛍袋のようなささやかな燈籠を提げ持っていた。


馬屋の隅のイグサの上に、傍らから朝日が差し込んで来ていた。
激しい行為の後の気怠さに、2人は馬屋の隅であちらとこちらに離れたままダラダラしていた。
肌寒くなって来たのでそれぞれ自分の着物にくるまったが、汗と精液に塗れたままでは不快な事この上ない。その上、イグサの欠片が肌にへばりついて、最低だ、と思った。それもまた、身体を動かすのが億劫になる理由だった。
先に身を起こしたのは政宗の方だった。
反動を付けて上身を起こした彼はしかし、次の瞬間には「うっ」と呻いて身体を丸めてしまった。山盛りにされたイグサの上の事だ。
「どうしました?」
問われて、問うた男を睨みつける。
景綱は、馬屋の壁に背を付けて座り込んだまま政宗を見上げていた。
「どうしたじゃねえよ…手前のせいだろうが…っ」
唸るようにして言い返した政宗は、内着を羽織ったままで尻をもぞもぞさせた。それだけで何が起きたのか分かったのか、景綱は何でもない事のように言う。
「ああ…腹の中に俺の子種が残ってるんですね…。掻き出しましょう、腹を壊す」と。
「No-Thank-You!!」
いきなり上がった怒声に、景綱は起こしかけた身体を止めた。
「もう手前に触れたかねえ…」
そう呟いて俯く頬が朱く染まっているのを景綱は何となく、眺めた。
眺めながら体勢を変えた景綱が今度は「う…」と呻いて己の頬に手をやった。
行為の最中に剥がれた油紙の下で、顎の骨を削った刀傷がまたぞろ血を流し、その痛みを今更思い出したのだ。抑えた掌にぬるついたものが触れる。
景綱は手に付いたそれを何となく舐め取った。
その様子を横目で見ていた政宗は盛大な溜め息を吐いた。
景綱は主の身体を揺さぶりながら、頬から滴る血がその白い肌に散ったのを丹念に舐め取り、あるいは口に含んで政宗に舐らせたりしたのだ。
その血の味が未だに口の中に残っている。
がさり、と言って政宗は突っ込んでいたイグサから足を引っ張り出した。そうしてイグサの山の上からずり落ちる、景綱の向かいに。
小姓は、いやもう今は立派な男になった景綱が、安座の足を開いてその間に政宗の身体を迎え入れた。
「馬屋に何時もいる馬役たちが全然現れねえ…」
「人払いしましたから」
「……やっぱりな」
「途中で邪魔されたかったですか?」
「…イヤな事聞くよな、お前」
「俺は死ぬ覚悟でしたから、誰にも邪魔されたくありませんでした」
そう言う男の手が、政宗の湿った髪の張り付いた頬を覆う。
そんな達観した瞳で、薄っすら微笑むなんて本当に反則だ。
「思い残す事はない、と言いたい所ですが、綱元と喜多だけはお咎め無しとして頂けませんでしょうか?こんな事をお願い出来る立場ではないのは分かっております。ですが…景綱は乱心したとして…」
「誰が手前を処罰するって言った」
「………」
「こんなもんじゃなくて、ちゃんと周囲の人間が納得するもんを望めって言ってんだよ!」
咬み付く勢いで言われて、景綱はただただ目を見開いた。
「……俺を…、軍師に取り立てて下さい」と景綱は言った。
「大老でも良い…そうすれば、伊達家を佳き道に導くことが出来るでしょう」
「………ほう?」
「俺なら佐竹の裏切りを探り出す事が出来ました。石田三成の怪我の情報が偽物だった事も予め知っておりました。徳川との同盟とて伊達家にとって利益に繋がるものです…。その子々孫々の繁栄をお約束致します」
「………」
呆れただろうか、怒り出すだろうか、それとも―――。
「俺の考えが正しかった、と思われたのなら、またこうして俺に貴方を下さい…褒美として。録も国もいらない。生涯、貴方に尽くします。俺の子孫も神賭けて」
「いや、ダメだ」
「…………」
やっぱり、と言う落胆が顔に出ていたのだろう。政宗はにっと底意地の悪い笑みを見せた。
「録も国もその働きによって与えなきゃ、示しがつかねえ…。他は全部くれてやる」
「…政宗様……?」
訝しげな景綱の頬に、自分が触れられている方とは逆の手で、政宗は掌を添えた。傷口から血を流している方だ。
「くれてやる、って言ってんだろ?」
その台詞の意味する所を悟って、景綱は主の身体を抱き寄せた。
合わせた唇は、主の方が素早くて。
今少しだけ、唇を通して交わされるイカヅチの心地良い刺激を味わった。



その年はもう戦はなかった。
伊達軍はそのまま米沢で雪に閉ざされた。
会津の上杉も、常陸の佐竹も大人しい。それより北など雪の白い沈黙の中に埋もれてしまうのは当然だったろう。
そして、その間にも西の方では各勢力がアメーバのように不気味に蠢いていた。味方についたり、裏切ったり。
それは、血縁関係がなくとも展開されるものだ。
人にカラダがあるように、人と人との間にはウカラ(親族)やハラカラ(同胞)がある。
人は、誰かと共に生きて行くしかない。
年が明けて夏。
愛姫が米沢に帰って来た。
徳川家康の軍勢を引き連れて、その腕にもうすぐ1歳になる五郎八を抱いて。その光景は、衛士を従えた公家の姫が天上から地上に舞い降りたもののように見えた。

米沢城御座所の大広間で、伊達と徳川双方の主立った家臣が勢揃いした中で、両家の頭首が顔を突き合わせた。同盟を結んで初めて、公式の場で頭首同士が言葉を交わす機会だった。
今この御座所の主人である伊達政宗は、左隣に正室の愛姫を、その膝の上に五郎八を抱きかかえ、薄っすらと穏やかな笑みさえ浮かべている。
対して、客人であり盟友である徳川家康は、どれだけの家臣がいるのかと呆れ返るぐらいの頭数を揃えて自身の背後に侍らせており、当人はあっけらかんとした笑みをその口元に刻んでいた。
「少し見ない間に変わったな、独眼竜」とその家康が気心の知れた物言いで言い放った。
政宗は穏やかな笑みを少しばかり歪めた。
「あんたには感謝してるぜ。こうして奥も姫も戻って来た」
「うん、良かったな!」
あられもない家康の有様には苦笑を禁じ得なかった。
絆を繋ぐ、それがこの好青年の宿願のようで、1つの家族が一緒にいられる事を心から喜んでいるのだ。
それから家康は、政宗の左右に侍る伊達氏の家臣の面々を見渡した。特に政宗の右側、最も端近い所に姿勢良く安座し、澄ました横顔を見せる景綱の上にその視線は止まった。
「片倉どのが罰されるどころか大老に抜擢されて、儂も鼻が高い」
「Ah? 何でだ」
「お前にナイショで動いてただろう。処罰されてもおかしくはなかった。それを大老に召し上げたとなれば、儂との同盟も大いに買ってくれてると言う証拠じゃないか」
「もちろんケジメは付けてもらったぜ。その上で俺が良いって判断したんだ。…手前との同盟は話が別だ」
「そうか、話が別か。それは手厳しいな」
心底参ったように家康は政宗の言に微笑む。それを見ていた政宗も悪戯っ子の微笑み。
「それで、何だ?同盟の為の血判状でも作ろうってのか?」
揶揄るように言ってやれば、家康は微笑みながら小さく首を振った。
「紙の上での約束事ほど当てにならんものはない。…今日は、お前たちと酒杯を交わしに来た。酒は持って来たぞ。三河特産の天竜山だ。樽で車両に山ほど。そこでだ、肴を二、三品、用意してくれると有難いんだがな」
この家康の言い草に、政宗は高く笑った。
「こりゃケッサクだ!客が酒肴を要求して来るたぁな。良いぜ、用意してやる」
上機嫌に政宗は応え、その陽の高い内から大広間にて酒宴が開かれた。

幼な子には大人たちの醜態を見せられぬ、と言って下げられる前に政宗は、膝の上の五郎八を抱き上げた。その様は目に入れても痛くないと言う程のもので、その様子を見守っていた家康も、両氏の家臣らも目を細めた。
乳母の手で五郎八が大広間を下がると、政宗は今度は愛姫に機嫌良く話し掛ける。
愛姫も愛想良く応えた。
見目も麗しい夫婦がそうしている様は、伊達氏の家臣らには誉れであったし、客人らが安心して酒を過ごせる平穏の象徴でもあった。
政宗は今はもう、その手の中でほうずきを転がさなくなった。
彼が感情に任せて激昂したり、暴走したりする事がここ最近めっきりなくなったからだ。
それに彼には愛姫と五郎八と言う、ほうずきなどには及ばない守るべき存在がある。
この橙色の実は7月のうち盂蘭盆会などで飾られるだけとなった。

いや、今ひとつ。

夕刻。
酒宴もたけなわとなり、格式張った様子から気心の知れた無礼講の体へと変わって行った。
景綱は、自分の手の者に呼ばれて一度席を外してその報告を聞いた後、大広間に戻る途中で足を止めた。
回廊を曲がる手前で庭の片隅に仄かに灯る橙色の実を見つけたのだ。
そのまま、白足袋の足下を気にする事なく庭に降り立ち、身を屈めてそれを手に取った。しかし、実をもぐ事はない。
ふよふよとした表の皮の下には、ちんまりとした果実が生る。
ふと思い付いて、これを水に浸けて繊維だけにして政宗の居室に飾ったらどうか、と思った。繊細な表の皮の下に、中に綿などを入れた実を括りつければ長い事楽しめるドライフラワーが出来る。
それは、小さな燈籠のような趣だ。
「懐かしいですね」
ふとした気配に声を掛けられれば、景綱は振り返りながら頭を下げた。
回廊のきざはしに立ってこちらを眺めやるのは、愛姫だった。
「それは、あの方にはもう必要のないもの」と彼女は言った。
「籠ほうずきにして政宗様の居間に飾ってはどうかと思ったのですが」
「必要ありません」
静かに告げる女を景綱は凝と見つめた。
「あなたがいるでしょう、景綱。政宗様のお足下を照らして明かりを持つあなたが」
その言に暫し景綱の視線が彷徨った。
ふ、ふ、と女は嗤う。
「あなたは、鬼。人畜無害な顔をしていながら伊達家を内部から喰らい尽くしてしまった、鬼―――」
さらに忍び笑いは漏れる。
酔っていらっしゃるのだろうか、と景綱は思う。
そして、女が、自分が最も望んで手に入れてしまったものに気付いているのだと、知った。
「早くお戻りなさい、景綱。暫く会わない間にどれほど腕前を上げたか聞かせてちょうだい、能管の」
声だけを残して愛姫は立ち去って行った。
それへ頭を下げたまま、長い事景綱は固まったままでいた。

ほおずきは鬼灯とも書く。
盆の夜に先祖が愛しい者たちの所へやって来て、そして黄泉路へと帰って行く。そんな彼らの足下を照らすのがほおずきの役割だ。
だとしたら、今ひとつのほおずきは、伊達家の闇中の導き手だった。
愛姫に請われて、手慰みにものした能管を奏す片倉小十郎景綱の名は間もなく世に広まり、そして後世に長く受け継がれて行くだろう。
伊達に寄り添って立つ大きな影のように。



20130105
  SSSSpecial Thanks!!




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