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―記念文倉庫―
13●(小十郎×政宗)

ガタン、

と言ってその背が馬屋の壁に打ち付けられたのは、次の瞬間だ。
顰めた顔を振り上げて睨みつけた。
そのつもりだったが、景綱の顔はその時既に政宗の耳元に埋められていて。何時の間にか、領主の両手は景綱のそれによって壁に縫い留められていた。
「あの口付けの続きを…」と、くぐこもった聞き取りずらい声が静かに言う。
「いや、俺に貴方を下さい」
「……は?」
「貴方が欲しいんです…」
「Ha! 何だよ、そんなんで良い…の、かよ…」
強がりのような台詞は、最後には戸惑うように揺れた。
耳元で男の息が大きく吸われ、そして吐き出される。その時に景綱の言う「欲しい」の意味が分かってしまい、政宗はカッとなった。
「てめ…!主の俺に稚児の真似事させようってのか?!」
叫びながら、小姓であった筈の男の手をギリギリと振り解こうとする。力比べになって、景綱も渾身の力で領主の手首を締め付け返した。
だが、どうやら膂力に関しては政宗の方が上だったようだ。景綱の手を振り払って、彼の小袖の襟首を引っ掴んでやった。
「調子に乗りやがって、こんな事してどうなるか…わかってんだろうな?」
「勿論…わかっております」
すっかり影の落ち切った馬屋の中は、蒼白い闇に沈んでいた。その中の何処かで灯る仄かな燭台の明かりに、景綱の双眸は己が主をそよとも揺るがず見つめる。
そして、己の襟首を掴んだ手をそろそろと取り、篭手に覆われた主の手指を己の首筋に絡ませた。
「俺の首など石より脆いでしょう?」
「…………」
そうしておいてから景綱は、自分の手を、主と言う人の陣羽織を纏った背へと回して抱き締めた。
何時どの瞬間でも縊り殺して下さい、とでも言うように。
2人の身体がどちらからともなくずるずると壁に沿って落ちて行き、馬屋の隅に掃き溜められていたイグサの上に崩れて行った。

       *

血の味がする口付けは、ただ押し付けられるものから徐々に深まって行った。
堅く閉ざした政宗の心の扉をノックして、徐々にそれを開いて行くように、優しく。
穏やかに、静かに。
女に対するように、いや、それよりも労りを持って。
唇が離れる時は、離れがたくて舌を伸ばしてその唇を舐った。
それに何故か政宗の方も応えてくれて、舌先で相手のそれを突つき合うような仕草になった。
「…やりてえんなら、やらせてやるよ……」
「……本当に…?」
「ただし、途中で萎えたら手前の一物ちょん切るからな」などと嘯きつつ、闇の中で彼の瞳がギラリと輝いた。
首に絡まっていた政宗の手が離れた。その手が陣羽織の前を留めていた帯留めをぱちんと言って取り去り、狭い空間をものともせずにざっと羽織を脱ぎ捨てる。
それを景綱は、彼の身体を抱き込んでいた腕を緩めたままで見ていた。
正直、許されるとは思っていなかった景綱は目の前で起こっている事に頭が追い付いていない有様だった。
ふと自分の口元に手をやれば、下唇が切れていて血を滲ませていて。
ガチャン、ドサリ、とその辺に具足を放った政宗は、身にぴったりと添った内着と下袴だけになって、盛大な溜め息を吐きつつ「で?」と景綱を促す。
それに応えて小姓は、袖の袂から1つの薬袋を取り出して政宗の目の前に差し出した。
「………」
それに見当がついた政宗は、開いた口が塞がらなくなった。
他でもない、自分が愛姫を濡らす為に使った"ねりぎ"だったからだ。
「てめ…!」
膝立ちになって景綱の襟を引き寄せる。
揺れる燭台の微かな光に透かし見ると、政宗の上唇が切れていてやはり血を滲ませいていた。それへ何となく手を伸ばしつつ、言ってやった。
「俺がやって差し上げましょうか?」と。
手はパシンと言って振り払われた。
「……………」
政宗は憤りを息に乗せて吐き出した。
殴りつけるように景綱の襟を振り払った政宗は、小姓の掌から薬袋を取り上げ、その中身を躊躇もせずに口に放り込んだ。
唾液に絡めて、顆粒状のそれが粘液のようになるまで舌で捏ねる。
そうしながら、景綱から顔を反らしたままでさっさと内着や下袴まで脱ぎ捨ててしまう。顔を反らしても、殆ど手を伸ばさなくても届く距離にいるのだから、余り意味はないのだが。
色気などとは無縁だった。
当然だろう、これは政宗にとっては褒美を与えるのと同じ事なのだ。少なくとも景綱はそう思っていた。
その小姓は、政宗が全裸で膝立ちになって後ろの穴を解す間に、自分の袴を解いて小袖を脱いだ。
素っ裸になるにはもう肌寒い季節だ。
景綱は鳥肌が立つのを感じたが、政宗の白い肌が淫靡な灯りの中で蠢くのを見やって目を細めた。
形の良い筋肉の束が複雑な陰影を描き、屈めた腹筋の上で薄い皮膚が皺を作る。それが、身じろぎする度に景綱の膝にぶつかり、揺らめく黒髪が鼻先を掠める。
前には景綱、後ろには馬屋の壁。そんな狭い所で、しかもこんな間近で彼の人の赤裸々な姿を見るのは初めてだった、と思い当たる。
何度も大事な所を扱き、扱かれ、後ろに政宗の雄芯を受け入れて来たと言うのに。
全裸になった景綱は、自ら自分の一物を扱き上げた。
前戯なら何時もやっている事だ。今この場では必要なかった。
それに、頭首が後ろを解すのに前から右手を回して屈んでいる様は、見ているだけで下半身に熱が集まって来る。緩く揺さぶり、何度か扱いている間にそれは見る見る立ち上がった。
口腔内から吐き出したものを指先に掬い取り、後ろに持って行く―――。
自分の為にしてくれているのだと思えば、陰茎は張り詰めて来る。
ふと、我に返った政宗が己が小姓を振り向いた。
それがあまりに近くて。
目の縁を赤く染め、羞恥か不快感かに唇を噛み締め、その色素の薄い瞳がちらと、景綱の安座の中央で立ち上がったものを目に留めた。
そして、見返して来る。
「もうギンギンにおっ立てやがって…」
「いい眺めですよ、政宗様」
「………」
自分の一物を扱き上げながらの一言に、政宗はその独眼を細めた。
色素の薄い瞳の中で、瞳孔がきゅっと締まる。
「終わったぜ…それで?」
後ろから引き抜いた指先は根本まで蜜を絡ませていて、それを政宗は忌々しげに男の胸に擦り付けながら先を促した。そうすると、景綱の両手が腰に添えられる。
「後ろからが良いですか、それとも前から?」
「………前!」
矜持の為にか前からを選んだ政宗に対し、景綱は薄く微笑んだ。
望んでいた通りの形に運んだのが単純に嬉しかったと言ったら、この人は怒るだろうか?
挑むような顔つきで凝視して来る政宗を見つめながら、腰に添えていた掌をするすると上下させた。近くで見れば見る程、白く艶かしい身体だ。
自分の骨張っていて筋張ったゴツゴツした身体とは大違いだ。これが同じ性を持った、10も年上の男のものとは思われない。
女々しいのではない、神々しいのだ。
「…ふ、ぁ…っ!」と政宗が声を上げて首っ玉にしがみついて来たのは、景綱の左手の指先が解したばかりの後孔に突き込まれたからだ。人にやられる不快感に、政宗は片手で小姓の首を鷲掴んだ。
「てめ…っ、何し、やが…っ」
「ちゃんと行き渡っているか確かめているんです。満遍なく広げないと苦しいだけでなく、貴方を傷付けかねない」
「………っ」
政宗のそこは軽く指2本を咥え込み、目一杯奥まで受け入れた。
歯を食い縛る政宗の股間のものは萎垂れたままだ。それを見やってから両手を添えて広げた所へ、自分の猛り狂ったものを宛てがう。
「そのまま俺の首に寄り掛かって…力を抜いて」
「……………っ!」
腰を下ろして行くのに抗う身体を、景綱は上体を押し付けるようにして沈ませた。
ゆっくりと、だが躊躇いもなく―――。

小姓の首に縋ってその衝撃に耐えていた政宗の目が、馬屋の隅に放られていた景綱の内着を視界に納めた。正しくは、その袖口から零れ出た見覚えのある文を、だ。
ばっと顔を上げた政宗は、肩を掴んで引き剥がした青年の顔を食い入るように見やった。
景綱は僅かに紅潮した頬に油紙を貼付けたまま、と言った様で。
それから、自分の背後を顧みた。
「ああ…」と呟き、詰まらなそうに視線を戻す。
「二本松城の片付けをしている時に見つけました」
「手前…中身、読んだのか?」
「拝読させて頂きました」
愛姫からの文、政宗を意気消沈させるその内容。
危険な緊張感を孕んだ沈黙の中、互いが互いの目の中を覗き込んでいた。そして景綱は、彼の肉感的な腰を掴んで、落とした。
「―――っく…うっ…」
政宗は悲鳴を噛み殺した。
愛姫の文の内容は、大阪での豊臣勢に関する報告書の体を成していた。
決して愛を囁いたり、寂しい恋しいなどとは書かれていない格式張った見事な手だった。
自分の正室に間諜のような仕事をさせて何が楽しいのか。
互いの思いよりも伊達の家を盛り立て、2人の間に出来た次男にいずれ田村の家を継がせる事を、何故何度も約束しなきゃならないのか。

その手紙を盗み見た時、景綱の中で何かが、切れた―――。

愛姫の代わりと言って自分を抱いておきながら、―――いや。
最愛の愛姫と念願の身体の繋がりを持って嬰児を得ながら、―――いや。
不敬の小姓を貶める為に欲望を盾に攻めておきながら、―――いや、いや。

―――私たちは同志なの、男と女の関係ではなかった…。

愛姫のかなしい声が蘇って、ただただ主と言う人を喰らい尽くしてしまいたい、と思っただけだ。

景綱は船でも漕ぐように、掴んだ腰をゆるゆると上下させた。
政宗は見事に声を出す事を耐えた。けれど、景綱の腰を挟むようにして広げられていた太腿がふるふると震えている。小姓の首に回された両手がきゅう、と切ないぐらいに締め上げて来る。
そうして、熱い熱い胎内に埋め込まれたそれよりも更に熱い杭をもまた、同時に締め付けるのだ。
景綱は、触れ合った粘膜からそろそろと小さな雷電を流し込んでやった。
「…は…ぅ、ふ…っ」
政宗が吐息の中に微かな声を上げた。
まるで媚薬のように、麻薬のように、今までも2人の理性を灼き切って来た手段だ。体の中を互いのイカヅチで満たして、感じ合う。それが、狂う程の快楽を産む。
「…や、めろ…っ」
その証拠に政宗は声を殺せず、2人の腹の間では彼の雄芯が立ち上がって来た。
それは植え付けられた条件反射。
そして雄としての単純な衝動。




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