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―記念文倉庫―
6●(政宗×小十郎)
「…あ、あ…っ、政む…ねさま…っ、まさむねさま…っ!」
景綱は主を己が身に咥え込んだまま、助けを求めるようにその名を連呼した。それとは関係のない所で稲妻に踊らされて、壊れたカラクリ人形のように体は飛び跳ね続け。
ひゅう、と息を吸い込んだ政宗は、それに応える事もままならない。そのまま身を仰け反らせ、褥に倒れた。それに取り縋って身を屈めた景綱は、その事で身の内を抉った刺激に更に激しく腰を振った。
「ま…さむ……ま…っ、ど…しよ…っ、とまら、な…っ!」
その時にはもう泣きじゃくりながら喚いたが、手の下の政宗に至っては、陸に上がった魚のように口を大きく開け、忙しない呼吸を繰り返すのがやっとと言う有様で。
2人の間でバチバチバチッ、と雷電が弾けた。
同時に上げた2人の声さえ掻き消す程に激しく、眩く。
ビクン、ビクン、と跳ね上がる2つの体は、死の断末魔に身悶える人形に他ならない。そして彼らはこの刺激に長くは耐えられなかった。
政宗が背中を浮かす程に身を仰け反らせ、馬上で飛び跳ねるような動きを止めた景綱の中に、欲とイカヅチとを同時に叩き付けて、
―――終わった。

景綱はカラカラに乾いた喉にヒリヒリと滲みる唾液を嚥下して、荒いだ呼吸を落ち着かせようとした。そうして見下ろした先に、同じく激しく胸を上下させて乱れた主がいて。
戦で付いたと思しき大小の傷跡が幾つか見られた。
それに思わず指先を滑らせれば、ひくんと体を震わせて政宗が身悶えた。
形で言えば抱いている方は政宗だったのに、景綱はまるで自分が主を犯しているような錯覚に陥った。
その人が、ふ、ふ、と笑う。
「……初めてのクセに、俺を達かせるたぁ…漢だな、小十郎」
掠れてはいたがはっきりとした意識を持って吐かれた台詞だ。それで仕掛けた魔法がとっくの昔に解かれていた事に、景綱は初めて気付いた。
ポロポロと、少年のまろい頬を涙が滴った。
「…政宗様……、愛しております、この世の誰よりも…っ」
俯いた口から吐かれた台詞に、ざっと伸びて来た手が少年の体を絡め取って、抱き竦めた。
それは憐れみから来る勘違いだ、と、そう言ってやれれば良かったのだが、そのような台詞は終に政宗から語られる事はなかった。




政宗が黒川城を退いて米沢に戻った2年後、豊臣秀吉はその子飼いであった徳川家康に討たれた。
豊臣の富国強兵を提唱した政策は小田原陥落、奥州仕置に代表されるように、その戦力に任せての徹底抗戦であった。その為これでは人の和は保たれぬ、恐怖と暴力では日本の統一は成せぬ、と心を固めた家康によるものだった。
長い人質時代を耐え忍んだ家康は、それを機に各地の氏族と和を結び、その勢力を拡大する事に心血を注いだ。その対象に奥州の伊達政宗が選ばれたのは、至極自然な流れだった。
だが、同盟を求める家康の書状に政宗はNOと言う返事を叩き付けた。
秀吉が倒れたとは言え、その遺臣である大谷好継や石田三成が残っており、その下に愛姫は捕われたままだ。ここで家康と結べば彼らの勘気を被って彼女を失いかねなかった。
事情を汲んでいた家康は、その時はすんなりと要請を引き下げたものだ。
未だ豊臣政権の傘下にある状態を維持しながら政宗は、大谷・石田を討つチャンスを虎視眈々と狙った。特に石田には弱った伊達軍に更に追い討ちを掛けられた恨みがある。
そうして、ふつふつと煮え滾る怒りを胸に淡々と国内の体勢を整える様は、伊達の諸臣らには元の通り冷静で思慮分別のある態度に取られた事は間違いない。
確かに、政宗が我を忘れて取り乱し、夢遊病のような状態になって譫言を吐く事はなかった。それは、小姓景綱の憐れが彼の上に降り注ぐ限り、安泰を約束されたものだった。

愛姫の身代わりとなってその打掛を羽織り、女のように抱かれる―――。
景綱は己の感情がはらはらと解けて行ってしまい、そこに屍となって積み重なって行くような幻想に取り憑かれた。己が空洞になって、そこに幻の愛姫と言う存在が棲み付く。
新たに湧き出す感情は、無視する事も出来ないぐらい醜悪な姿を晒した。
心が折れてしまう前に、本来なら政宗との関係は絶つべきだった。


この頃、15になった景綱は、戦に飛び回る政宗に付いて初陣を果たした。
先ず、長年の仇敵であり、血縁としても決して薄くはない佐竹氏相手に、その本拠地である佐竹城まで攻め込んだ。しかしこれには、佐竹の援軍要請を受けて背後の会津から上杉が侵攻して来た為、惜しくも撤退した。
続いて、伯父の最上義光を攻め立て、更には本州最北端にある南部をも滅ぼした。ちなみに義光自身は、元からよしみを通じていた徳川家康に頼って落ち延び、後に領地を復興させている。
これらの戦は豊臣に"お伺い"を立てた上、許可を貰って起こしたものであり、取った領地は豊臣に差し出す約束の元で行なわれた。
代わりに得るのが石高だ。
まるきり豊臣の手先となって働く戦は、政宗の腹の中に堪え難い鬱屈を植え付けただろう。
これらの戦に主君政宗の盾として他の小姓と同じく参戦した景綱は、最年少でありながら数々の首級を上げていた。
それも雑兵ではない。副将、大将クラスのものが数多く、その好機が訪れれば重臣たちですらも討ち取った。
他の同い年の少年と比べても上背があり、程よく鍛えられた体は具足に包まれれば大の大人と並んでも見劣りしないものがあった。
更には、二度も政宗の本気のイカヅチを浴び、そして体を重ねる事で練られ、撚り合わされた雷電は、人知れず地道に鍛錬された剣の腕前と相まって景綱をいっぱしの武将へと育て上げていた。

南部の領地を手土産に政宗はその秋、上洛を果たした。
都は、戦国時代の端緒となる応仁の乱で北側の市街の大半が消失し、その後も度々戦乱に巻き込まれている。昔の華やかなりし頃の面影は殆ど見受けられない。残った市街は上京・下京とに別れ、それぞれ"惣構"で囲われてその間は畑が埋めていたような有様だ。
これを織田信長や豊臣秀吉の保護と町衆の力で復興させたが、特に秀吉の大改修は目を見張るものがあった。
街区を囲う防壁である"惣構"を取り壊し、聚楽第と武家町の建設を筆頭に、内裏の修復と公家町の建設、洛中に散在していた寺を集めた寺町の建設を実行していた。
聚楽第が造営された場所は、平安京大内裏跡の内野と呼ばれる荒れ地だった。
政宗が京に連れて行けたのは一軍とも呼べない徒組の一隊30名と、綱元、成実の何時もの顔ぶれ、それから政宗の小姓の中では頭取と景綱の二名だけだった。
聚楽第城下の伊達屋敷に入ったのは夜になってからだ。
夫婦水入らずの所を邪魔せぬよう、今夜は小姓も付けずに政宗1人が奥座敷に進んだ。
綱元と成実は客間である書院に、更に控えの間に景綱と小姓頭取がそれぞれ宿を取った。徒組は長屋門の中間部屋に習いの通り控えさせる。
客間で、庭の見事な紅葉を眺めながら食後の茶を嗜んでいた綱元たちの元へ、景綱は1人静かに訪った。
何処に大谷好継の間者が潜んでいるとも知れなかったが、景綱が義兄の綱元と密に言葉を交わせる機会は滅多にない。大胆な行動だった。
「ご苦労だったな景綱」
「お二人こそ、長旅でお疲れでしょう」
「年寄り扱いするな」と言って義兄は笑った。
「景綱は15になったばかりだものな」と成実は悪ガキの笑み。
「俺も政宗もお前と同じくらいの頃に初陣果たしたけど、そんなに体もデカくなかったし。周囲の人間のお膳立てがあってこその勝ち戦だった。お前の将来が楽しみだよ」
「ありがとうございます」
図らずとも、景綱と綱元とが同時に成実に頭を下げたものだったから、穏やかな笑い声が一頻り上がった。
ふと我に返れば、京の秋は雅に更けて行く。何処か遠くから侍女などがものす楽の音がひっそりと流れて来る程に。
「…で?何かあるんだろう、景綱」
義兄に問われた少年は、精悍な顔を上げたまま懐から一通の書状を取り出した。それを黙って受け取り、封じ紙の中から巻料を取り出した綱元は、それを手の上でパタパタと開く。
文字面を見つめる男の片眉がぴくりと反応した。
何だ?と言って脇から書状を覗き込んだ成実が代わりに声を上げた。
「こいつぁ…景綱、何時の間に」
「先に徳川どのよりの使者が参られた折りに、これは内密の上でと私が勝手に預けた書状に対するご返答です。奥向きに出入りしている商人に託して伝えられたものなので、他には知る者はありません」
それは、伊達家が徳川家康との同盟について水面下での交渉を望む旨承ったと言う、家康直筆の文面だった。
「差し出がましい事とは申せ、彼の方の条件を見過ごすのは伊達家にとって多大な損害になるかと、私の一存にて動かせて頂きました。余計な事をと処断さるる覚悟は出来ております」
深々と頭を下げて宣言するのに、綱元と成実は顔を見合わせた。
「いや…俺も徳川との繋がりが途切れるのは惜しいと思っていてな。その周辺に様子窺いの書は出していたんだ。まさか、徳川どのご本人に届けるとはな…」
感嘆混じりに綱元がそう言った。
「政宗様のお出しになった拒絶の御書が、聚楽第に人質に取られている三春の君の為だと言うのは徳川どのも分かっておいでのようです。ご自身、人質の身として幾つもの家を盥回しに合った半生がございますから、その上で、この景綱の僭越なる願いを聞き届けて下さいました」
「良くやった景綱。これからもこの伝手でやり取りを続けてくれるか?政宗様にこの勝手が知れてしまった時には、俺も口添えをして処罰が軽く済むようにお願いするから」
「俺も俺も、結果良ければ全て良し、ってんで言いくるめてやるよ」
景綱の働きを喜んで、2人の重臣がお墨付きを与えてくれた。景綱も2人の了承を得て深々と平伏する。
「承りましてございます」

その景綱が来た時と同じように退室した後、成実は懐手に身を揺すって口火を切った。
「児小姓になったばかりの時はどうなる事かと思っていたが」
「ええ…私も心配しておりましたよ、成実どの」と綱元は相手の言いたい意を汲んで、苦笑しつつ先手を打った。
成実は口をへの字に引き結んだ。
「俺はさ、政宗の力になる奴ならどんな人間でも歓迎するさ。何せ頭首になりたての頃は味方が少なかったからなぁ。ホントに針の筵ってああ言う事言うんだろうぜ。…ただ、あの"生き人形"は頂けなかった。見てくれが良いから尚更さ、何か…傾城の美女っての?」
「成実どの…」と綱元は頭首の従兄弟が吐いた台詞にさすがに苦笑した。
「あのわんぱく坊主が良く化けたとは思いましたが…それは言い過ぎですよ。今はあのように男臭くなって面影もない。ただ、これからは伊達家の為に政宗様を支えて良く働いてくれると期待しております」
「おお、兄バカだね」
「兄バカとは何ですか」
言い返しつつ、満更でもない綱元は良い笑顔を刻んだ。
「でも何かやっぱり…」
「はい?」
「いや…何でもねえ」
成実の危惧は何も景綱1人に対して抱いているものではなかった。
年が近く、出生も従兄弟と言う間柄で政宗と同じ城で育って来た成実には、政宗とその正室愛姫との間柄に少しばかり違和感が感じられていたのだ。その真ん中に途中からぽっと割って入って来た景綱の存在が2人に与える影響は計り知れない、と思った。
そうした伊達家頭首にも関わるデリケートな内容だったから、綱元にさえ言いずらかったのだ。




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