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―記念文倉庫―
8●(政宗×小十郎)
政宗が軽快な口笛を放つ。
「い〜い、飲みっぷりだ。大人の仲間入りって奴だ」
「…まだまだ若輩者でございますれば」
更に注がれようとした酒瓶をやんわりと押し戻しつつ、景綱は応えた。
政宗は少々むっとしたようだが無理強いはしなかった。その代わり、返された盃に自分で酒精を注ぎつつぽつり、と零した。
「俺が元服した時は女を宛てがわれた」と。
思わず景綱は固まった。
確か、政宗が元服したのは今の自分と同い年の時。11歳であればそこそこ異性に興味は持てど、いきなり抱けと言われたりしたら照れが勝って引いてしまう。
今正に景綱はそんな気持ちで、女をやる、と言われたらどう断ろう、と必死になって考えを巡らせていた。
「結局、本番にゃ至らなかったけどな。その後直ぐに愛が来たし」
酒杯を持ち上げて、にっと笑う主はそんな景綱の心中などお見通しのようだ。
「その…三春の方がもうすぐいらっしゃるのではありませんか?」
冷や汗を隠す景綱は、早くこの場を退きたくてそんな事を返した。
だが実際、政宗が夜更けまでこうして酒を嗜む時は、彼の正室愛姫が渡って来るのだった。そして、二、三間離れた部屋に景綱が宿直するのも、何時の間にか自然の流れで決まり事になっていた。
正直、落ち着かないのだ、こんな夜は。
あの時、寒さの厳しい折りに、偶然にも盗み聞きしてしまった夫婦の夜の営み。愛姫の手で主君が果てた声が耳の奥にこびりついて離れない。
凍えた手足が凍り付いて、逆に燃えるように熱くなって、全身の感覚がおかしくなる。
今も未だ、男と女ではない同志としての交わりを行なっているのか。三間も離れてしまえば、その様子を窺い知る事もないのだが、気になった。
「Ah, 愛はまだ来ねえよ。日付を越える頃合いじゃねえか?」
それより、と言って政宗が手招いて来た。
何だ、と思って拳1つ2つ分膝を進めるが、もっと近寄れと言うように政宗の左手が振り回される。
膝先が酒膳にくっ付きそうな程寄った時、ぬっと伸びて来た手に襟首を引っ掴まれた。
ガタン、と思ったより大きな音を立てて膳を蹴飛ばしてしまう。それと同時に頬の辺りに熱くて酒臭い息が吹き掛かって来て、身を強張らせた。
「Be quiet or you'll be sorry….(大人しくしな、痛い目見るぜ)」
更には、低い声で異国の言葉を吹き込まれて成す術もなくなる。
体躯に恵まれたと言っても、たかが11歳の少年である。上に見積もっても14、15が限度。それに対して主君である政宗は誰が見ても立派な武将だ。大概の家臣より上背があり、全身これ鋼の如く鍛えてある。克てて加えて、あの石をも軽々と握り潰す握力だ。逆らおうにも逆らえない。
自分が何か過失を犯したか、それとも、いずれ誅殺をと腹に溜めているものを見破られたか、と景綱は非道く狼狽した。
そこへ持って来て、するり、と首に巻き付く彼の長い腕。
酒に酔っている為か少し汗ばんでいて、そして火照りを持っていて。
「女じゃなくて悪ィが…俺が教えてやるよ…」
今度こそ、何やら艶めいた声色で危険な事を嘯く主君に対して、体が意図せずとも飛び跳ねた。そこをぐっと押さえ付けられれば首が絞まって目の前がチカチカして来た。
「大人しくしろって言ってんだろ…それとも、愛のが良いか?」
「……な、にを…」
「知ってんだよ…愛は美しいもんな。憧れんのも分かるぜ」
そう言いながら、背後から空いた手が襟の合わせに忍び込んで来た。そのまま、程よい肉付きと、未だ少年の柔らかで滑らかな肌をするすると滑る。
鳥肌が立ったのは忍び込む冷気の為ではなかった。
何故だか景綱が愛姫に懸想している、と思われているなどと。
かなしい人だ、とは幼心にも思った事だが、そんな気持ちが湧いた覚えはない。この三年、小姓たちからの躾にその見習いにと忙しかったのだ。色恋沙汰にはとんと縁がなかった。
それなのに―――。
「お戯れも、大概に…」
言い掛けた所で、冷えた指先が腹を滑って袴の中にまで忍び込んで来た。無理やり広げられた内着は袴の中から裾を出し、妄りがましい行為を続ける政宗の腕を抱いている。
「いいから俺に任せろ」クスクス笑いと共に耳元で囁かれる声がくすぐったい。
そうだ、遠藤はいずれ景綱がお手付きになる事を見越していたではないか。こうなる事は予測が付いていた筈だ。主君に逆らうなど最もしてはならない無礼だと、先輩小姓も言っていた。
景綱に、拒絶を示す余地はなかった。
そうして、少年が大人しくなったのを良い事に、政宗の右手は更に深く潜り込んで来て、下腹部を弄る。
「まだ生えてなくてすべすべだ…」
羞恥を煽る声に、堅く瞼を閉ざした。
その手の動きよりも、素肌の腹の上を滑る政宗の腕で蠢く筋肉の塊が、くすぐる産毛の感触が、むしろ己の意識を掻き乱しているのだとは、本人ですらも気付かない。我慢しなければ…これも小姓としてのお勤め。そう自分に必死に言い聞かせているのに忙しくて。
そこへ、ひんやりしたものが敏感な所に絡み付いて来た。
根本から先端まで、まだ力ないそれの形と感触を確かめるように這いずり回る。
恐怖と不快感に、しゅん、とそれが縮こまる気配がした。
それをも楽しんでいるのだろう。政宗の五指がそれを取り囲むような形でもって摘まみ上げ、引っ張るような仕草を見せた。
「小さいが、もうちゃんと剥けてるんだな…」
よしよし、とまるで幼な子を褒めるような手付きで何度か握り締められる。
余計な事など言わずにさっさと終わらせてくれ、と喚きたかったのだが、景綱はただ己が唇を噛み締めるに留めた。
すると、首に巻き付いていた腕が緩んで、その指先が噛んだ唇をなぞり上げて来た。そんな事するな、と言われたような気がして、荒い息を吐き出すついでに唇を解いた。
そこへ、長い指が侵入して来て、ぞくり、と背筋に訳の分からないものが這い登る。
下の方では、剥けている、と言われたそれの皺を寄らせたり伸ばしたりするような動きに変わっていて、そうされるとむずむずするような感覚がそこに集まって来た。小さな虫たちがそこに集まって、もぞもぞと巣作りでも始めたような。
未だ自分でそこを弄った事もなかったのに、主の手は、慣れた様子で確実に昂らせて行く。
因果な雄の身体は与えられる刺激に従順なのだ、と言う事を否が応にも思い知らされる。
「感じて良いんだぜ、恥ずかしがる事はない…」
政宗が耳元で囁く声すら、刺激になる。
「…ああ、良い子だ…ほら、堅くなって来た」
蕩けるような声だ、と思った。まるで自身が施されているような。
目を閉じて、口の中で蠢くものと局部をゆるゆると扱かれる動きに、訳が分からなくなって来る。
あの美しい手が自分の汚らわしい部分に絡んでそれを扱き揺さぶっているのだ、と思うと増々そこに熱が籠って来る。
この感覚を何と喩えていいのか分からないが、この時、景綱の頭の中で他ならぬ主の甘い声が蘇った。
―――もっと、強く。
それが何故か、急激な熱を呼ぶ。
身体の反応は更に顕著だった。
「…ふ、張り詰めて来たな…。ちょっと苦しいだろ?」
同じ声が耳元に囁き続ける。
ああ、どうかそんな優しい声で、耳元で囁かないで欲しい。
一定のリズムで動いていた掌が強く、圧迫するようにして上下される。
―――駄目だ、駄目、だ…。何かが…来る…!
「もうちょっと我慢しろ…辛かったら声を出して良い、ホラ…」
しっとり汗ばんで来た首筋に吐息が掛かり、口の中から指が引き抜かれた。
それと同時に先端の小さな括れをしつこく攻め立てられ。
「……ふ…っ」
食い縛った唇から微かな声が漏れる。
最後の追い上げと言った感じで素早い動きがそれに重なり、腰がびくびくと跳ねた。突っ張らせた足が酒膳を更に蹴りやる。
耳に掛かる息も荒い。
自分のそれはもっと激しく掻き乱された。
「ああ…小十郎……」
声のない囁きで名を呼ばれた。
それが瞼の裏で白金の光に弾けて、主の手の中に少量の白濁を放っていた。

政宗の腕から解放されると、景綱は、袴の中で乱された下帯を抑えつつ、礼儀も何もすっ飛ばしてその場から逃げ出した。
その後何食わぬ顔で自分を達かせた人と言葉を交わすなど、とてもじゃないが出来なかった。他人の手で、しかも主である男に達かされて、それがまだ色恋の"いろは"も知らない少年に、耐えられる筈がない。
しかもあの声が、耳から入った途端に落下して腰を直撃した、と言う自覚が景綱にはあった。
厠に駆け込んだ景綱は袴の中の不快感を他所に、その場に踞ったまま頭を抱えていた。



その年は穏やかに流れていたかと言うと、そうではない。逆だ。
政宗の正室愛姫の実家である田村氏の領地をかねてから虎視眈々と狙っていた相馬義胤が、その居城三春城に入城を企てている、との知らせが入った。
田村氏は、愛姫の父田村清顕が急死して後、その後継がいなかった為、内紛の様相を呈していた。
ちなみに、田村と相馬はかねてよりよしみを通じており、清顕の正室は相馬の娘だったし、伊達と相馬が領地争いをしていた時は、相馬義胤を説得し伊達と和議を結ぶ事に尽力した過去もある。
結局、田村家中伊達派の筆頭、橋本顕徒によって三春城入城は一旦は阻止されたが、相馬が又ぞろ田村領を狙って、佐竹、蘆名、二階堂などと謀って侵攻を企てているようだ。
更に政宗は、北方の大崎氏家中の内紛にも介入していた。
こちらも伊達家とは浅からぬ縁で、大崎氏は最上氏の本家だ。ただ、戦国時代には家中を統制する力を失い、政宗の曾祖父である伊達植宗の援助の元、ようやくの事で家臣団の叛乱を鎮圧出来たと言う有様だ。
この事によって実質的に、大崎氏は伊達氏に服属する形となっていたのだが、この大崎氏に服属していた黒川晴氏の謀反によって、大崎氏は伊達氏からの離叛を決意した。
この時政宗は、中新田城攻略に失敗しており、その期を掴んだ大崎氏が伊達氏を強襲。潰走した伊達軍の籠った新沼城を包囲する、と言った事態にまで陥った。これは結局伊達側が人質を差し出す事で和睦が成立し、包囲は解かれた。
これらの出来事は、政宗の代になってそれまで父輝宗が目指していた外交方針が破棄された事により、奥羽両州が全てそれに巻き込まれつつあった事態を現している。
輝宗は各氏族との婚姻や援助などの手段によってパワーバランスを調停し、平和裡に事を納めようとするのが生涯の主旨だった。その上で、外敵である上杉に備えようと言うのだ。
政宗は、これを悉く覆した。
越後の上杉と同盟を組み、内紛を見つけてはこれに介入する。
内紛は長年に亘る血縁と主従の結びによって捩じれるだけ捩じれていたから、それに介入する事は複雑怪奇を極めた。
ただの戦力のぶつかり合いで決するようなものではなかったのだ。




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