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―記念文倉庫―
9●
一日だけ姿をくらます、と言って慎吾と左月を追い払った政宗はと言えば、昨夜の宣言通りに休暇の「やり直し」をしていた。
それはこれ以上ない程濃厚な、その上糜爛の一日だった。

まるで、限られた時と場で、今までの空白を埋めようとするかのような行為だったと言える。
別荘に二人して戻って来るなり、閉ざした玄関先でどちらからともなく相手の唇を貪り合った。
政宗は小十郎の与えるキスが好きだった。これは何の躊躇いもなくそう思う。何がどうとか、想いがどうとか、そんな細かい事はどうでもいい。
元親の時は向こうが求めて来なかったせいもあるが、結局それをしなかった。他の男とのキスなど想像も出来ない。これは重症だな、と政宗は胸中で一人苦笑いを零す。
息が上がって激しく上下する胸元に這い込んだ小十郎の手が、浮き沈みする青年の肋をなぞる。無駄な肉一つないその体は、敏感に男の手の煽りを受けて行く。
キス一つでぐずぐずに溶けた体を抱え上げ、二階のベッドルームに引き上げようとした小十郎の耳元に、掠れた声が吹き込まれる「そこでいい」と。
そこと言うのは居間だった。
少しだけ開いていた扉を、足で行儀悪く押し開けるとソファの上に青年の体を降ろした。
首に回された腕が離れないまま引き寄せられ、再び痺れるような口づけを交わす。
さすがにもう出るものなどないだろうと思っていたが、小十郎の指が巻き付いてゆるゆると扱かれると政宗の若いそれは生理的な反応を見せて立ち上がった。

長年、気が狂う程に激しく欲し、だが同時に本能と理性とが恐れていた事態が起きつつある事に小十郎は未だ心の中を二分して葛藤していた。
どれだけ細心の注意を払って最後の一線を守り抜いて来たか、どれだけ多くの個人的感情と言う奴を自ら殺して来たか、わからぬ。だが。
それがあえなく瓦解する激情を嫉妬と言う形で味わって、そしてそれを政宗に知られてしまった。その上で、彼は小十郎の求めに応じる事を潔しと心を定めた。
愛している。
だからこそ、大事にしたいと思った筈だ。
その二つの心のベクトルは相反していた。それを両方とも掬い取って、この青年は受け取ろうと言うのか。

ふと、政宗の両手が男の顔を掴んでぐいと引き離した。
火照りに上気した頬が、首筋が艶を含んで正に眼に甘い毒だ。
その片目だけでまじまじと見つめられて、視線を外そうとすると唇を軽く啄まれた。
「考え込むな」と彼は言った。
「お前が考え込むと、俺はどうしたら良いか、わからなくなる…」
頭を掴んだ青年の左手が、小十郎の右目の瞼を親指でなぞった。
「…………」
もっと多くの事を語ろうとしていたのだろう。小十郎の瞳を見つめる唯一の眼差しが、二度三度と揺れて戸惑い、結局最後には至極優しげに細められて、そして言った。
「俺は決して、後悔しない」
―――ああ、
己が右目に差し入れられ、眼球の形をそろそろとなぞる舌先、それの与える鈍い痛痒に、体だけでなく頭の芯まで痺れるような感覚に襲われた。

どんな激情もいつかは引き潮のように去るものだ。
この世の熱狂がいずれ冷めた時に、己の成した行為や選んだ道、そんなものを後悔する事はないと誰が言い切れるだろう。
しかし今は満ち潮。
それに乗って、遥か高みにまで昇り詰めて、その後堕ちたとしても後悔などしないと青年は言う。
ならば。

生きた事を、

政宗と共にあった事実を。

思う様、己に刻んで墓場まで持って行こう。



小十郎はその力強い双の腕で、青年を遥か雲を突き抜けた高みにまで攫って行った。
強くあり、激しくもあった波が何度も政宗に我を忘れさせる。
糜爛の一日は、箍の外れた男二人の欲望が燃え尽きるまでそうやって続けられた。
ソファの上で。
ベッドの中で。
あるいは廊下で、窓際で、風呂場で―――――。
後悔せぬよう、忘れぬよう、互いの胸と肌とに刻み付ける。



一夜明けて。
伊達屋敷で服を着替え、会社で文七郎の作成した報告書に眼を通している時、政宗にそれの名残は一欠片も残っていなかった。
いや。
体中がぎしぎし軋んで、その肌えのあちこちに小十郎の所有印を残してはいるが、薄い布地で覆い隠した上、堅固な意思の力で一人踏み止まって見せたのだ。
小十郎の気がかりが何処にあるのかなど青年には百も承知だ。
甘えを許さない、己に厳しくあり、己の職務を全うする。
人として、男として、伊達家頭首として、一人立つ事を是とした時、ようやく振り向けるのだろう―――背後に控える男を。


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