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―記念文倉庫―

「…ですから、今だからこそ寛容をしろしめす必要があると申しておるのです」
「そんな生温い事言ってっと、次から次へとナメられるだろうが」
先程から平行線を辿る物の言い合いに、お互いが憤然として荒い息を吐いた。
「領地の売買は確かに、家臣団の弱体化を招きます」と小十郎は改めて、血気盛んな主人を諌める為の言葉を紡ぎ出す。
「ですが、分国法にもありますように、今の伊達家はそれを禁じておりません。確かに約定を交わす際に政宗様の認め書きが必要であったにも関わらず、それを欠いた唯川の行為はその一点にのみ処罰を与える必要はありましょう。それは国外退去もしくは打擲の刑に他なりません。政宗様自らが一軍を率いて唯川追撃に出るなど、もっての他です」
「その分国法だ、小十郎」
「何でしょう」
政宗はぞろりと長い綿入れを肩に引っ掻け、体を丸めたまま小十郎をじろりと見やった。
「あんな、俺の曾爺さんが策定したとか言うカビ臭い法が今の伊達家や世の中に通用すると思ってんのか?俺はそんなの我慢ならねえ」
それは内心小十郎も同じ事を思っていはいた。
だがその分国法―――領地ごとに定められた国を治める為の法律書―――は当時の家臣団12名が署名した正式なものであり、そして今もその者たちの氏族が家老と言う重席にあって、奥州施政に多大な影響力を持っている。分国法を変えるには彼らの同義が必要だが、未だかつてそれが成った試しはない。
「年明け早々、関東に戦を仕掛けようって時に弱小地頭とは言え、この奥州の中から離反者が出たんじゃ示しがつかねえだろうが。情勢を見ろってんだ、情勢を」
険の尖った政宗の物言いは、相変わらず同じ所をなぞる。
「政宗様、力押しだけが人を束ねる所作ではありません」
「そんなのわかってる。だが今はその時だ」
再び平行線。
「政宗様」
「小十郎」
二人が同時に口を開き、そして噤んだ。

その時、奥の間から至極軽い足音がして、閉ざした襖の前で止まった。訝しく思った小十郎が素早く立ち上がり、さっとばかりに襖戸を引き開ける。
視界には薄暗い奥の間があるだけだ。つ、と視線を下に下げて行くと、真ん丸の瞳を見開いて自分を見上げる小さな子供がいた。
―――――子供?
こんな所に何故、と思いつつもその容貌、つややかな黒髪、身に着けた錦の綿入れ、全てがある方向を指し示していた。
小十郎は、ばっとばかりに背後を振り返った。
そこには、火桶に凭れながら欠伸を噛み殺す我が主。もう一度足下を見下ろせば、しかし子供の姿は忽然と消えていた。
「………?」
人払いをして秘事を図る時に使う奥の間は、ほぼ四方を壁で囲まれて昼尚暗い。そこを見渡しても子供の姿はなかった。
「Noooooooooooh!!!!!」
だしぬけに上がった絶叫に、今度こそ小十郎は飛び上がらんばかりに振り向いた。
すると、先程の子供が火桶に抱きつかんばかりの勢いで冷えた手を暖めている姿と、腰を抜かしでもしたように後退る政宗のあられもない姿があった。
子供は、政宗の絶叫に驚いて何事かと見やっていたが、やがて柔らかな髪を揺らして小十郎を振り向いた。
信じられないものを見る思いで小十郎は吸い寄せられるように、その幼な子の側へと歩み寄って行った。
年の頃はまだ三つ、四つと言った所か。明らかに見覚えのある面影は最古のものでも八つの頃の事だったが、見間違う筈がない同じ色を宿していた。その子が、黒目がちな両眼をくりくりと見開いて己を見上げる様は得も言われず―――。
「Oh my god…」
小十郎は政宗の呟きを聞きながら子供の前に跪いた。
「………梵天丸…様……?」
「なんだ」
舌足らずの可愛い声で聞き返して来るものだから、慌てて小十郎は体を捩って口元を抑えた。
そうやって、震える小十郎を政宗が睨みつける。
「I am impossible…(あり得ねえ)」
その、あり得ない事が起こったらしい。

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