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―記念文倉庫―

見ると、例のアパートに人影が増えている。
二人は慌てて身を離し、床に伏せた。
「ようやくお出ましだ」政宗は不適に笑んで言った。
小十郎は、しまったとばかりに彼の服を整えに掛かる。その腕を掴んで、改めて政宗は彼の眼を捕らえて言った。
「とっとと用事を済ませる。後は、―――好きにしろ」
俺を、が抜けている青年の台詞に、小十郎は少し呑まれたような表情で彼を見返していた。
息が凍る程、身を裂く程の激情が何時の間にか解けているのに気付いた。



慎吾と左月が屋上からその部屋のベランダに降り立った。
政宗と小十郎は玄関から直接乗り込む。
鍵が掛かっている扉を蹴破るのは、この世界でのご愛嬌だ。男三人が暮らすには狭すぎるワンルームの中に土足のままどやどやと上がって行くと、どん詰まりで目的の人物とご対面と来た。
「Welcome to my garden.」
そう言って人を見下すように嘲笑う政宗を、その男は眼を真ん丸にして見入った。ベランダから窓も壊さず侵入して来た二人の男に、退路をも塞がれた事実を知って付き人の男二人が舌打ちをする。
「久しぶりだな、政宗」
「こんな少人数でのこのこやって来るとはヤキがまわったか、家康」
呼ばれた男は、床からゆっくりと立ち上がった。袋小路に追いつめられていると言うのにどうだ、この余裕ありげな様子は。
「人数?数押しで押しまくってたのは昔の話だよ、いまなら儂一人で伊達など潰せる」
「ほう、大口叩くようになったもんだ…やってみるか?」
家康の付き人がずい、と前に出た。
それには一切構わず、政宗はざっとばかりに駆けて只その男一人に狙いを定めて拳を振りかざす。
辺りのものが飛び散る程の衝撃が走って、二人の男の体は固まった。攻撃と防御、それを同時にやって退けた彼らは相手の体を押しやりつつ後退した。
「意外にやるじゃないか、政宗」と家康は楽しそうに笑った。
こうしているとまるきりの好青年で、ヤクザな世界の人間だとは思えない。だが紛れもなく、関東以西で陰ながらも威勢を誇る組織の頭だった。
「てめえもな…だがこれで終いだ」
ナイフを片手に忍び寄っていた付き人の一人を、背後に回った小十郎がぶちのめしたのが合図だ。狭い部屋を軽いステップで渡り合いながら、彼らは一撃必殺の拳を振るう。途中から相手の体を掴んで投げ飛ばすのも加わって、部屋の中は滅茶苦茶だ。
狭さに耐えかねて若頭同士の体が窓ガラスを割りながら外にすっ飛んだ時、小十郎は残りの付き人の始末を諜報員に任せて彼らを追った。
パトカーがやって来る前に何らかの決着を、そう気が焦る。
「実は話があってやって来たんだ」蹴りやパンチを繰り出しながら、家康はごく軽く言い放った。
「Ah?何ふざけた事言いやがる。それが話がある者の態度か手前?」
同じように相手の行動を受け流し、更に突きや回し蹴りを見舞いながら、政宗はイライラと応えた。
「話をしに行く前に殴り込みに来たのはそっちだろう。相変わらず血の気が多いのは結構だが、儂の話も聞け」
「うるせえ、ぶちのめす」
言いながら、心の片隅で何かあるなと勘付いた政宗はオーバーリアクションで飛び上がりながら、長い足で家康の顎を蹴り上げた。
だがそれはヒットする事なく、家康の大きな体躯は予想外の軽さを見せて飛び退っていた。
「まあ、いいだろう」地に指先を着けてバランスを取り戻した家康は仕方なしに呟いた。
「こちらにはまだ情報が来てないようだからな、改めて話しに来る」
追い掛けようとした所へ、アスファルトを切り刻む音を立てて走り込んで来た黒塗りの車が二人の間に見事に割り込んだ。
「人とは見えぬように使うものだよ政宗、ではな」
余裕の笑みは相変わらずの好青年で、政宗より五つ年下とも思えぬ横柄な口振りだった。そして、その車の中にするりと体を滑り込ませる。
小十郎が駆けつけた時、車は猛スピードで走り去って行く所だった。ナンバーを控えても無駄だろう、レンタカーだ。
「政宗様」
「小十郎、至急綱元と成実に連絡を取れ。何か異常はないか、調べさせろ」



次の日、東京と大阪から上げられて来た情報を会社で取りまとめていたのは、政宗や小十郎ではなく文七郎だった。
綱元と成実が配下の者たちを使って調べ上げた玉石混交の事件・事故の類いは、相当数に登った。それに全て目を通し、リストにまとめ上げて行く。
政宗からはその日一日で報告書を作れとの厳命を受けていたが、たった一日で処理できる量ではなかった。
文七郎は冷や汗をかいて、青くなりつつ書類の束と格闘した。


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あきゅろす。
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