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―記念文倉庫―
7●
政宗が慎吾の車でそのビルに到着した時、その部屋の明かりは消されていた。
例のアパートに男の一人が帰って来ていたからだ。取り巻きのうちの一人らしい。目的の本人の姿は未だ確認されていない。

暗がりで、その部屋の様子を窺う男・左月に政宗は尋ねた。
「小十郎は?」
左月は無言で頭上を指差した。
ここは最上階の部屋だ。屋上に出る階段など見当たらない。
「ベランダから梯子で行けるよ」と言う慎吾の助け舟が出て、政宗はふんと鼻を鳴らした。
このクソ寒いのに、乾燥した風が身を切る屋上に出ているなどと。
政宗は窓を開け放ってベランダに出た。見れば、窓脇の壁に剥き出しの梯子が設置されている。それを眼で追って、政宗は屋上を振り仰いだ。
溜め息が真っ白い花を咲かせ、風に吹きちぎられて行った。
身体の中に元親との行為の熱が残ってないかを思わず確かめてしまう。―――まさか、小十郎がそんな事を気にして嫉妬するなんてあり得ないとは思う。むしろ、連絡も寄越さず朝帰りした上、仕事に必要な時に動けなかった事を、又彼お得意の理詰めで延々と説教されるのだろう。その事を思うと我知らず再びの溜息が漏れる。
申し訳ないと思っている。
大人げない態度だとも。
何だか中学の頃にも同じ事を反省した覚えがあって、成長していない自分自身に嫌気がさす。
でもどうしても、そうなってしまうのだ。
どうしたら良いのかわからなくなる。
―――とにかく謝っちまえ!
腹を決めて梯子を登って行くと、すぐ様小十郎の姿を見つけた。
屋上は狭く、使われていない仮設トイレとエアコンの室外機が放置されているだけだ。人が登る事を想定されていないと見え手すりは全くなく、20センチ程足下の縁が立ち上がってる。その先はもうビルの外だ。屋上に立っただけで身が竦む。
「It's a thing how!(何てこった)」
政宗は十分な距離を取って、頼りないビルの縁から下を覗き込んだ。胸を締め上げる不快感が厭で、見るのですら憚られる。
「何でこんな所にいんだよ。しかも寒いし…」
「頭を、冷やしておりました」
仮設トイレに寄りかかり、隣のビルの窓からの明かりにシルエットになった小十郎が答える。
「…頭を…?何で?」
何時もと雰囲気が違うのを夜気の中に感じる。政宗は相手の返事も聞かずに、彼に歩み寄りながら言った。
「悪かったよ、小十郎。連絡も寄越さなくて、ここにも遅刻して来て…。ハメ外し過ぎた…ゴメン」
闇の中から小十郎が見下ろして来ていた。その瞳だけが、陰に隠れた顔の中でギラリと輝いた気がする。
「…だが、無理だったようだ」
「What…?」
す、と彼の身体が沈んだかと思いきや、だしぬけに腕が引っ張られて多々羅を踏んだ足が政宗の体を半回転させた。
顎の下と腰に回された太い腕。
―――気付けば、後ろから抱き込まれていた。
「余所の男の匂い、ぷんぷんさせて帰って来やがって…」
え?―――――
聞き間違いかと思った。
小十郎が昔のように崩れた口調で話すのを、政宗はここ十年聞いた事がない。だがそれより、政宗の気を動転させたのは、
―――余所の男の匂いって?!!!!!
政宗は心の中で叫んだ。
匂い、と言っても元親はコロンなんてシャレたものは付けない。あるのはシェービングローションぐらいだったがそれも微香だ。他に思い当たるものと言えば温泉の香り、ぐらいなものだ…。
「ちょ、Wait…wait!!小十郎!」
耳元で小十郎の息づかいが聞こえる。それが更に一言、付け加えた。
「一晩中、やり合ってたんだってな?」
「!!!!!」
ぼっ!
音がするぐらいの勢いで、顔面に血の花が咲いた。小十郎の乱雑な口調と相まって心臓の鼓動が跳ね上がる。
先程、慎吾がクビにするなと言っていたのはこの事か!と政宗は怒りと焦燥と共に理解した。慎吾の胸一つに収めておけば政宗が朝帰りした事実だけが残るのみだったのに、寄りにも拠って小十郎にその内容まで告げるとは!!
赤くなった後は青ざめて行く己の額の汗に戸惑っていた所を、体を弄る男の手の動きが我に返らせる。まるでこれから事に及ぼうとしているようなそれ。セーターとシャツをたくし上げられ、Gパンのベルトをカチャカチャ音を立てながら解いて行く。
「待てったら小十郎!お前、変だぞ!!」
しっ
鋭い吐息が政宗の声を遮り、ついでとばかりに大きな掌までもが青年の口元を覆ってしまう。
足下には伊達の諜報員が二人、息を詰めて敵の動きを探っている。目の前には、その敵が潜伏する古ぼけたアパートが。左右と背後には未だ窓に明かりの灯る近隣のビルがそそり立っていて。
ビルとビルの谷間、何時誰かが覗き見しているとも限らない場所で、寒風に吹き晒されながら―――犯される。
ドクン
心臓が締め上げられるような鼓動が一つ。
耳の後ろを鼻先と唇とで弄られた。首筋をそのまま緩く、あるいは強く噛まれる。
下着の中に忍び込んだ手が下っ腹を撫でた。
その余りに冷えきった指先に体が強張る。だが、熱くなったそれに触れる事はなく、するすると掌は這い上がって行って腹や胸を撫でて回る。凍えた掌はなかなか暖まらず、政宗は鳥肌の立つ体を捩った。
「今度、長曾我部が姿を現したら、殺してやる…」
滅法低い声で、掠れたそれで、これ以上ない程物騒な台詞を吐き捨てる。
最初から分かっていた筈だ。
何処までも政宗大事で、暴走しがちな青年を諌め導く為に自分はあると、理性と理知を総動員させている男だと。彼の中に吹き荒れる激しい感情をポーカーフェイスに隠して、時に優しい兄のように、時に厳しい父のように、己の役割を演じて来た。
それが、一度崩れ去った時。

政宗は男の苦悩を知った。

張り裂けんばかりの想い、そんなものをこの男はひた隠しに隠して来たのだ。
強張っていた体から力が抜けた。
政宗は両手を頭上に持って行って背後にある小十郎の頭を掴んだ。振り向こうと顔を捩れば、自然口を塞いでいた掌が離れてようやく相手の顔を見る事が出来た。
人に与える事で、己が満たされるものがある、と言ったのは誰だったか。
軽く睨みつけてやった。
愛してると言えば、満足か?
気が楽になるか?
だがそんなものは政宗にとっては眉唾物か唾棄するに値する。
その言葉が及びもつかない所に人の想いとは、告げられない痛みとはあるものではないのだろうか。
ただ一つだけ言える事があるとすれば、与える事で自分だけでなく小十郎をも満たす事が出来るのなら喜んで、惜しげもなく与えよう。求める事で、応える事で、閉じた世界に閉じ込められるのだとしても、受けて立とうではないか。
捕らえた顔を更に引き寄せて、政宗は男の唇に貪り付いた。
返す男の愛撫も激しさを増す。
お互いの息が舌と共に絡み合い、お互いの熱を上げて行く。
まどろっこしいとばかりに政宗が体を捻ると、腰に添えられた手がそれを手伝い、二人は向き合って、抱き合った。
水に溺れて互いの口の中の酸素を奪い合うような、そんな口づけだった。
「政宗様…」
唇の合間からこぼたれる囁き、それすらも掬い取って行く唇。
「お前、後で…覚えてろ、よ―――」
「どのような処分も」
「違う」
「?」
「休暇のやり直しだ」
「―――!」
その時床下からドンドンドン、と衝撃が伝わって来た。


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