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―記念文倉庫―

ホテルでの朝食の後をだらだら過ごし、元親と別れた政宗はタクシーを拾って別荘に戻った。だが、そこには全く人気がなく、思わず漏らした彼の舌打ちだけが響く。

カーテンの閉められた居間は非道く薄暗く、だがメモ書きなどもないのを彼に知らせるぐらいには視界は効いていた。
ケータイは何度確認しても着歴一つない。
置いてけぼりを食らった政宗は、小十郎がただ出掛けているだけなのか、それとも仙台からの連絡が入ったのかも判別できなかった。
―――しょうがねえ。
ずっと躊躇われていたのだが、小十郎に直接連絡を入れようとケータイを開いたその時、開けっ放しの戸がノックされた。
「!」跳ね上がるようにして振り向くと、そこにいたのは小十郎ではなかった。
「―――慎吾…」
見知った、しかし何時もは姿を現さない諜報員である男が扉に拳を当てたまま、立っていた。
「いけないお人だなあ、朝帰りですか政宗様」
ヘラリと笑って、とてもそうは思っていない様子で嘯く。
「………」
コイツがここにいると言う事は、と政宗は厭な予感に眉根を潜めた。
諜報員は耳であり、眼である。それらの情報は、下世話なゴシップを掻き立てる為にあるものではなく、政宗の身を守り、味方が有利に動く事を助ける為に使われる。
それは分かっている、分かって入るが苦々しい思いが込み上げて来るのを、如何ともし難かった。
「小十郎さんなら怒って実家に帰らせて頂きますって」
慎吾は楽しげにそう言い放って、臆面も無く部屋へ入って来る。政宗はカーテン越しの窓からの光を背に、彼を睨みつけた。
「やだなあ、冗談ですよ、冗・談」
あはは、と乾いた笑いを漏らしながら政宗がノッて来ないのに興が失せたか、彼は尻ポケットからジャラジャラと音を立てて鍵束を取り出した。
「たまにはスパイスも必要だ」等と言い添えながら。
「仙台から連絡が来たんだな」
確認ではなく断定として政宗は言った。
そして通りすがり様に車のキーをもぎ取ろうとしたら、さっとそれを引っ込められた。肩が触れ合う程の距離で目が合う。
「…俺はいつだって政宗様の助け手だ。恨んでも良いけどクビにはしないで下さいよ?」
―――どういう事だ、と口を開き掛けた目の前で慎吾は踵を返した。
「車、裏手に置いてあるんで行きましょう」



仙台でのその男の潜伏先を、伊達の情報網が捕らえた。
人口100万人を超える仙台市の中から一人の男の所在を探し出せたのは暁光と言えた。特に、足取りを掴ませないよう注意を払っている相手なら尚更だ。
そこは中規模のビルが林立し、民家よりもオフィスがテナントとして多く借り入れられている見慣れた街の一角だった。
ビジネスホテルなどではなく、流行らない中華料理屋が一階にあるアパートの一室、そこを拠点として二、三人の男たちが出入りしている。出掛ける場所は夜の繁華街であったり、ビジネスマンに化けての飛び込みセールスであったりと、バラバラだ。こちらの様子を探っているものと見られる。
小十郎は見張りの為に確保された近くのビルに裏口から入った。テナントが一つも契約されていないそこの四階―――最上階の部屋に踏み込むと、昔なじみの男が待機していた。出掛けた政宗を追った慎吾の仲間で、左月と言った。
「…まだ帰って来ていない」
ちらり、と小十郎の顔色を見た男は、感情のこもらぬ声で短くそう言った。
六畳程の部屋の中はあっさりしたもので、古ぼけた合皮のソファとテーブルセットが一つ置いてあるのみ。テーブルの上には缶コーヒーとケータイが三つ。それに、もみ消された煙草が幾つか乗った灰皿だけだ。
部屋の一面全てが窓になったそこには薄いカーテンが引かれ、カーテンの隙間から床の上に設置された望遠鏡が外を覗いていた。
小十郎はそのカーテンをほんの少しだけ開いて目的のビルを臨んだ。
ここからだとそのビルの二面が見える。ベランダ側と、台所と思しき小窓だ。その角部屋が例の男が潜り込んでいるものだ。
今は明かりもなく、人の気配もない。
小十郎は窓を開けてベランダに出た。
米沢と違って仙台はまだ積雪を見ていない。奥羽山脈に北からの湿った風がぶつかり雪を降らせ、その後の乾いて冷たくなった風だけが吹き込んで来るのが仙台と言う街だ。今も肌えを凍らせる程の突風が吹き抜けている。
薄いカーテンが踊った。
後から左月も出て来る。男は煙草を無言で差し出した。
一緒に来る筈の政宗の姿がない事と、小十郎の様子から何かあったと勘付いたか、それとも仲間である慎吾から事情を聞いていたのか、そこの所は語らなかった。
小十郎は煙草の一本を口に銜えて火を点けた。
男たちはそのまま無言。ビルとビルとの小さな谷間で、細い煙をくゆらせていた。


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